第11話
ピンポーン、と無機質な呼び出し音が屋敷に響き渡る。
それに対応して、俺も無言でインターフォン用の受話器を取る。
対呪フィルターはしてあるものの、相手が音声系の呪言でなにか乗せてくることも警戒しつつ先に言葉を投げつける。
「はい、どんなご用件でしょうか?」
俺がそう尋ねると、相手さんは律儀にもその用件を答えてくれた。
『そこにいる『王女』をこちらに引き渡してもらいにきた。抵抗するなら屋敷ごと破壊してそちらに行くが、どうする?』
屋敷ごと、ね。
ここを葛城の屋敷と知っての発言かと啖呵も切りたくなったが、通じるわけでもないし、変に刺激しても面倒になるだけだ。
まずは穏便に話を進め、あちらさんを戦場に釣り出す必要がある。もちろん、パルナを引き渡すつもりなど毛頭ない。
「わかりました。今からそちらに向かいますので、しばらくそこでお待ち下さい」
それだけ告げて一方的に通話を切る。
「とりあえず、座学はひとまずここまでだな。いきなりで悪いが、実戦編だ」
ハッキリいってなに一つ教えられていないが、向こうが来てしまったなら仕方がない。指導も戦いの中でやっていくしかないわけだ。
一方のパルナはというと、俺が受け答えをしている間もずっと先程の『術』を組もうと練習していたらしい。
机の上にはビリビリに破れたメモ用紙の残骸が散らばっている。
だがその中で一枚、紙くずの中でバタバタともがいているメモ用紙があった。
「……やっぱり難しいですね、これ。ぜんぜん上手くいかないし、師匠の作ったものみたいに飛んでくれないんですよ」
パルナはそう口を尖らせているが、俺はただただ言葉を失っていた。
飛んでこそいないが、爆散せず形を保った動く紙に出来たということは、この『術』はクリアしたも同然である。
たったアレだけの、指導とも呼べないいくつかの助言だけで、彼女はここまでたどり着いたのだ。
やはり持っているものが違う。
「……いや、これだけ出来れば十分だ」
紙束の上から蠢いていたメモ用紙を取り上げ、羽の形を整えてやる。
するとメモ用紙はよろよろと宙を舞い、やがて力を失って地に落ちて動かなくなった。
「さすが師匠です! 私では飛ばせなかったのに、こんなにあっさりと」
「……いや、俺はなにもしていないぞ。今のは君の魔力で飛んだんだ」
事実だ。
飛ばなかったのはただ単に、飛び方がわからなかったからにすぎない。
「えっ、でも……」
「君ほどの領域になると、大切なのは想像力だ。飛ぶ姿を術に込めることで、飛ばないものも飛ぶようになる。それが『魔法』だろう。足りなかったのは、紙が飛ぶという完成後のイメージだ。だからこいつは飛べなかった」
丸を宙に描いた後、俺はその落ちたメモ用紙を拾い上げる。
そこに確かな魔力の残滓を感じる。
おそらくパルナは、まだ新しい術と自分の力とのすりあわせが出来ていないのだ。
普通の人間は技量の方が追い付かないからそんなことを考える暇などないが、彼女ほどの能力があるなら、むしろ想像のほうが追いつかないということか。
「とりあえずそこのメモ用紙は持っていけよ。さっき教えたこと、さっそくお披露目になるかもしれないからな」
「はい! 師匠!」
緊張した面持ちで頷くパルナを見ながら、俺はどうやって相手を退けるかを必死に考える。
相手の力の程はわからないが、『嗅ぎ狗』二体だけでも昨日よりも苦しいのが間違いないのだ。そこに会話も可能な知能を持つ人型である。難易度が格段に違う。
迎え撃つならやはり地の利を活かすしかない。
つまり、葛城の屋敷で討つ、ということだ。
相手がどれほど待ってくれるつもりかはわからないが、何度もいうようにここは陰陽師一家、安濃津葛城家の拠点である。
屋敷ごと、などと言っていたが、少なくともまず玄関を強行突破するのは相当難しいだろう。あの正門は結界術のエキスパートである婆さんが長年かけて編み上げた、いわば最強の城門といっていい。
あそこをあっさりと突破するような奴が相手なら、まず抵抗自体が無意味なほどの実力差と考えられるわけであり、つまり考えるだけ無駄ということだ。
そうでない以上、できるだけ時間を使って迎撃の準備を整えておくのがまず第一手である。
正門へ向かう道を歩きながら、俺は婆さんの仕掛けに術を入れていく。
