第15話 報告

『拝啓おばあ様へ。

 いつかまた出会えると信じて、日々の出来事を書いているこの日記ですが、最近は書くことが増えました。おばあ様がかねてより口を酸っぱくして、やかましいくらいに言っていた通りに、アルデミラは世界の中央に向けた旅に出ることにしました。初めは森で魔獣に追いかけられて死ぬかと思ったし、かと思えば遺跡で眠りこける戦神の使徒の青年、旅の相棒になった、

 -ジルルステイジですが私はジルと呼んでいます―

 と一緒に魔獣を退治しました。-私は二匹だけですが-

 それからは普段じゃあり得ないくらい暴れまわっている魔獣に追いかけられたり、慣れぬ野営をしたりと、二百年以上生きてきて初めての経験ばかりを重ね、面白くもあり大変な旅となりました。

 しかも、竜の産卵期に重なったので訪ねてみれば、古精霊族のご先祖様の約束で、竜と里の人の仲介をしたり、かと思えば呪いの浄化のために暴れる魔獣たちと戦ったり邪神が暴れたり。とにかく大変でした。それで、初めて一族伝来の魔法を使ったりもしましたし、すごい冒険であったと思います。ジルも世界の中央に向けて向かっているようなので、また二人で進んでいこうと思います。

 運命というものがあるのなら、このような出会いをもたらしてくれた世界に感謝します。

 それでは、また出会う日を願ってアルデミラより』




「おはようさんジルルステイジ、あたしはお前さんには聞きたいことが、」


「おはようございますヴァーダさん、何か用でしょうか?」


「まあそうなんだがね、お前さん何をしているところだったんだい?」


「これはですね、戦神様に戦の勝利の報告と、お供えの準備をしているのです」


 朝一番、といっても昼前であるが、ヴァーダがジルの部屋を訪れた時、ジルはいつもの鎧を着ずに、素朴なシャツとズボンで何やら練っていた。しかも周りに散らばる粉が、けして料理に馴染んでいる訳ではないことを示している。


「それは一体何を作っているんだい?」


「こちらにも知られているかわかりませんが、団子です」


「ははあ、団子は知っているがねえ…」


 自信ありげにジルがかざした団子は綺麗に丸まっておらず不格好で、おまけに粉が溶け切っていないのか、見るからにダマだらけで些かの気合を込めてジルの元を訪れたヴァーダの気も抜けてしまう。


「…あんた料理はずいぶんと不器用なんだねえ。どれ、貸してみな」


「おお!俺の作った団子が!」


 ヴァーダの手により奪われたゼオの団子たちは、再びボウルに戻され一塊に帰ると、水を足し練り直すとダマを潰し、次々にきれいな球体に仕上げなおしていく。団子の生地は無駄に多く、なかなか減っていない。


「ほれ、あんたも手伝いな。不格好でも丹精込めた手作りなら、戦の神もお喜びになるだろうさ」


「ありがとうございますヴァーダさん、これなら我らの神もお喜びになることでしょう!」


「礼はいいよ。あんたには返しきれない恩が出来ちまってるんだからね。作りながらだが、あんたに幾つか聞きたいことが有る。いいかい?」


「ええ、もちろんどうぞ」


「昨夜お前さんに討ち取られた呪いの核だが、あれはどうだった?」


「あれと打ち合えた時間は僅かでしたが、一対一なら非常に苦労させられたでしょう」


「…やはりそうか。あれはやっぱり、私の先達だよ。話したろう?稀代の戦士が起こした事件が呪いの発端だと」


「ヴァーダさんの先達というと大分お年寄りですね」


「やかましいわい。それでだが、先達は先の戦乱の最中、戦神の洗礼を受けていたのさ。奴の暴走は、戦神の使徒として何か関りがありそうかね?」


 団子を即席で備えたコンロの鍋の湯に放り込み手持ち無沙汰になった段階で、ジルに向き合ったヴァーダが冷たい声音で問うた。


「非常にその可能性は高いといえます。話を聞いたところ、あなた方は戦乱を治めようとしていたのでしょう。であるならば、至上の戦を求めている戦神様の癇に障ったかもしれませんね。それ故、此度のような呪いが齎された。まあ、生まれて二十年とたたない俺には分からぬことでありますが。敵対している邪神まで現れましたしね」


「私たちは戦神の使徒に呪われ、救われたってことか。かの戦乱に関わったのが運の尽きかね」


「まあ見たところ、この里は大分弱体化しましたし、再び戦にちょっかいを掛けねばヴァーダさんが心配するようなことは起きないでしょう。団子、ありがとうございます」


 茹で上がった団子を並べだしたジルはヴァーダの心配を先読みし、安心するよう告げると砕けた鏡のご神体へ祈りをささげる準備をする。


「そうかい、それならいいのさ。邪魔したねジルルステイジ。飯の準備をしておくから、終わったらおいで」


「分かりました、よろしくお願いします」


 ヴァーダが部屋を後にしたころ、ジルは祈りを捧げ、これまでに起きたことを女神に報告した。


 大陸の端に転送され、儀式の開始が幾許か遅れること、友達が出来たこと、竜の里へ立ち寄り邪神や呪いと相まみえ、なんとか打ち払ったこと。何者かが計画を歪めつつあること、竜の里はしばらくは自分たちの脅威にはなり得ないことまで伝えきると、力を失いつつあり、返事をすることが無い聖鏡をそっとしまった。

 何者かが糸を引いていたとしても、彼にはそれを打ち倒せるという若さからくる傲慢と、たしかな自負があった。


「さて、それでは食事をいただきに行こうかな。それにしても、何者かにお膳立てされたような旅の道筋だが、凶と出るか吉と出るか。これが同志によるものであればいいんだが」


 供えた団子を口に放り込んでしまうと、ジルは良い匂いのするほうへ向かっていった。

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