第9話

 今朝の朝食は、既製品のフルーツ系シリアルとパンである。

 パルナにとってこの世界での初めての朝食なのでなにか手の込んだモノ作ることも考えてはいたのだが、お客様ではなく家族となるのだから、まあこういうものでいいだろう。……本当のことをいうと朝の特訓で体力を消耗しきってしまい、そこまで手が回らなくなっただけなのだが。

 今回が特別だったとはいえ、今後は俺自身の体力、霊力も考えながら訓練内容を決めていく必要があるだろう。

「基本的には大丈夫だとは思うが、なにか違和感があったらすぐに言うんだぞ」

 食べる前にパルナに念を押しておく。

 昨日の夕食は特に問題なく食べられたらしいし、この世界の食事にも問題は無いようだが、それでもなにが起こるかはわからない。

 地球人の間でも多くのアレルギーが存在しているのだ、ハーフとはいえ異世界の人間となればなおさらだろう。

「まったく、師匠は心配症ですね。むしろ胃腸はこちらの人より丈夫だと思うので大丈夫ですよ。私たちの国では子供の頃から魔力の籠もった草などを服用していますし、そういった耐性ができていますので……」

「そうか……」

 俺が考えていた以上に向こうの世界とは様々な環境の違いがあるようだ。少なくとも、食事の面でそこまで過保護になる必要もないのだろう。

 それにしても、魔力の籠もった草とは……魔法王国というのは伊達ではないということか。

 そこらへんの違いも含めて、一度ちゃんと話を聞いてすり合わせをしておく必要がある。座学にするといったのはそういった点も含めてのことだ、なにも疲れ切ったからというわけではない。本当だ。


 朝食を終えた後、俺とパルナは居間に残り、さっそくいくつかの話を進めていくことにする。内容が気になるのか、普段ならこの時間は自室に籠もって作業をしている婆さんも、後ろから俺たちの様子に目を向けている。

「まずずっと疑問だったんで最初に確認しておくんだが、パルナ、君が話している言葉は日本語なのか?」

 違和感は最初からあった。

 こんないかにも外国人、あるいは物語のお姫様然とした姿でありながら、最初に出会った時から普通に言葉が通じている。

 地球上でも七千種類以上の言語が存在しているほどなのに、いくら日本人とのハーフとはいえ、異世界人とこうもスムーズに会話出来ているのは、考えてみればかなり不自然なことではある。 

「それは実は少し仕掛けがありまして、私たちの国では、意思表示、というか意思疎通に魔力を介しているのです。朝食の時の魔力の籠もった草の話にもつながるのですが、師匠たちが私と言葉が通じているように感じるのは、私の中にある魔法の作用で、私の言葉が相互に変換されているのだと思います」

「なるほど、まさに魔法というわけか……」

 思わず朝食の時と同じ反応になってしまう。

 その魔法がどの程度細部まで正確に変換しているのかはわからないが、これまでの会話からして、ほぼ問題ないレベルで通じていると考えて問題はないだろう。

 ただ、独自の言葉が飛び交う専門的な話となるとまた変わってくることも考えられるので、そこは注意していく必要があるだろう。

 特に複雑な術の話は細部に齟齬があるまま『伝わってしまった』ことになってしまってはかえってよくない。そこを上手く噛み砕いてすり合わせていくことも考えておかねばならないだろう。

