第8話 氾濫

「まずは礼を言わせてもらおう、アルデミラよ。これより我らは、里の者達に事情を話し、呪いの打破を進めようと思う。それでだが、君にやってもらいたいことは…!」


 瞬間、白老とジルが身構える。


「…!つかまっていろアル!」


「え!なに⁉」


 白老がこれからの方針を竜と皆に伝えようとしている最中、それは起こった。

 彼らの足元の石と化した卵が妖しく輝きだし、一瞬大きな光を伴いながら炸裂していき周囲を飲み込んだ。

 一足先に気づいた白老とジルはそれぞれ素早く回避行動をとった。白老はヴァーダとレーンを摘みながら羽ばたき、ジルはアルデミラを抱えねぐらのはずれまで一跳びで爆発から逃れた。

 竜たちも各々空を舞い爆心地を観察している。


「何が起こったっていうのさジル!誰かが爆発の術式でも仕込んでいたの?」


「そうだな、誰かが罠を仕掛けていたのは確実だが、それの正体はまだわからない」


 ジルに抱えられたままアルデミラがバタバタと暴れながらジルに問いただすも、対するジルもはっきりとは確信を掴み切っていない。なにしろ細かく舞っている粉塵で目の前すら見えにくい状態だ。


「妙だ、爆発の罠を仕掛けるなら、もっと規模と殺傷性を高めるだろうし、それに足止めもする。俺ならな。何しろ相手は竜だから、ねぐらごとふっとばしても足りないことは丸わかりだしね。ということは、だ」


「爆発がメインの罠じゃあないし、まだ何か起こるってことだよね?っていうか、さっきから漂い始めたこの感じって!」


「ああ、その通りのようだアル。ようやく見えるようになってきたが、どうやら邪気迷宮が顕現したようだ。しかもどんどん規模が大きくなっている」


「白老さんが言ってた邪気迷宮をこっちに呼び出す罠ってことか!そうなると、すごい危険な物だ!」


 二人が正体を看破したとき、同時に幾つもの咆哮が爆心地より轟き始める。粉塵が晴れた爆心地からは、数えるのも億劫になるほどの魔獣の群れが現れている。


「これではまるで迷宮内深部に入り込んだみたいだな。この数に規模は。珍しい反転存在の邪精霊達に脳吸いスライム、山喰い蛇の幼生に寄生蜘蛛、こちらの世界に迷い込むべきではないものが多い。」


「だよね、これって!僕たちで食い止めきゃだジル!」


「おうい、乗れ、二人とも!」


「白老さんも来てくれた!行こうか、ってジル!?」


 二人の元へ白老が飛んできたが、ジルはアルデミラを白老の背へ向け放るとそのままに、得物の槍を担ぎ魔獣の群れに向かい駆けだす。

 レーンとヴァーダにキャッチされたアルデミラは何が起こったのか理解すると白老の背から身を乗り出し、ジルを見咎める。


「こいつらはここから一匹も逃がすべきじゃない。アル、君は白老さんに合流して何をするべきか確認して君にしかできないことをするんだ!俺は一番厄介な奴を仕留めに行く!」


「それは危険すぎるよジル!死んじゃうよ!?いったん空中から一緒にっ」


「大丈夫だ、竜たちも攻撃の準備を始めている!彼らの力があれば粗方奴らを始末できるだろう!だから、俺は魔力耐性の高い邪精霊どもから狙うから、お互い頑張ろう!」


 言うや否や、目の前に這いずり寄ったウジ虫まみれの獣人を切り捨て、返す刀で羊頭蛇尾の怪物を真っ二つにしながらジルは突撃をし、やがて魔獣たちの立てる土煙に飲まれ見えなくなっていく。


「だからってそんな、無茶だよ!バカ!無鉄砲!」


「危ないアルデミラ、私の手を掴んでいて!」


「アルデミラさん、あの生意気坊主は殺しても死なないようなタイプだ、心配すぎると損するよ。それで、白老様、如何しましょうか?」


「でも、僕はもっと頼ってほしかった!相棒だって認めてくれたのに!」


 怒り興奮するアルデミラを宥めながらヴァーダが戦士の目で白老に問う。しばし、飛行型の魔獣を爪や魔力の吐息ブレスで蹴散らしながら考えた後、白老が答える。


「ふむ、あのジルルステイジという青年が一瞬で打ち立てた方針はあながち間違いではないようだ。我が同胞が何度か魔獣たちに向け攻撃を放っているが、魔力の中和に長けた邪精霊どもが邪魔をし、有効打にはなっておらん。かといって我々が近づき直接攻撃をしていては、邪気迷宮の魔力に飲み込まれてしまうだろう」


