第10話邪なる者

「ふんふんふーん、さあカーミアちゃんこっちへおいで~もう大丈夫だよ~」


「ゲホッゲホ!」


「なに⁉」


 邪神が手を振りかざすと同時にジルに締め上げられていたカーミアは瞬く間に邪神の元へと瞬時に回収されてしまい、盾にも交渉材料にもなると見積もっていたジルは内心大きく舌打ちをした。


 ちょっとばかり強い魔獣であればいくらでも打ち倒せる自信がジルには有ったが、相手はこの世界が生み出されたころより存在している邪神であり、それは彼の育て親である戦神ですら手を焼く厄介な者である。

 邪神はせき込む少女の背を擦りながらいつの間にやらジルが打ち倒したはずの邪精霊たちまでもを集め治療を施している。

 どこか余裕を持ちながら敵を屠っていたジルが遂に攻撃を仕掛けるかを人生で初めて迷った。


 打ち倒すことが出来なければ、彼の本来の使命すら危ういのだ。

 ギリリと歯をかみしめながらジルは逡巡したのち、口を開いた。


「邪なる者よ、下がりなさい。さもなくば…」


「おやおやあ、君は使徒かい。それも彼女の使徒だ。今時戦神の使徒とは珍しいねえ。この百年ほどは見かけていなかったけどなあ」

「人の話には耳を傾けられませんか?それとも今日はこの里を滅ぼしたくてたまらない気分ですか?退かないというのなら、俺には貴方を滅する手段だってある」


「うーんそうだねえ、今日は竜たちのめでたい日になるようだから、いたずらしてやりたくてねえ。滅ぼされるのは嫌だから今日は帰ろうかな?カーミアちゃんはどうした方がいいと思う?」


 にやにやと無邪気に笑う邪神はジルを挑発し、おちょくっているようだ。


「邪神さん、私は彼を殺したいかもしれないです」


 呼吸が落ち着いたカーミアはぼんやりとしていた先ほどよりも怒りに染まったのか、少しばかり朱がさした顔で、むしろ生き生きとしているように見えた。しかし彼女の発した言葉はジルの想定していたものでは最悪と呼べるものだった。


「よし来た!カーミアちゃんがそういうのなら、やっちゃいますかあ~。使うのはこれだ、解放の宴」


 邪神は膨大な魔力を練り上げ、神話に伝承される絵物語のように壮大で絶望的な光景を生み出している。暴れていた魔獣たちもほとんどが恐慌を起こし逃げようと竜のブレスに焼かれるのも構わず突き進んでいく。


 ふわりと飛んできた命槍を構えたジルであったが、この脅威に対する対応を考えあぐねていた。


[命槍の解放、鏡式戦闘術の奥義、であれば打ち合えるかもしれないが、失敗した場合は使命を全うできなくなる。ならば虚式で逃げ切れるか?虚式であれば可能かもしれないが、その場合、俺以外の全員が巻き込まれて吹き飛ぶだろうし、まずいことになったな。魔術を打ち払う魔麗扇であれば、いやしかし邪神の使っているものは魔法だ、リスクが大きすぎる…]


 考えている間にも邪神の放つ魔法は完成しかかっている。彼の悪意の具現化か、怨嗟の声を上げる人間の口と痛みを訴える目、ボロボロの腕を無数にこね繰り合わせ鎖で縛りあげたような球体は徐々に鎖がきしみだし、今にも破裂しそうだ。


「最初から奥義とはふざけやがって!ええい、使っちゃいますよ女神様!命槍よ!その刻まれた真名を今開放し…」


「掴まってジル!」


「なっ⁉」


 反射的に差し出されたアルデミラの手を取ったジルは瞬時に空へと、彼女たちを運んでいた白老により連れ出された。一瞬いろいろな考え事が頭を巡ったジルだが、我に返ったジルは慌ててアルデミラを揺さぶる。


「アルデミラ⁉このままでは邪神の魔法で辺りが消し飛んでしまうぞ!」


「大丈夫だよジル、一人だけで頑張らなくても。ここにはみんなが居るんだよ」


「一人でなんでもやろうなんてのは傲慢だね、ジルルステイジ。我らの里は」


「あたしたちが守る!里のみんなも、竜のみんなも協力してくれるしね!」


「そういうことである、ジルよ」


 見れば里の老人から若者まで、多くの者が竜の背に共にあり、ねぐらを取り囲んで強力な魔力を練り上げている。それは個体としてではなく、群体として統制されていて、比類なき強靭さをうかがわせる。

 初めてであろう竜の背にも数十年連れだったがごとく乗りこなしている。


「これが竜使いの戦士たち、かつて争いを鎮めようとした英雄の末裔か。なるほど、では見守りましょう…」


 どかりと白老の背に座りこみ、魔法の顛末をジルはじっと伺った。

 その一拍置いた後辺りを吹き飛ばさんと破裂した邪神の魔法であったが、それを飲み込むように輝く竜巻がぶつかり、互いに削り合う。ぶつかった邪神の魔法はあちこちがちぎれ、竜巻に焼き尽くされていく。


 いつまでも続くようなぶつかり合いもやがては勢いを失い、邪神の魔法の最後のひとかけらが悲鳴と共に消え失せる。


「…これが竜使い達の持つ共鳴魔法か。素晴らしいものだ。」


 しかし感嘆と同時にジルは己の役目を果たす必要があるとさらに強く認識した。


[しかし竜の神ですらかつての戦いでは敗れ去ったのだ、これだけでは足りないのかもしれないな、やはり]


「すごいねジル!あの魔法が打ち消されちゃったよ!やっぱりみんなで力を合わせればすごい事が出来るんだよ!」


「私達、やったんだねおばあちゃん!」


 邪神の攻撃を打ち消したことが竜と竜使いに周知され、あちこちで歓声が上がる。


「ああ、まだ問題の大本が残っているがね。それも飛び切りの厄介なのだ」


「その通りですヴァーダさん、さて、これより邪神を討ちに行かねば」


「ジル、僕も付いていくよ」


「うむ、では参ろうか」


 油断なく魔法の発生源を見つめるヴァーダ達と共にジルは振りだしに戻った邪神との再戦へと向かう。




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