第13話 人竜一体の戦士

 歪み、大きく裂けた顎からは不快な咆哮が轟き、濁った瞳はそれでも勇ましく眼前に並ぶ己の敵をにらみつけている。携えた槍は不気味に脈打ち、激しく尾で地面を打つ。

 砕かれた卵から現れたのは、人に竜の特徴を植え付けたような、異形の戦士だ。

 竜の戦士は残る卵を守るように、ジルたちの前に立ちふさがる。


「竜人、ではないな?彼らは東の大陸と共に消滅したはずだ」


「呪いの核が竜に関わりのある者なら、そういったものに姿を似せているのかもしれないね」


「なんにせよ、こんなにだらだら戦い続けるのも癪だし、ちゃっちゃと始末を付けようか」


「あれは呪いの核が生み出した守護者だ。呪いの核を浄化すれば消えると思う。僕が浄化するから、ジルはその間僕を守ってちょうだい」


「了解、まずは呪いの中心から移動させねばな。来い、倉鏡」


 言うが早いか、ジルは己の得物である巨大な槌と、アルデミラ用の魔術触媒を取り出し、アルデミラに渡すと早速とばかりに竜の戦士に駆けだす。

 竜の戦士もそれに身構え、槍を突き出し迎撃せんとする。


「ぶっ飛べ!轟け強震槌!」


「ゴアアア!」


 ぶつかり合ったジルの槌と竜の戦士の槍の間で空気が震え、爆ぜる。

 勢いを増した空気の爆発はやがて竜の戦士を吹き飛ばすほどとなり、岩壁に叩きつける。


「すごいジル!」


「よし!今のうちに解呪をするんだアル。奴はまだまだピンピンしているぜ」


 ジルの言葉通り、竜の戦士はほとんどダメージを負った様子はなく、翼を羽ばたかせ、岩壁から這い出してきたところだ。

 鎧から漏れ出す瘴気により、今負った小さな傷すら修復している。


「邪魔さえされなければ、解呪はそんなには時間はかからないよ。それに、そっちの守護者が傷つけば傷つくほど核は力を消費するから、」


「より始末が早いというわけだな。君を傷つけさせはしないから安心して解呪をしてくれアル」


「うん、任せたよ!」


「おう!」


 敵を前にし、即興でお互いの仕事を決めた二人は、それぞれが全力で仕事に取り掛かる。

 だがそれを竜の戦士は阻もうと、低空を羽ばたき、咆哮を伴いながら槍を構え突き進んでくる。ジルはアルデミラに害が及ばぬよう、自らも竜の戦士に駆けだすと槌を激しくぶつけ、受け止める。

 それでも全力の衝突はジルを押し込み、引きずる。


「グオオオ!」

「うぬぬ!」


 拮抗したぶつかり合いはそれでもアルデミラまでの距離を詰めることはなく、ジルの押し込みによってなんとか押しとどめられる。


 突撃の勢いを潰された竜の戦士は顎を大きく開くと、ジルの顔めがけて轟轟と燃え盛る炎を吹きだそうとした。


「チッ!」


 竜の戦士を蹴り飛ばし距離を取るジルだったが、それでも火炎は迫ってくる。

 ジルは再び倉鏡を呼び出すと、得物を戦いには似つかわしくない扇である魔麗扇に取り換えると、竜の戦士を前に構える。


「災いを吹き払え、魔麗扇」


 舞のように振るわれる一対の扇はジルに迫る火炎を絡めとると、勢いを付け竜の戦士に戻され、焼いていく。


「ギャオオ!」


 炎を嫌った竜の戦士は羽ばたくと、ジルの攻撃が届かないほどまでに高く飛び、窺うように旋回を始める。

 隙を見出そうとしているが、その様はこの里の竜と人間もとらえている。


「…当に人竜一体の戦士とはこの事だな。だが、そっちは危ないぜ。レーン!ヴァーダさん、そいつを叩き落としてくれ!」


「ジル、こいつも敵なんだよね?皆!タイミングを合わせてやっちゃって!」


「ああ、よろしく!」


 ジルがレーン達に声掛けをするや否や、竜の戦士に向かい四方八方からあらゆる属性の竜の息が襲い掛かる。

「ゴアアアア⁉」


 竜の息に滅多打ちにされた竜の戦士はそれでも得物の槍を振り回し、自身も火炎を吐き打ち消さんとするが、止めどない攻撃にさらされ続け、傷を負っていく。更に地上からは追撃にジルが邪精霊の女から奪った弓で射掛ける。


「ジル、いい調子だよ!このまま弱らせれば、こっちももうすぐ解呪できるよ!」


「了解だアル、奴が接近戦を拒むならこのまま終わりだし、考えられるのは、」


 ジルの言葉が切れぬうちに、一瞬の隙を突き、竜の息の猛爆撃から脱出した竜の戦士はひと際上昇したのち、槍を構えた竜の戦士は解呪を行うアルデミラに向けて特攻する。


「こっちを狙ってるの⁉呪いの核に触れられたらまた元気になっちゃうよ!」


「逃げられた!ごめんジル!こっちからは巻き込んじゃうからもう撃てないよ!」


「やっぱり一か八かの最後の突撃だな。レーン、あれは自分の回復よりも、解呪を止めたいらしいと見た、こちらでやりきるから安心しろ!アルデミラ、姿勢を出来るだけ低くしていてくれ、迎え撃つ!来い、命槍。それと、鏡式戦闘術、渡り鏡」


 ジルの言葉に答え、とどめの一撃を決めるべく、颯爽と命槍は現れ、ジルの手に収まる。


「まったく調子のいい奴だ。まあいい、行くぞ命槍!」

「⁉」


 次の瞬間、突撃を敢行していた竜の戦士の目の前にジルが鏡から飛び出す。


 現れた鏡に勢いを付け飛び込んだジルは、アルデミラに真っすぐと飛び込んできた竜の戦士の眼前へと新たに鏡を作り出し、空中で迎撃することを選んだ。ジルの命槍が竜の戦士へと突きだされ、命を奪いに行く。


 ジルの槍は胸を穿ち、貫いたが、心臓がつぶれても竜の戦士はまだ諦めていない。

 体が震え、それでもしっかりとジルを見据える。

 竜の戦士も槍を突き出し、ジルの頬をかすめるも、反転したジルの足に槍を絡めとられ奪い取られる。


「竜とはこれほどまでに肉体の頑健さが違うのか!だが、流石に多勢に無勢で防衛線は辛かったでしょう。少し残念でしたが、もう休んでもいいんですよ、また次があればやりましょう!」


 竜の戦士の槍でジルは人とも竜ともつかないその顎を貫き、そのまま地面へと共に落ちる。噴煙を巻き上げ、衝突したとほぼ同じ、呪いの力が急速に弱まったことでアルデミラも解呪を終えた。


「よし終わったあ!そっちは大丈夫なの、ジル?」


「ああ!こちらも大丈夫だぜアル!とどめの一撃がちゃんと決まっていたようだ」


 瘴気の薄れていく邪気迷宮で、二振りの槍を携えたジルは消えていく竜の戦士の亡骸を見守りながら、戦いづくめの一日の終わりに息をつく。


 空には竜の民たちの勝鬨が響き、竜と人の蟠りも遂に解けていった。





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