第9話 邪精霊たち

「凍えて砕け散れ!」


「ギャアアア!?」


 ジルの踊るような双剣の連撃が振るわれ、猿型の魔獣に切りかかると、みるみると傷口から凍結が進む。

 魔獣はパニックで何も出来ず、やがてそれが体全体に広がり、ジルが凍り付いた魔獣を蹴り砕いた。

 周囲の魔獣たちも警戒を強め、少し距離をおき人間から奪った魔術の知識をもとに魔術を行使しようとしていたが、邪精霊の結界に阻まれ失敗に終わっている。

 混乱の最中すかさず距離を詰めたジルの剣が振るわれていく。


「お前は燃え尽きるといい」


 黄金の輝きを放つ剣に続いて、白銀の剣が切りつけると、今度は傷口から炎が噴き出し魔獣を焼き尽くす。そこからはあっという間で、猿型の魔獣たちは一頭残らず砕け散ったもの、灰になったものにすべて変わる。


「便利だがやっぱり燃費が良くないな。鏡式戦闘術、倉鏡。次に使うのはめちゃ痛いあれでいいか」


 続いてジルはいつまでもさぼっている槍を取り戻すべく、立ちふさがる巨人へ攻撃を開始する。

 鏡に武器を突っ込んだジルの腕には棘のびっしりとくっついた赤い鞭が握られ、振るわれた鞭は勢いよく空気を引き裂きながら、巨人の肌を切り裂く。それだけで巨人はとてつもない叫びを上げながら転んでしまった。


「グオオオオオオ!!」


「…やっぱり痛みを増幅して与えるなんて悪趣味だなこれ。つまらない武器だ。おい、早く戻れ命槍!」


 巨人の巨体に対してはまさに植物のとげを指に刺したほどの傷しか与えていないが、巨人の痛がり様は異常で、頭を押さえていた幾本もの手を傷にあてがいながら地面を転がり回っている。

 巻き添えに踏みつぶされる魔獣たちを尻目に、頭からずるりと這い出た槍をジルは回収すると巨人の心臓を勢いよく穿ち、先を進んでいく。


「これは、目当ての連中がお出ましかな?」


 結界中心に向かうジルに向かい幾つもの矢が放たれる。ほとんどを槍で撃ち落としたジルは、それを放った下手人に向かい鏡から取り出したダガーナイフを投げつける。

 だがそれも防がれたのか、大した効き目はないようである。


「出会い頭に投げつけてくるとは、礼節がないから人間はムカつくんだよねえ」


「そうそう、私たちも忙しい仕事の合間を縫ってやってきてあげてるんだからそういうの困るんだよん」


「……」


 ジルの目の前に現れたのはお目当ての邪精霊たちである。彼ら三人組はどことなくアルデミラに似た気配を持つが、そのうち肌の露出が多い二人の全身に刻まれた邪神を称える紋様と、吹き出す穢れた魔力がそれを否定している。


「それでは初めましてだが、さっそく消えてもらおうかな?」


「気取った男だ、まあ実力はすぐにでもはっきりするぜ!」


 邪精霊三人組のうち長身の男が剣を抜くと、ジルに切りかかる。槍で剣先をそらしたジルもまた、敵に負けないほどの威力と速度で槍を突き出す。


「んな、早すぎ⁉」


 剣先を逸らされてから、瞬きすら許さない速度で突き出された槍先にたじろいだ男は必死に剣を叩きつけ軌道を変えようとするが踏み込んだジルの勢いを殺すことは出来ず、貫かれるのを待つばかりになる。


