第11話 邪神とカーミア

 地を飲み込む暴力的な魔力の最中にあっても軽く埃を被るだけで済んでいた邪神は気を失ったままの邪精霊二人組を転移魔法でいずこかへ送ると、だるそうにため息をこぼした。


「ふええ~ん、竜たちにとっておきの魔法を中和されちゃったよカーミアちゃ~ん。これはめんどくさいことになりそうだっと」


 帽子をいじりながら足元の小石を蹴り上げ、いたずらが成功しなかった子供のようにふてくされている邪神へ向け、猛烈な勢いで放たれた矢が雨のように降り注ぐ。


「邪神さん!危ない!」


「うわあ、これはこれは、ゼルネちゃんの弓じゃないか。早速再利用するなんてっと」


 指先で矢を摘み受け止めていた邪神たちに更に襲い掛かるのはこれまた邪精霊のディアゾが構えていた剣であり、邪神ではなくカーミアを貫こうと迫っていた。


「きゃあ⁉」


「おっとこれはまずい!」


 邪神は刃など気にしないといわんばかりに両手でぱちんと掴み取り、カーミアの一寸先で剣を受け止めてしまった。


「これも僕が作ってあげた剣だから僕には効かないけれど、カーミアちゃんは気を付けてねえ」


「は、はい邪神さん!ありがとうございます。これは、先ほどの彼の仕業でしょうか?」


「まあそうだろねえ。良かったねカーミアちゃん、気になる彼が生きていて」


「ち、違います!私はただ、彼を殺してみたくなっただけですので…」


「そんなこと言ってええ、ああいう真っすぐなのが割りと好みなんじゃないのお?」


 先ほどからまるで緊張感のないやり取り。それは戦神の使徒であるジルを挑発するには十分なもので、その様子を噴煙の向こうで観察していたジルは本気にさせてやろうと、更に剣に仕掛けていた魔術を解き放つ。


「女神の聖花よ、宿りし剣を糧に咲き誇り給え」


 ジルが放つ呪言により邪神が掴んでいた剣には見る見るうちに茨の蔓が生えだし、やがて邪神の腕に絡みつくと、一凛の美しい輝く花をその眼前にもたらす。


「ほえ?これはなんですかねえ?」


「花がディアゾさんの剣から生えた?綺麗だけど、何だろう」


「ほほーう、思い出しました。これは彼女の好きだった花ではないですか。いやあ懐かし⁉」


 邪神の腕を絡め取っていた花は彼らに会話の続きを許さず、輝きを増し続け、遂には宿っていた剣もろとも邪神達を焼き尽くさんと高密度の魔力の爆発を引き起こした。

 先ほど吹き荒れた嵐のような無差別の破壊ではなく、その範囲は小さいものだったが同等の破壊力であった。


 竜たちが邪神の間近にいけば、瘴気に当てられ邪悪な者へ生まれ変わるかもしれないため、周囲から睨みを効かせてもらっている。


 そのためジルは自身が邪神を退治せんと迫っていた。今度はアルデミラも一緒だ。


 爆発を確認したジルは隣で魔術の発動準備に集中しているアルデミラに声をかける。


「さて、効いていることを祈るが。アルデミラ、君は常に俺のカバーできる範囲から離れないで、隙が出来たら狙いに行けばいい。影を君に纏わせているから、邪神には気づかれにくいだろうから、その間にあの女を探せ。よろしく頼んだ!」


「了解だよ、ジル。レーンやヴァーダさんには竜たちといつでも集中砲火出来るようにしてもらっているから、気を付けながら攻め込もう」


「いざという時にはその預けた羅針盤の結界を迷わず展開するんだ、数十秒は持つから。俺はかわすだけなら何とかなるからね。では予定通りに行くぞ!」


 瞬間、爆発の閃光が収まらぬ爆心地へとジルは突き進むと、邪神が居る場所目掛け命槍を突き入れる。


「よし!奪え命槍よ!」


 確かな手ごたえを感じたジルはそのまま名槍に命じ、かの邪神の命を奪おうとした。


 しかし、それはうまくいかない。槍が貫いていたのは正気を保ってはいないであろう様相の萎びた老人であり、それを見たジルの顔に苛立ちが浮かぶ。邪神に祈りを捧げた者を用いた身代わりである。


