第3話
葛城家の屋敷は、駅から少し西、古くからの高級住宅街の一番奥に存在している、やたらめったらと広大な和式の豪邸である。
今この屋敷に住んでいるのはたった二人。
屋敷の主であり、安濃津葛城家のご隠居である俺の祖母、葛城キンと、現葛城家当主葛城勝の三男、葛城亮、つまり俺である。
で、現当主である葛城勝はというと、現在は陰陽師組合の重役として夫婦揃って京都に生活の拠点を置いている。次男の葛城明も組合員として同じく京都だ。なにしろ三人とも実に有能な陰陽師であり、なおかつ組織運営の手腕もある。
そして、そんな優秀な家族連中と違って落ちこぼれた俺は、こうして術師の大学を出たあとは行き場もなく屋敷に戻り、祖母の身の回りの世話をしながら屋敷の管理みたいなことを任されているわけである。
だから今回に限らず、葛城勝を頼ってきた客人をもてなすのは、主に俺の仕事となるわけである。
彼女を連れて屋敷に向かうにあたり、まず確認しておきたいことがある。
聞くべきことはどれだけでも出てきそうだが、これを聞かなければ、それこそ話が始まらない。
「とりあえず最初に聞いておきたいんだけど、君の名前を教えてもらっていいかな。その、なんて呼んだらいいのかわからないんでな……」
「あっ、はい、そうですね。私としたことが自己紹介もせず、大変失礼いたしました。私はパルナ・カツラギ・ロアヴァール。永世魔法王国ロアヴァールの、元……王女です」
永世魔法王国ロアヴァール。
もちろん、そんな国に聞き覚えはない。少なくとも地球上の国ではないことは確かだろう。なにしろ魔法王国だ。
他にも気になることは山ほどあるがまずは一点、彼女の名前が引っかかった。
「その、カツラギっていうのはまさか……」
「はい、私の父、コウ・カツラギのファミリーネームです」
やはりそういうことか。
コウ・カツラギ、すなわち葛城煌。
今から十六年前に神隠しに遭い行方不明となった葛城家長男、ようするに俺の兄の名前だ。
つまり、この永世魔法王国の元王女と名乗るパルナという少女は……。
「君は、俺の姪ということになるわけか……」
「そういうことに、なるのでしょうか……」
まさかいきなり元王女の姪がポップするなんて、想像もしたことがなかった。
そしてそこに、気になることがもう一点。
「ところで、元王女ってことは……」
聞きづらく、それ以上に答えづらいことではあるが、ここだけは聞いておかねばならなるまい。
おそらくそれこそが、彼女がこの世界に来ることになった理由だ。
「ロアヴァールは近隣国家の大規模な侵攻によって、壊滅しました……。私は、父の力でなんとか脱出できたのですが……」
そこでパルナは言葉に詰まってしまった。
そうなってしまうことは容易に予想できたのだが、やはり、聞かなければよかったという後悔の念もよぎる。
「すまなかった……、辛かっただろうに……」
こういう時に掛ける言葉はいつだって陳腐なものになってしまう。
彼女の力になるには今の自分ではあまりにも無力だし、そもそもまだ彼女のことを何も理解していない。そんな俺にかける言葉などあるだろうか。
それでも彼女にあったことを想像してみると、それと同時に、俺は幼い頃に見たきりに忘れていた、兄の顔を連想した。
今の兄がどんな顔をしていたのか、わかるはずもない。
そもそもあの頃の兄の顔さえもう曖昧なのだ。
神隠しに遭う前から儚げで、放っておくとどこかに消えてしまいそうな印象だけが残っている。
横目でパルナの顔を伺う。
異国の、異世界の少女でありながら、そこにはどこかあの煌兄の面影が見えた気がする。あんな儚さはなく、どこか力強さを漂わせてさえいるが、それでも、そこに煌兄は確かにいた。
「……そうだ、もう少し落ち着いたら、煌兄……君の父さんの話を聞かせてもらっていいかな?」
「えっ……」
思いがけない言葉だったのだろう、パルナは顔を上げ、俺の顔をまじまじと見つめてくる。
「俺にはどうも、煌兄が……カツラギ・コウが知らない世界で子供を作っていた事自体がまだ飲み込めていなくてな。それを教え、感じさせてくれる存在が、こうして生きていたことが、嬉しかったんだ。君には辛い思い出だっていうのにな……」
それからまた言葉を探そうとするが、それはまったく別の声で中断させられた。
「コラッ、亮! そんな呑気に歩いてるけど、仕事は終わったのかい!」
道の向こうに仁王立ちした人物から声が飛んできた。
それはまさに、俺が最も頼りにしていた存在だ。
俺の祖母、この街の要、葛城家のご隠居様。御年七十五歳の生き字引陰陽師。葛城キンその人だ。
「で、なんだい、その子はアンタの教え子なのかいって……、おや……」
そんな婆さんは、パルナの顔を見た瞬間、なにかを悟ったらしい。
ゆっくりとパルナに歩み寄ると、そのまま、力強くその身体を抱きしめた。
「えっ……」
驚きを隠せないパルナに対し、婆さんはただ静かにその頬を撫でる。
「あなた、煌の娘さんでしょう?」
「なんだよ、さっきの話聞こえてたのか?」
「いいえ、でもひと目見ただけでわかるわよ。顔の輪郭とか目の儚さとか、あの子にそっくりだもの……」
それが正しいのかどうなのか、俺にはまったくわからなかったが、婆さんは確実にパルナのことを見抜いているようだった。
「あなたがわざわざこちらに来るってことは、煌になにかがあったんだね……、ほら亮、さっさと車を持ってきなよ。この子を家まで案内してあげないと……」
急かされるようにそう言われ、俺は走って車へと戻る。
まあひとまず、一番厄介そうだった問題は結果として一番頼りになる相手になりそうで、それはなによりも心強いものだと思った。
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