第12話 呪いの核
「そうだな、ここまでの力を見せてくれた君には私からの贈り物をあげよう。良いか?よく聞くんだ、これは私たち以外に聞かれるとまずい話だ」
「ええ、聞いていますので、どうぞ」
ジルに首元へ短剣を押し付けられたまま、邪神は軽薄さを取り払い、彼本来の威厳をその身にまとい囁く。
「今あそこにもいるが、古精霊族の者に気をつけたまえ。これは君たちの計画を狂わすかもしれない話だ。厄介なもので、ほれ、あそこにいる女の一族は我々に…グゥッ⁉」
「何ですか?」
邪神の言葉が放たれる中、突如邪神は身もだえし、話すこともできなくなってしまう。尋常ではないその様子にジルも身構え、咄嗟に距離をとる。
「チィッ!?どうしたというのですか?そこからが肝心な部分でしょうが!まったくもう!」
「アルデミラ!気を付けるんだ!邪神の様子がおかしい、さっきみたいに魔法を使うかもしれない!」
「うん!了解だよジル」
慌てて武器を手に構えたアルデミラの傍らで、邪神の異変に共鳴するようにこれまで気絶し、身動ぎ一つしなかったカーミアがパチリと目を開く。
ぼんやりと簀巻きにされたままで、苦悶の声を上げる邪神を見つけると、その体を縛り上げる拘束魔術を見とがめる。
「最大限の防御の構えを、ってアルデミラ!その女が起きている!気絶させるか仕留めるんだ!」
「エエッ⁉」
「仕方ない、危ないからそこを動くなよアルデミラ!」
アルデミラは前方の邪神の邪神に気を取られ、カーミアが起きだしていることに気が付いていなかったが、ちらとアルデミラたちの様子を横目に窺ったジルが見つけ出すが否や、戸惑うアルデミラに先んじてカーミアを攻撃した。
視認するのも難しい、超小型のナイフで、風の魔術を施されている。
風を纏い加速し続けるナイフは、誰の目に捉えることも出来ないはずだが、タイミングが悪かった。
「大きなる者達よ、子供達の作りし悪辣を、消し祓いたまえ」
刃が彼女に届こうとしたとき、拘束から抜け出そうとしたカーミアの紡いだ呪文により、彼女を中心とした衝撃が巻き起こった。
それは人ではなく、彼女を拘束する魔封じの鎖をはじめ、ジルの放ったナイフやアルデミラの魔法触媒、彼らが持つ攻撃手段を破壊した。
「わわわ!僕のナイフまで壊されちゃってるよ!」
「自縄魔縛鎖が壊されたのか?まずいぞこれは!来い命槍、奴等は消すべき存在だ。鏡式戦闘術、倉鏡!おい、早く来るんだ命槍!」
カーミアは自身の拘束が解かれたことを確認すると、ジルが武器を展開するより早く動き出し、邪神の元へ向かう。
「止まってもらうよ!」
今まで見てきた彼女からは想像できないほど、機敏に動き回る彼女は立ちふさがろうとしたアルデミラを難なくかわす。
触媒が壊れ慌てふためくアルデミラではカーミアの動きを止められないことを悟っていたジルは、鏡に突っ込んでいた手を離すと、足止め用の投擲ナイフを繰り出す。
「祓え」
しかし、カーミアが一言つぶやくだけで、ナイフは煌びやかな光に変換され、消えて失せた。彼女はぐんぐんと加速し続け、邪神の元へ迫りくる。
敵に有効な武器が手元にないせいで、邪神とカーミアへの接触を嫌ったジルは、鏡からすんなり繰り出せるはずの武器が出てこないことに苛立ち混じりに形振り構わずに転がっている石まで放り投げたが、結果は変わらない。
カーミアには攻撃が届かないのだ。
「痛ってえ⁉暴れるな!貴様らが愚図るなら仕方ない、魔麗扇!」
邪神とカーミアを止めることを一時諦め、ジルは未だ慌てふためくアルデミラを守ることが出来るよう、黒と白の羽の入り混じる二つの扇を構える。
「ジル、何か触媒になるものがないと僕はポンコツだよ!」
「それは今はもうしょうがないことだアル、奴らが接触した瞬間何かしでかすなら、また離脱して振り出しからやり直すしかない!」
「あの子は一体何をしてるんだろう?」
「大丈夫、邪神さん?今楽にしてあげますから。傲慢なる命の増長を、解き祓え」
カーミアはすでに邪神の元にたどり着き、力の制御が出来ずに、汚物や奇怪な虫たちが這いまわりだした彼の背に手を触れると、起き上がった時と同じく、彼女を中心とした衝撃により、邪神を彼女の魔力が包み込む。
「あれは、魔法かな?邪悪な気配はないけど、一体」
「…アル、あの娘の種族は君と同じか?魔法を使える種族など、限られているはずだ。この魔法、性質は邪悪なものじゃない、いや、むしろ真逆か」
「私たちに近いかもしれないけれど、さすがに分からないかな」
「何にしても面倒なことだ。見てくれ、邪神がすっかり元気になってる」
ジルとアルデミラの見据える先、カーミアの魔力の爆発が収まると、すっかりと元の威容を取り戻した邪神が帽子を弄りながら、佇んでいる。ジルとアルデミラに目線を向けた彼は言葉を紡ぐ。
「いやあ君たち、これはこれは。見苦しいところを見せてしまったようだねえ。これでは威厳もへったくれもない」
「邪神さん、また話し過ぎると発作が起きるよ。今日はもう帰ろうよ」
「そうだねカーミアちゃん、今回も助かったよ。それでは君たち、邪魔して悪かったねえ。今日のところはお暇させてもらうとするよ。これでペナルティも回避だ」
「待ちなさい!一体何がしたいんですか貴方は!」
あれだけの言葉であそこまでひどくなるとは、参ったものだ、と独り言ちていた邪神に投げかけられたジルの言葉には答えがなく、ただ一言、
「戦神の使徒君、何とは言わんが私の言葉を忘れるなかれ、ということだよ。続きは我々とではなく、目覚めた呪いの核でも相手してなさい。ではまた会おうねえ」
「…またね、ジルルステイジ」
返答も待たずに二人は消え失せていく。あっけない終わりに二人もしばし呆ける。
「竜たちの産卵を邪魔しに来ただけじゃなさそうだけど、何が目的なんだろう?」
「くっそう、かき乱されるだけかき乱されて、何にも分からないぞ!」
ジルは苛立ちをぶつけるように石ころを蹴り上げるも、アルデミラに諫められる。
「落ち着くんだジル、まだ終わりじゃない。さっきからあの竜の卵石、様子がおかしいよ。きっとあれがさっき邪神の言ってた呪いの核だ」
「目がいいんだなアル、ということはだ、まずはあれを無力化しないと話が進められないってことだ」
「そうだね、ジル!今にも割れそうだよあの卵!」
そして卵が割れた時、この騒動の原因である呪いの核が姿を現した。
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