「ふざけた技を!」


 貫かれた老人の口がうごめくと、ジルを捕まえようと腕が伸びてくる。ジルはそれを勢いを付け突き刺さった老人ごと振り払い、岩に叩きつけるも何事も無いような顔をした邪神が口からぬるりと這い出した。


「おやおや、罪もない人間の魂ごと砕くとは。やはり戦神の使徒は野蛮で恐ろしいですねえ。私が丹精込めたディアゾ君の剣も使い捨てにしてしまうし」


「…貴様に祈った時点でそれ即ち邪悪な魂だ、解放こそ救いになる。それに、武器は相手に勝てればそれでいい、思い入れは要らない」


「ほほ、戦神の残り少ない武器であるものな君は。勇ましいものだ。しかーし、君は勝てない戦いに挑むのかい?」


 にやにや挑発する邪神に対し、ジルは動じることなく鏡を呼び出すと一振りの短剣を邪神の前にかざす。

 あらゆる色の光を反射し、煌びやかに輝く短剣を邪神は見とがめると、帽子を弄る手が止まる。

 ポケットに手を突っ込んでいるが、ある程度の脅威は感じているのだろう。


「勝つ勝たないの問題ではない、それに今、俺は貴様を滅することが出来る武器を準備してきた。蔵の奥に仕舞い込まれていたから探すのに苦労したが」


「…そんな古臭いもので私は倒せませんよ。私だって創生の時分に比べれば、進歩しているのだ」


「ならば試すのみ!」


 爆発的な加速でジルは邪神の元に詰め寄り、上段からの袈裟斬りで邪神を真っ二つにせんと躍りかかる。邪神もポケットに突っ込んだ手から普通の戦士が使うには一苦労するであろう大きさの歪み、曲がった大剣を繰り出し応戦する。


「クゥクゥッ!私は剣士じゃあないのに面倒な!」


「言い訳か?ならばそのまま消え失せるがいい!」


 数段切り結び、体術も織り交ぜたジルの猛攻を何とか切り抜ける邪神だったが、ジルの剣を打ち払い、隙を見つけたことにより大剣で畳みかける。

 だがそれはジルの誘いで、素早く剣を放り逆の手で構えたジルと真っ向から鍔競り合うことになる。

 ギリギリと大きさからは考えられない圧で邪神の大剣をジルが押し、やがてその体を屈服させようというとき、邪神の目玉や口から幾匹もの超巨大な蛆が飛び出し、ジルに躍りかかる。

 咄嗟に繰り出す炎の魔術で焼き払っても、蛆虫は際限なく飛び出し、波のようにジルに迫ってくる。


「あらら?逃げなくていいのかい?痛いよおこれは」


 流石のジルもこれには嫌気がさし、逃げの一手を打つ羽目になる。


「チッ!虚式戦闘術、朧月」


 蛆虫達がジルの肉をかじり取ろうと飛びつく刹那、ジルの体は水面に映る月のように波紋を伴い掻き消え、鍔競り合っていた邪神の前から姿を消した。姿勢を崩した邪神が周囲をきょろきょろと見渡すが、見つけられないでいた。


 すると邪神へ向けて炎や雷の魔術が場所やタイミングがランダムに放たれ、踊るようにそれを邪神も払う。

 ほとんど効いていない魔術の攻撃だが、邪神は苛立ちながら払っていく。

 場所が分からねばと大規模な魔法で吹き飛ばそうかとも邪神は考えたが、それでは今近場に隠しているカーミアまで吹き飛ぶので、やるわけにはいかない。

 彼女の魔法が今の邪神には必要なのだ。


「一体どこに隠れているのやら。ふうー、面倒な相手だなあ、戦神の使徒は何時の時代も。彼女は変わりないようで何よりだ」


 そこへジルの影のみが死角を縫うようにゆっくりと近づいていく。それは海面の獲物を狙う獰猛なサメのようでもある。やがて、邪神にたどり着く。


「影式戦闘術、影土竜」


「のっわあ!なんだあこれ!気持ち悪っ」


 影よりはい出した腕でがしりと邪神の足首を掴んだジルは膝の下ほどまで邪神を影の中へと引きずり込む。邪神の力でも引き抜けないくらい


「ぬぐう!これくらいの足止めなんてすぐに抜けられない私ではないのですよ!グァッ⁉」


 足元の影に気を取られる邪神の背を影より抜け出した数度輝く短剣で突き刺し抉ると、あえぐ邪神へ声をかける。


「影式戦闘術、影落とし。この剣に耐えられるとはやはり生半可な攻撃では無駄ってことだ、邪なる神よ。しかし、貴方の先ほどからの様子に俺は違和感を禁じ得ない。女神さまの話ではこんな甘っちょろい相手ではないはずだ、部下をかばったり防御の構えを見せたり。邪神はもっと暴れまわるものでしょう?我々の計画に歪みが生じているように、貴方にも何かが起きているのでしょうか?」