「しかし話を聞いていると、君の世界の『魔法』というものは、相当便利なものみたいだな。なにか原理なんかはわかるのか?」

「いえ、私もそこまでは……、ただ与えられて説明をされたものを使っていただけなので……」

 まあそうだろう。おそらく、こちらの世界の家電製品みたいなものだ。

 よほどの専門家でなければ完全な仕組みを理解は出来ないし、自分で作ることも不可能といった感じだと思われる。

 それから俺は、パルナが使えるという魔法についての質問をいくつかしていった。

 日常用のものから、先程の言葉を変換するような常時発動しているいわゆるパッシブスキル的なもの、そして戦闘で使えそうな攻撃用のもの。

 今のパルナに何ができるのか、何を伸ばすことが出来るのか、それを見極めておかないといけない。

 そして、彼女が何と戦うのか、だ。

「分かる範囲でいいんだが、君を狙っている敵はいったいどんな奴らなんだ。昨日の『嗅ぎ狗』以外に、今後どういった相手が出てくると思う?」

 俺がその質問に入ると、流石に気になったのか、婆さんも身を乗り出してパルナの言葉に耳を傾ける。

「……そうですね『嗅ぎ狗』はあくまで使い魔にしか過ぎないので、それが撃退されたとなるとおそらく、相手も魔法使いを送ってくると思います」

「つまり『人間』か」

 俺がそれを口にすると、パルナは慎重に、小さく頷く。

「そういうことになるでしょうか。『人間』なのかどうかまではわかりませんが、使い魔ではなく、知能を持った存在が来る可能性は高いかと……」

 こういう場合、問題になる点は二つある。

 一つは、力でのゴリ押しが通用しなくなること。相手が何をするのか、それを見極めて戦う必要がある。

 そしてもう一点、その感情と知能を持った相手を殺す覚悟ができるか、ということだ。

 実際、俺たちのような陰陽師の仕事でも、それが問題になることはある。

 わかりやすいところでは、強力な呪いは、跳ね返せば呪っている本人に向かうことになるというやつだ。

 見えないところでの呪詛なら『何も感じない』ことにすることも出来るが、呪師本人が出向いて来た場合、その呪師を『殺してしまう』覚悟を持つ事を迫られる。

 もちろん、日本は法治国家なので殺人は許されるものではないが、呪いを返すことで間接的にそれを行ってしまうことになるのが陰陽師の仕事なのである。

 俺のような地方都市の木っ端陰陽師でも年に一、二件はそういった事例に遭遇するほどだ。そういった覚悟は、この道を選んだ時点で持たざる得ないものになる。

 だが、この弟子である少女、パルナはどうだろうか。

 もちろん、彼女には『復讐』という理由がある。相手だって呪いどころではなく、直接彼女に害をなすべく向かってくることだろう。

 持つべき覚悟はたかが『仕事』の俺たちとは重さが違う。

 それを彼女が自覚しているかどうかだ。

 この歳の少女にそんなものを求めるのも残酷な話である。俺だって意識し始めたのは大学進学を考え始めたあたりだ。

 だが、彼女はその決断をしなければならない。

 昨日の、復讐と絞り出したパルナの声を思い出す。

 俺たちにそれを口にするのに、彼女はどれだけの勇気を振り絞ったのだろうか。

 だから俺も、そこから逃げてはいけない。

「じゃあ、知能を持った相手が、どういう存在か、わかるか?」

 静かにそれを尋ねる。

「えっと、詳しいことはわかりませんがおそらく敵の国の魔法使いで……」

「そうだろうな……、パルナ、君はそいつらと戦える自信はあるか?」

 俺の質問を受けて、パルナは少し悩んだ素振りを見せた。

 だがすぐに強く唇を結んで瞳を閉じ、しばらくなにかを思い出した後、目を見開いて言い放った。

「もちろんです。それが私のために倒れていった人たち対して、ただひとつ出来ることですから。だから私は、その敵と戦える力が必要なんです」

 そこにはもはや一切の迷いもなく、言葉も、瞳も、ただまっすぐに自分のするべきことを見据えているようだった。

(ああ、覚悟が決まっていなかったのは俺の方だったか……)

 思わず眼の間を抑えてしまう。

 俺は、俺自身の見る目のなさを恥じる。

 なにより自分の心を恥じる。

 俺はただ、自分の覚悟のなさをこの少女に投影していただけだったのだ。

「どうかしましたか?」

「なーに、このボンクラはいまさらにアンタの強さに驚いてるだけさ。まったく、もっとちゃんと弟子を信じてやりな!」

 物言えぬまま立ちつくしていた俺の背中を、それまで黙って聞いていた婆さんが二度三度と強く叩く。

 思わずむせて咳き込んでしまうが、それで余計なものも出ていったらしい。

「まったく、婆さんのいうとおりだよ。変に日和らず、やるからには徹底的にやらないとな。知能がある敵には、スキを見せたらそこから崩されるからな」

 当たり前のことをわざわざ口に出して、俺はまず、俺自身にその意識を浸透させる。覚悟はまず最低限の前提。そこから勝利を掴むためには、力押しではない手段で相手を上回る事が必要になってくる。

 そしてそれこそが、覚悟以上にこの弟子に足りないものであるのは間違いない。

「そのためにも今は、一つ一つ出来ることを増やしていくことから始めるか。ひとまずは、今の君が出来ることと、これから出来そうなことを考えていかないとな。それに戦い方もだ。敵がまだわからないとはいえ、どんな相手だとしても有効な基礎の基礎ってものがある。そこから始めていくぞ。いいか、ビシバシいくからな!」

 自分の失態を誤魔化すように、俺はいかにもわざとらしく偉そうな態度でそう告げる。もちろんパルナだって俺の態度がそういうものであることはすぐに見抜き、これまたわざとらしく笑顔を作って元気いっぱいに声を張り上げる。

「はいっ! よろしくお願いします、師匠!」

 これでいい。

 変な気負いなど、今はどこか脇にどけておいたほうがいいのだ。

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