「うおお!」


 瞬間、幾本もの弓がジルめがけて放たれ、ジルも潔くその場所から退避した。焦った男も慌てて飛びのいた。


「なんだ、邪精霊も仲間のことは思うのか、天晴なことだ」


「はあー、助かったゼルネ。後で新鮮な人間をやるぜ」


「それはいいけど、目の前の彼はあんまり壊さないでね、綺麗な顔してるから私の人形にしてやりたいのん」


 後退したジルを狙い飛び掛かる獅子面の巨大芋蟲を叩き潰しながらジルはにやりと笑う。

 彼が相対したことが有る邪精霊はほとんど魔獣と変わらない知性と精神しか持ち合わせていなかったが、今回現れた連中は違うようだ。

 6本の腕で矢を次々に放つ邪精霊族の女の息をつかせぬ連撃でジルも思うように攻撃に移ることが難しい。

 連撃に巻き込まれながら襲い掛かってくる魔獣も邪魔で、女との距離を詰めることも難しい。

 男は魔獣の間から不意にちょっかいを出しに来て、相手にしようとすると魔獣を盾にし逃げていくので面倒である。


「はあ、不毛だな。使用許可は出ていないが、使うしかないか。うつろ式戦闘術、陽炎」


 吹き飛ばした魔獣の臓物による目隠しのなか、ジルが魔力を体にほとばしらせた。

 すると彼の姿と気配がうっすらと消えていき、やがて目視することも出来ないほど消えかかっていく。

 しかしジルは確かに存在していて、敵を見失った魔獣たちの間をするりと抜けていくと、いなくなったジルを警戒して固まった三人組に近寄っていく。そして、狙うべき対象について考えを巡らせる。 


[ふむ、先ほどの三人組の様子からして、連中のフードをすっぽり被った残りの一人が結界術を担当しているのか、攻撃には加わっていない。すなわち、そいつを無力化すれば良いわけだ。あとは竜たちのブレスで殲滅すればいいし、簡単だな]


「おいおい、奴はどこに行きやがったんだ!カーミア、お得意の魔力共鳴で探し出せねえか?」


「…それは出来ないです、結界の維持で集中してるし、それに彼の魔力を私はほとんど知らないから」


「まあ喚き散らすより、警戒をしていた方がいいよディアゾ。いつ彼が襲ってくるのか分からないしねん」


「ああすまねえ、さっきは油断してたから過剰にビビっちまっているのかもしれねえな」


 魔獣の喧騒の中で、異様な静寂を放つ空間で、三人は待ち構えていた。


「…二人とも、危ないかも!」


「おい鏡だ、気を付け⁉ぐわああ!」


「なんなのこれは、きゃあ⁉」


 しかし、それは警戒心とは裏腹に、無防備な背を目掛け振るわれた。


「鏡式戦闘術、移し鏡。それと、倉鏡」


 ディアゾとゼルネは自分の目の前に一瞬にして生み出された鏡に映るナイフを構えたジルを警戒し武器を構えたのだが、その彼らに向け背後からジルが素早く刀でそれぞれの得物を持つ腕を切り落とした。

 落ちた腕ごと地面に展開した鏡で武器を回収してしまうと、痛みで混乱する邪精霊たちを蹴りで吹き飛ばし、驚愕の表情を浮かべるカーミアを捕まえ、腹に一発拳を打ち込む。


「ぐえっ!な、今のはなに⁉」


「やあ、先ほどぶり。俺は戦神の使徒ジルルステイジだ。君がこの結界術を担当しているんだろう?早く解け。こういうのは殺すと術が暴走して面倒になることが多いしな。でないと次は内臓が破裂するぞ」


「そ、それは邪神さんに申し訳ないからいや!」


「ふうん、面倒だな。ていうか邪神にさん付けって、君は邪精霊の氏族ではないのか?それだったら、よく分からないな」


「そ、そうだけど?何が?」


 ジルに胸ぐらを掴まれおどおどした様子を見せるカーミアは哀れな強盗に襲われる少女のようで、これではどちらが悪党なのかわからない。


「この世界に属する者で在りながら、世界を無為に傷つけようとすることがだ!なぜこんな邪気迷宮を解き放つ手伝いをしている!このままでは多くの命が無意味に殺されていくんだぞ!早く解除しろ!」


「それは、私にもわからないけど…私は必要としてくれないこの世界より、邪気迷宮のほうが居心地がいいというか、…だから、この結界は死んだって解かない!」


 なにやらカーミアが覚悟を決めたことを察したジルはため息一つつき、彼女の頭に手をかざす。


「はあ、話しても無駄だったか、この自分の意思すら持たない生きる死人には。鏡式戦闘術、!!」


「あのーすみません、そのへんでカーミアちゃんをいじめるのは止してあげてくださいな。彼女はワタシの大切な客人ですので」


 冷やりと空気が変わり、ジルの顔色も過去に類を見ないほど険しいものとなる。やってきたのだ、邪気迷宮の主が。


「貴様は!」


 ジルのかざした手を退けようとぐいと引っ張るのは、紳士の装いに身を包む邪気迷宮の主、邪神そのものであった。


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