 最後の言葉は誰かに聞かれるのを危惧してか、ささやくように邪神の耳元でジルはつぶやいた。


「ふん、それは君には、君には関係のないことだねえ」


「なんの目的もないはずでここに来たわけでないはず。現に影を這い出さないのは何か理由が、力が衰えたわけではないでしょう?我々がこの世界のためにすることに貴方も賛同していたはずだ、邪なる神よ」


「…まだ話せないよ、そっちの話については」


 ため息をつきながら邪神は独り言ちた。


「でも、貴方は話さなければなりません。ほら、あちらに」


「カーミアちゃん!」


 ジルが指さす方では、アルデミラが拘束魔術で縛り付けたカーミアが転がっていた。



 ジルと邪神の問答が始まる前より、ジルの使う影術に纏わりつかれたアルデミラは隠れているはずの少女を探して周囲に目を配っていた。アルデミラはジルにしか見えていないようだ。

 ジルは、先ほどの様子から邪神がカーミアに何か目を掛け厚遇する理由があるはずと睨み、カーミアの捕獲をアルデミラに任せていた。


「マズいな、魔力でも見つけられないし、どうしよう?邪神を止めるにはこれが有効だって、ジルが信じて僕に任せてくれたのに」


 しかし、邪神が巧妙に隠していたのか、件のカーミアはなかなか見つけることが出来ない。

 ジルと邪神の剣戟の応酬が繰り広げられる様を見て次第に焦りが生まれる。

 何か手はないかと考え続けたアルデミラにふと、幼少の記憶がよみがえる。

[僕たち古精霊族の目が真実を見通すなんてはったりだよ、夜目もそんなに効かないし。いや、でも待てよ、前にお婆様はこう言ってた。]


『私たちの目が何時でも真実を見通すわけではないよアルデミラ。それは私たちが目にお願いしたときだけだ、全部見せてってね。口に出して魔力を吐き出したらそれで見えてしまう。簡単だろう?それが私たちが受け継ぐ魔法だからね、大抵のことは出来るさ。勿論魔力を馬鹿みたいに食うから気軽には使えないよ。だから、無くしたぬいぐるみはちゃんと隅々まで自分で探しな』


「そうだ、僕たち一族が使える魔法、それならきっと!」


 ひらめいたアルデミラは大きく息を吸い込むと、即興の呪文を練り上げる。そして勢いよく魔力を伴い、吐き出す。それにはジルの相棒として役割を果たしたいという強い思いが込められている。


『瞳よ、全てを暴け!』


 吐き出された魔力はアルデミラの両目に宿り、輝きを放つと、彼女の視界にこれまで現れていなかった多くの情報をもたらす。

 呪いの核である触媒に、不気味に邪神を縛るかのように纏わりつくオーラ、そして探し人のカーミアである。


「見つけた!」


 カーミアは呑気に石となった竜の卵に腰かけ、邪神とジルの戦闘を見守っている。まるで素晴らしい演劇を鑑賞しているかの如く、ころころと表情を変えながらだ。


 アルデミラはジルが蛆虫達に飛び掛かられるのを横目に、カーミアへ向けて走り出す。カーミアは自分が狙われていることには気づいていないようだ。


「ごめんね!」


「うぎゅ⁉」


 加速の魔術を行使したアルデミラはカーミアへ勢いのまま飛び掛かると、彼女の体に電撃魔術を放ち、気絶させるとジルより預けられた魔封じの鎖でぐるりと簀巻きにしてしまう。


「ジル、こっちは終わったよ!」


 影となったジルもそれを聞くと、邪神に躍りかかった。


 時は再び現在、拘束されているカーミアを見た邪神が忌々し気にアルデミラをにらみつけ、影から足を引きずりだそうともがく。だが、抜けきれない。


「さあ、どうしますか?邪なる神よ」


 短剣を邪神の首元にかざしながら、ジルが再度問う。














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