波間の記憶

 次の記憶は、海岸から始まる。寒い早朝の岩場に、身体を横たえているみたいだ。僕の横には、大きな美しい鱗が1枚、寄り添うように落ちていた。

 「え、なんだあれ!…おーい!!」

遠くから声が聞こえる。威勢の良い男の声だ。

「なによー!朝からうるさいわねー!」

さらに遠くから女の声。こちらも威勢が良い。

 二人の言い合いは続く。

「ちょ、ちょっと来い!あそこにとんでもないもんがあるぞ!?」

「はあ?こっちはまだ朝ごはん作ってんだけど!?」

「そんなのいいから!それどこじゃないんだって!」

「わかったわよ!ちょっと待ってなさい!」

 どうやら二人がこっちに向かってくる。女の方は未だに「なんだい朝から…忙しいってのに…」とぶつくさ文句を言っているようだ。

 二人が僕の横で立ち止まった。なんか、この人達、大きくないか?巨人なのか?

 女がしゃがみこんで、目を見開いて僕の顔を覗き込んでくる。

「え、これって…あ、赤ちゃん、じゃ、ないか…」

「だから、ただ事じゃないって言っただろ?」

僕はどうやら、赤ちゃんになっていたらしい。通りで、二人が大きく見えたわけだ。

 女に優しく抱き上げられた。岩場に冷やされた背中に、腕の温かみが伝わってきて心地いい。

「この子、誰の子だい?」

「俺に聞くなよ。俺だって今さっき見つけたんだから。」

「まさか、浮気してたんじゃないでしょうね?」

「俺が浮気なんてすると思うか?」

「いや、あんたならそもそも相手してくれる女が寄り付かないか…」

「おい!!今なんてっ」

「しーっ!大きな声を出すんじゃないよ。この子がびっくりしちゃうでしょ!」

「おっと、すまんすまん…」

「とにかく、この子どうするんだい。誰の子かもわからないし。」

「いっそ、俺らの子にするか?」

「え?」

「いやぁ、俺ら子供授かれなくて、もう諦めてたけどさ…もしかしたら、これは神様がくれたチャンスかもしれないじゃないか。」

「そんなこと、あるかねぇ。」

「どっちにしたって、かつては子供が欲しかったんだから、今から育てることにしたって問題はないだろ?」

「まあ、子育てする覚悟は前からあったよ。もう犬に食わせちゃったけど。」

「また犬から引きずり出すチャンスが来たってことさ。」

「そういうことにしようか。じゃ、あんたは今日からうちの子だ。」

 僕は、この人達に育てられることになるらしい。どこで産まれた子なのかも分からないのに、何の疑いも持たないんだな…。まあ、悪い人達では無さそうだし、ここにいても波に飲まれて死んじゃうだけだろうから、ありがたく拾われておくことにする。

「めいっぱい可愛がってやるからな!」

「無事に大きくなるんだよ。」

「名前は…どうする?」

「そうだねぇ、あんたの名前は……」

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