第5話
「じゃあ、俺の考える三つ目の勝因についてだが、君になにか思いつくことはあるかい?」
パルナは思考を巡らせ、その後答えるのを躊躇したように少し悩み、そして諦めたようになにも言わずに首を振った。
こういう場合、当てずっぽうでも答えを並べ立てるタイプと、それを戸惑って黙って諦めるタイプがいるが、パルナは後者のようだった。
個人的には前者のほうが言葉を繋げやすいのでやりやすいんだが、まあしかたがない。それに、三つ目の答えはまさにそれに関係することだ。
「もう一点は、速さだ。あの時の君は実に判断が速かった。俺があの怪物を抑え込んでから、逃げようとか様子を見るとか牽制するとか、そういったことは一切考えず、迷うこと無く全力で攻撃を叩き込んだ。実際、俺の力がいつまで持つのかは微妙なところだったし、その判断の速さが三つ目の勝因なのは間違いない」
それを聞いても、パルナはよくわかっていないみたいな顔をしている。
まあ、今の迷いまくった彼女と真逆のことを言われているのだから無理もない。
「いってみれば先程の君とは正反対と言っていいような行動力だったわけだ。もちろん、どちらも悪いわけじゃない。時間をかけて考えることは大切だし、迷う必要がない時に瞬発力があるのもいい。両方を持ち合わせているという意味では、理想的ともいえるな」
俺がそんな風に声をかけてやると、パルナはどこか不思議そうに俺を見ていた。
なぜ自分が褒められているのかわからない、そういった顔だ。
「さて、そろそろ少し話を戻そうか。君は俺たちの迷惑となるからここを出ていくと言った。その気遣いは正しいものだし、迷惑となるような事象が起こるのもおそらく事実なんだろう。しかし、それで君はどうするんだ? 自分の勝因も言い切れず、一人では怪物に勝つのも一苦労と自覚して、それでも出ていくと? 冗談じゃない!」
俺が声を荒げたことで、パルナは思わず驚いてビクリと肩を震わせる。
「でも、それではあなた方が……」
「なぜ俺がわざわざ、君に勝因の話をしたのかわかるかい。俺は、そして多分そこの婆さんも、君に死んでほしくないからだ。君にひどい目にあってもらいたくないからだ。むしろ君には、こう言ったほうがいいだろうか。君は俺の姪であることを名乗ったなら、その責任を果たしてくれ。それは迷惑を避けて勝手に去ることなんかじゃない、俺たちを頼ることだ」
パルナの言葉を遮るようにして俺はそうまくし立てる。
一字一句、まごうことなき俺の本心だ。
そして俺の言葉が終わるのを待って、それまで無言を保っていた婆さんがゆっくりと口を開き始めた。
「まあ、そういうことだね。そこのボンクラにいきなりそんなことを言われても戸惑うこととは思うけど。アタシはね、パルナちゃん、ひと目アンタを見たときから、ずっと嬉しくてしょうがなかったんだよ。いなくなった孫が生きてきた証を見たようでね。それにね、煌がどう言っていたは知らないけれど、この葛城家はそんじょそこらの家とは違うんだ。アンタも見たんだろう、そこのボンクラが術を使うところを」
婆さんにまでそう言われては、さすがのパルナも神妙に頷くしかない。
「アンタがアタシらのところを去っていっても、アタシらはあの怪物と戦うよ。この街で好き勝手されたら、葛城家の名が廃るってもんだ。そうだパルナちゃん、アンタも葛城の血が流れているなら、逃げるよりアタシらとともに戦うってのはどうだい? 手はいくらあっても困らないからね。それなら、アンタもここにいやすいだろう? そこのボンクラよりよっぽど役に立ちそうだ」
そうしてカラカラと婆さんは笑う。ついでのように変な流れ弾が飛んできているが、まあ、パルナが納得できるならこれくらいは大した問題じゃない。
俺たちの言葉に、パルナは黙ったままこちらを見ている。
言葉を探しているのだろう。
俺たちはただ彼女の出す答えを待つのみだ。
もうかけるべき言葉は言い尽くした。
「……ひとつ、お願いをしてもいいですか?」
意を決したパルナの、最初の言葉はそれだった。
もちろん、それを断る理由はこちらにはない。
どういう決断をしたのであれ、パルナが考えたことを受け入れる。そんな気持ちで続く言葉を待っていたのだが、彼女の口から出てきたのは、まったく想定もしていなかった言葉だった。
「私をあなたの、リョウさんの弟子にしてください!」