 見ればすでに竜たちは中心から離れ、方々へ散っていこうとする魔獣たちを吐息ブレスで追い立てている。中心へ向かう吐息ブレスは白老の言うように、張り巡らされた結界により吸収され無効化している。あとは空中を飛び交う魔獣を引き裂くことくらいが今の彼らに出来ることだ。


「じゃあ、白老様、先ほど言っていた呪いを解くためにアルデミラに協力してほしい事っていうのは?今は実行できないんですか?」


「私が計画したのは、神々に近い系譜の古精霊族であるアルデミラが持つ清浄の性質を持つ魔力を我ら竜で増幅しぶつけることで、邪気迷宮の淀んだ魔力を祓うことだ。無力化した迷宮になら我々も近くから全力の力で攻撃できる。そして呪いの本体を破壊する手はずだったが、」


「今はあふれるほどの淀んだ魔力があって、僕の魔力も邪精霊たちに妨害されちゃったらあまり効果が無いから、ジルが邪精霊たちを殺すのを待つしかないってことなんですか?」


「…ああ、そういうことであるな。肝心要でまるっきり部外者の彼に頼り切りとは、竜の誇りが傷つくな。すまぬアルデミラ、彼を信じて待ってみよう。片鱗ではあるが、かなりの力を隠している青年だ、きっと大丈夫だ」


「分かりました、今は、僕は相棒のジルがきっとやってくれると、信じて待ちます」


「アルデミラ、巻き込んでしまってごめんね。二人はここで命をかける必要なんてなかったのに…」


「ううん、いいんだよレーン。分かったから。僕ももっと強くならないと並んでいられないんだって」 


 自身の無力を歯がゆく思う竜の背では、それ以上に、一人の少女が、悲しんでいた。

 旅の道連れから照れくささを隠しながら格上げし相棒と呼び、それに応えてくれた青年の力になれないことを。




 魔獣も中には敵対しているものもいるのか、魔獣同士でも激しく攻撃しあい喰らい合う地獄絵図が地上では繰り広げられている。

 そこに竜に追い立てられ恐慌状態の魔獣が加わり、他の魔獣に噛みつくと同時に更に混沌が広がっている。邪気迷宮と化したことで魔獣は半ば無限に補充されるため、結界内の魔獣たちの総数は混乱の最中でもあまり大きくは変動しない。


 ジルはその合間を器用に、時に強硬で突破していたが、中心に向かうにつれ魔獣たちの強さも数も増していき、思うようには進めないでいる。


「そうら、潰せ命槍!」


 邪精霊族が居るであろう結界の中心に向かうジルは通せんぼするように立つ自分の数倍ある巨人の頭を槍を放り一つ潰したが、複数の頭部を持つ巨人は痛がりこそすれ死にはしなかった。かすかな知性はあるようで、先ほどから自分たちの命を奪い続ける槍の特性を理解したのか、巨人は槍が抜けていかないよう、大きな両手で潰れた頭のなかで暴れる槍を押さえつけている。

 やがて醜悪な笑顔を浮かべた人面を体のあちこちに貼り付けた猿のような魔獣がジルの周囲に集う。人を喰らい魂をむさぼることで力を得る劣悪極まりない魔獣だ。


「随分と、無駄に多い頭と目玉に手足だ。減らしてやろう!遠距離魔術が使えないなら仕方がない、見せてやろう!鏡式戦闘術!倉鏡!」


 ジルが叫ぶと、彼の身の丈もありそうな二枚の鏡がジルの左右に現れた。その鏡に腕を突っ込んだジルの手には、金と銀の装飾がそれぞれきらめく美しい双剣が握られている。


「夫婦剣はそっちの生意気な槍よりも激しくて面白いぜ、味合わせてやろう!」


 にやりと笑みを浮かべたジルは勢いのまま、笑顔を失いつつある魔獣たちへ突進した。







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