第4話
そうして屋敷に戻り、俺とパルナ、そして婆さんの三人は、居間で向き合うように座っていた。
パルナの前には麦茶といくつかのお茶請けの菓子、といっても大したものでもなく、帰りにコンビニに寄って買ってきたいくつかの小分けの菓子の類であるが。
それでも、パルナはそのいくつかに口をつけ、腹具合をいくらか満たしていた。
「パルナ、さん……は麦茶でよかったかな?こちらの世界の一般的な飲み物だけど……」
「いえ、お気遣いありがとうございます」
そう言うと、パルナは目の前の麦茶にゆったりとひとくち口をつけ、穏やかに微笑んで見せた。
その所作は元とはいえ王女らしい気品に満ちていて、彼女が自分の姪であることがまるで信じられなくなる。文字通り、育ってきた世界が違うのを感じさせられる。
そして彼女は静かにコップを置くと、その静けさのまま話を切り出した。
「それで、まず今後のお話なのですが、私はやはり、このまま国に帰ろうと思います……」
明らかに、その言葉は無理を押し殺して出されたものだった。
「……父は、カツラギ・マサルを頼れと言ってはいましたが、ここにお邪魔させてもらいあなた方と話をさせてもらって、決めました。あなた方にとって私は、突然押し掛けてきていなくなった息子の子供を名乗る不審人物ですから……」
色々と言いたいことはあるが、俺も婆さんも、ひとまずはなにも答えない。
婆さんもなにか考えているに違いないが、まずは、パルナ自身に全てを吐き出してもらう必要がある。
パルナの言葉は続く。
「それに、私がここにいては、その、生活面以上に、あなた方にご迷惑をかけることになってしまうと思いますので。……あの怪物、リョウさんもご覧になったでしょう……」
「ああ……」
そこで俺も彼女の真意に思い当たる。
パルナは確かに我々に甘えることも是とはしていないが、なによりそれ以上に『嗅ぎ狗』といわれていたあの怪物に対する責任で気持ちが一杯なのだろう。
だが、それこそ不要な気遣いというものだ。
それを聞いたことで、俺はようやく口を開く理由をみつけた。
「それで、そのことを踏まえて、一つ質問をさせてもらってもいいかな?」
「質問、ですか……」
俺の言葉に、パルナは戸惑いを隠しきれない様子である。
自分の意志が揺らぐのを恐れている、といったように見える。
「ああ。君は、あの怪物に対して、どれくらい勝算がある?」
率直な言葉をぶつけた。
確かに先ほどの戦闘では俺ではなにも出来なかった怪物をあっさりと撃退した。
なるほど出力は高い。それは間違いない。
だが正直、それ以外がメチャクチャだ。
パルナはそれを自覚しているのだろうか?
「それは……、たぶん、なんとかなると思います……。今日だってちゃんと、嗅ぎ狗も倒せたわけですし……」
ふむ、そのたどたどしい言葉でわかった。彼女は自分の戦い方に問題があることを自覚している。それならば話は早い。
俺はすぐさま彼女に必要なものを脳内で組み立て、それに合わせて言葉をぶつけていく。
「ああ、たしかに今日はなんとかなった。完璧な勝利と言ってもよかっただろう。でも、あそこで俺があの怪物を抑えていなかったら、どうだろう?」
なにも出来なかった俺が言うのもアレだが、意地の悪い質問である。
「それは……」
「これは俺の推測になるが、おそらくメチャクチャに苦戦して、最終的になんとか倒すことができたってところだろうな。苦戦といっても、攻撃がろくに通じない俺とはまったく違うパターンだ。君の攻撃ではアイツをまともに捉えることが出来ないし、周りの被害を考えながらの戦いとなればなおさらだろう。君は無駄に消耗を続けながら、ラッキーパンチを待つしか出来ないというのが、俺の見立てだが、どうだろう?」
俺の言葉とともに、みるみるパルナの表情が曇っていくのが見て取れた。
意図してやったとはいえ、少し当たりがキツすぎただろうかと反省する。
自覚のない相手に自覚をさせるのは、いつも苦戦してしまうところである。
「……まるで、見てきたように言いますね」
「まあ実際、君の戦いは見せてもらったからな」
「見たと言っても、あの一回だけじゃないですか!」
「それだけで充分だよ。あの時の君にはそれだけ隙があったということだ」
「なっ……」
事実だった。それほどに、このパルナという少女の術と戦い方にはひと目でわかる粗が存在していた。