「よし、パルナ、君はここで待て」
そして正門から少し離れた位置で、俺は彼女に待機指示を出した。
だが隠れさせるようなことはせず、正門が開けばいくらか距離はあるが見える位置で待たせる。あえてその姿を見せるのは、もちろん、あちらさんを敷地の中へ引っ張り込むためだ。
そうしてパルナを餌として置いておいて、俺は敵の待ち構えるであろう正門を開く。
「随分と時間がかかったな」
門を開くと、真正面に例の黒ずくめの男が立っていた。両脇に『嗅ぎ狗』を従え、堂々とした佇まいである。
相手は俺の姿を確認すると、そのフードを取り払い、その下にあった素顔を晒す。
赤い鶏冠に鋭いくちばしと丸く見開かれた眼。顔全体を覆う茶色い羽毛。それはまさに、鶏の頭そのものであった。
「それで、あの女を引き渡す準備はできたのか?」
その顔が平然と日本語を喋ってみせるのはいささか気味の悪さを感じるが、これもパルナのいっていた意思疎通の魔法なのだろう。
おそらく本来は、まったくわからない言葉を発しているのだと推測される。
「お待たせしてしまった上で申し訳ないが、その話の前に一つ質問をさせてくれ。俺としては、なぜ君らが彼女を狙っているのか教えてもらいたい。返答次第では、引き渡すのも構わないと思っている」
チラリとパルナの様子を伺うと、少し怒ったようにこちらを睨んでいる。
もちろん引き渡す気などないのだが、それに対して相手がどう答えるのかは聞いておきたかったのだ。
「目的だと。決まっている。あの女は魔法王国ロアヴァールの正当なる王女だからだ。我々の勝利の象徴として、国中に見せしめなければならん」
「なるほどな……」
わかってはいたが、やはり話し合いの余地はなしということだ。
こちらの合意を得られないと悟り、今度は向こうが質問を投げかけてくる。
「むしろ疑問はこちらのほうだ。この地の民よ、貴様らはなぜあの女を庇う? あの国のことなど、貴様らにはなんら関係ないものであろう?」
確かにその意見には一理ある。
本当なら俺が魔法王国ロアヴァールの王女様を助ける理由などないし、助けたところで余計な問題を抱え込むだけなのだろう。
なにしろ異世界の国家間戦争なのだ。おおごともおおごとである。
だがパルナは我々の家族である。
彼女の問題は葛城家の問題となったのだ。
ならば俺たちは、姪っ子の敵を叩くしかないだろう。
「すまんが彼女はうちの姪だったのでな、そういう繋がりのために、俺も命を賭けるというわけだ。お家の名誉のためというやつだよ。それはそれは古臭い考えだが、俺はそんなに嫌いじゃない。まあ、嫌なことも多かったけどな」
俺の言葉に、鶏頭は表情を変えないままどこか笑ったようだった。
表情に動きがないので本来なら伝わるはずもないのだが、それも魔法の効果なのだろうか。
「血筋の定めか。理解した。なぜ無関係のもの戦うのか理解できないと、後々悩むことになるからな。悩みがなければ、戦いも楽だ。では、始めるとしよう。すぐに決めてやる」
宣言しながら、鶏頭と嗅ぎ狗がこちらに向かって跳んでくる。
(かかった!)
もちろんこの展開自体、俺の想定した通りのものだ。
『地天柵』
呪言と同時に足を踏み鳴らす。
それを合図に、彼らの足元から生えた柵が行く手を阻む。
それだけではない。
タイミング的に先行していた嗅ぎ狗の一体はその柵に腹部を貫かれ、溶けるように消失していく。
「ほう、なかなか小賢しい真似をする」
鶏頭はローブの下から羽の垂れた腕をふるい、その柵を払いのける。
その腕には見ただけでわかる霊気が込められており、垂れ下がっていた羽がまるで刃のように硬化していた。
「この『羽刃のワト』に刃を抜かせたということは、覚悟はいいのだろうな」
「そちらこそ、葛城家の庭でこの葛城亮を相手にすることの意味を少しは考えたほうがいいぞ。文字通り、ここは俺の庭なんだからな」
わざわざ自己紹介をしてくれたのだ。こちらも応えるのが礼儀というものだ。
そうして俺と鶏頭、羽刃のワトはおおよそ五歩分の距離で対峙する。
さて葛城家の意地、どうやって見せたものか。
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