「ハァ!?」
素っ頓狂な声とともに、俺は椅子から立ち上がろうとしてそのまま崩れ落ちてしまった。
話の急展開に身体がついていかなかったのだ。
「いやいやいや、なんでそうなる? 俺の弟子? なにがどうしてそうなったんだ?」
俺は立ち上がり、ゆっくりとため息を付き、あらためてその理由を尋ねた。
「私は本気ですよ」
キラキラと、夢と決意に満ちた瞳が俺を見つめている。
この眼は俺も知っている。絶対に諦めない奴が見せる、真っ直ぐすぎる輝きだ。
「ああ、ああ、本気なのはわかった。でも理由がわからない。いいからまず、イチからちゃんと説明してくれ」
「そうですね。まずは私の気持ちからお話しします」
一つ咳払いをして、パルナは静かに語り始める。
「お二人は私にここにいてもいいという趣旨の事を言ってくださいましたが、本当のところ、私には別の目的もありました。それもあって、私はこの家のお世話になることを渋っていたのですが、リョウさんの言葉で目が覚めたのです」
「目的って、いったいなんだ?」
聞いてみたものの、ある程度の予想はつく。
親を殺され、国を追われた王族の子供のすることなど、一つしかあるまい。
パルナは、言いづらそうに、絞り出すような声でそれを口にする。
「……復讐です」
まあ、そうだろう。
「私は、私の両親を、故郷を奪った相手を倒したい……。国を取り戻したい。そう考えていました。でもそんな個人的な感情にあなた方を、この家を巻き込むのはよくない。それくらいは私にだってわかります。けれどリョウさんにいわれて、今のままでは私はただ、なにも出来なまま死ぬ、そんな事をいまさら思い知ったのです……」
「正しい分析だ。俺に弟子入りするなんていう素っ頓狂な結果さえ導き出さなければの話だが」
素直にそう思う。結論だけがおかしい。
「そういうところですよ。私は、そういうリョウさんの態度で自分を見つめ直せたんです。復讐をするにしても、この家のお世話になるにしても、私は、リョウさんの元で学んでいきたい。それが私の出した答えです」
「なんだそりゃ……」
俺からはそんな言葉しか出なかったが、一方で愉快げに笑っていたのは婆さんだ。
「復讐に巻き込みたくないって? それこそ水臭い話だよ。アタシだって、自分の孫を殺したとかいう相手をぶちのめしてやりたいからね。さっきも言ったろう、葛城家の名が廃るって。それを聞いて黙っていられないのはこっちだって同じだよ」
別にパルナに気を使っているつもりなど一切ない、根っからの本心だろう。葛城キンはそういう人物だ。
「そのためならこのボンクラだって好きに使ってくれていいよ。こいつは霊力は低いけど、人を見る目は確かだからね。アタシが許可する。亮よ、アンタもそれでいいだろう?」
「……そこまで言われてノーと言えるわけないだろ」
実際、ノーというつもりはなかったが、もう少し手順とかそのへんは考えてほしかったとは思う。
正直、事態がまだ飲み込めていない。
「まあ、これで決まりだね。カツラギ・パルナは今日から葛城亮の弟子としてこの家に住む。この世界のこととか、家のこととか、そのへんも亮に教えてもらえばいいさ。ほら亮、さっさと開いてる部屋を見繕ってあげな。この屋敷ももうスッカスカなんだから空き部屋くらいいくらでもあるだろう?」
「はいはい……」
「まあ戸籍とかそのへんの問題はあるけど、そっちはアタシの方でなんとかしておくよ。なんせ初めての曾孫だからね。いくらでも手は打つよ。ああ、そうだ、亮、アンタ気がついているかい?」
「何がだよ」
「アンタ、おじさんだよ」
言われてようやくそれを認識した。姪であるパルナから見れば、俺は叔父ということになる。まだ二十四歳だが、無事、おじさんデビューというわけだ。
「えっと、リョウおじさん、と呼んだほうがいいですか?」
「やめてくれ!」
叔父とおじさんは違う。違うのだが、口に出ると同じものになってしまう。
そう主張する程度には、俺はまだ若いつもりでいたいらしい。
「わかりました、では、師匠とお呼びしますね」
それだけ言って、ニッコリと、それがもはや決定事項であるという強い意志を秘めた笑顔を浮かべてみせた。
それを見たことで、俺の立場も決まってしまったような気がした。
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