そして本人も思い当たるところがあるのだろう。絶句したままそれ以上の反論はしてこない。
「それで、君はどうして、俺の指摘したような結果になると思う?」
さらに質問を重ねる。本当に重要なのはここだ。
パルナは自分の力についてをどのような認識をしているのか。
なにか分析をしているのか、しばらく深刻そうな顔で口を閉ざしていたが、やがて恐る恐る、その答えを口にした。
「……私の力が強すぎるから、でしょうか?」
ふむ。
俺は人差し指でクルリと宙に丸を書いた。
「自覚があるのはいいことだ。それを踏まえて65点といったところかな。力が強すぎるというのは正解だ。ただ君の場合、それを制御する方法を知らないのがまず最初の問題点だな」
「制御、ですか」
パルナは不思議そうな顔をする。自分では制御出来ているつもりだったのだろう。
まあ力を暴走などはさせていないから、その認識は完全な間違いというわけではない。だが、それだけでは無駄が多すぎる。そういう無駄は、俺は好きじゃない。
「そう、制御だ。今の君はおそらく、ただ蛇口を捻って、つまり力の出口を大きくしたり小さくしたりすることで自分の力を制御している。そういう認識でいいだろうか?」
「そうですね。これまで考えたことはなかったですが、言われてみると、そういう気がします」
ひとまず第一段階は成功だ。こういう自分の中で曖昧な物は、まず形をととのえてやるのが大切だ。
「でも、その制御の仕方だと、結局強い力に対抗するにはこちらも強い力を出すしかなくなるわけだ。それが、君が圧倒的な力の差を持ちながら、あの『嗅ぎ狗』という怪物さえに苦戦する理由だ」
「それは……」
パルナは反論の言葉を探している。しかしそうすればそうするほど、自分の力と向き合うしかなくなるのだ。
だからここで、そろそろ助け船を出してやらないといけない。
「ここまでが仮定の話だ。だが現実として、君は今日、あの怪物に完勝した。まさに、圧倒的な力でだ。その理由は俺は三つあると考えるが、君はどうだ? それがなにかわかるかい?」
「三つ、ですか……」
当然パルナは再び思考モードに入るが、今度は先程までと違う『よかった探し』だ。頑張って自分の長所を見つけ出すことも、重要なことだ。
「……まずは、あなたが動きを封じてくれたことでしょうか?」
その答えに、俺はニッコリと微笑みを返し、先程より大きな円を指で描く。
なにも、俺の成果を認めてくれたことが嬉しいんじゃない。そんな雑魚のことなどどうでもいい。パルナが考え始めたことが喜ばしいのだ。本当だぞ。
「まあ根本はそこだな。つまり、相手が動かないことで確実に落ち着いて攻撃を当てることができた。それなら、どんな攻撃だって自由自在なわけだ。では、残りの二つは?」
「え……、そうですね……」
そうしてパルナはまた言葉に詰まる。
おそらくこれまでほとんどなにも考えずに来たのだろう。もっとも、元々は王女様だったのだ、それを追われるという事態にならなければ、こんな事を考える必要さえなかったかもしれない。
それを考えると、俺は彼女が少し不憫に思えた。だからこそ、パルナが今後どういう選択肢を取るにしても、今のままではいけないと思うのだ。
どんな若者に対してだって思うことだし、ましてや自分の姪である。
俺にできる事があるなら、可能な限り伝えておきたい。
「えっと、私が強かったから、でしょうか……」
自信なさげに、照れくさそうに、パルナはモゴモゴとそれを口にした。
だから俺は、俺に出来る限りの笑顔と円で、それに応えてやった。
「ああ、それが二つ目の答えだ。あの力があったからこそ、君は『嗅ぎ狗』を倒すことが出来たんだ。それはもっと誇っていい。実際、その前にあの怪物に対してどうにもならなかった例があっただろう?」
これはもちろん俺のことだ。
同じ状況になったとして、俺が『嗅ぎ狗』を倒せるわけがない。
圧倒的な力があったからこそ、圧倒的な勝利をすることが出来た。
当たり前だが、大切なことだ。
「あと一つ、ですか……」
必死に絞り出し、ためらった末の答えがこの二つ目だったのだろう。
パルナはもう完全に混乱しきった表情だ。
もう少し考えてもらいたいところだったが仕方がない。
なら、最後の一つは、こちらから種明かしをしてやるとしよう。
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