第7話 即ち族滅の呪いなり

 ヴァーダがひとしきりの涙を流し、ようやく落ち着いてきたころ、竜との会話が再開された。

 ジルはそれを待つ間、ねぐらのほかの竜に近づいては年や名前を聞いたり、自身の武技を見せびらかしたりと半ば遊んでいたが、続きが始まったことを察してひょっこりアルデミラの隣に居直った。


「あの、私も言葉を交わしてもよろしいでしょうか?私はヴァーダのひ孫のレーンと申します」


 口火を切ったのは、先ほどまでヴァーダをいたわり背をさすっていたレーンだった。


「私もかつてのヴァーダによく似た少女が気になっていたのだ、よかろうぞ」


「感謝いたします。それでは一つ、質問をしてもよろしいでしょうか?」


「構わぬよ、レーン」


「では、二つ。凄惨な過去があったことは存じておりますが、貴方たちは私たちを憎んではいないようです。今こうして、ちっぽけな私と話をしてくれているし、どの竜たちも私たちに敵意を向けてはいない。それでも、竜の皆様が私たちを二百年間避け続ける理由が何かあったのでしょうか。私の一族もみな貴方方との対話を待ち望みながら、今日までそれを成し遂げることが出来なかった。そしてもう一つ、白老様が先ほど仰られていた呪いとは、いったい何なのでしょうか?二百年前の事件に関係していることなのですか?」


 憧れの存在に緊張しているのか、いつもより丁寧な言葉遣いを選んでいるが、その震える言葉に多くの思いが込められていることが分かる。


「…言葉で語るよりも、見た方が早いであろうな。その二つの問いに対する共通の答えがこちらにある。付いて来るがいい」


 苦渋に満ちた声音で促しながら、白竜は巨体を翻し、一同をすり鉢状のねぐらの中央へと導いた。

 中央には、大人が一抱えしなければ運べないほどの大きな色とりどりのつるつるの丸い石がたくさん集められている。割れているのもあるが、断面も同じようにきれいな色をしている。

 それらを眺めた白竜は慈しむように、一つ咆哮を上げる。


「これはなんだろうか?宝石には見えないが、きれいな石だ。山のてっぺんといったらごつごつした石だらけだけど、こんな所にきれいな丸石もあるものなのかいアル?」


「一体何だろうねジル?この丸石たちは。つるつるできれいな色をしているし、まるで…!」


 ジルは見当がつかないのかつるつるの表面を撫でたりコンコンしたりしていたが、アルデミラは何やら思いついたのか、顔を青ざめる。おぞましい推測に対する答え合わせもすぐに訪れる。


「あたしはよく覚えているよ、白老様。これは、見た目が違うが、確実に竜の卵だ」


「左様、これはかの戦士と竜が残した、我らをむしばむ猛毒。即ち族滅の呪いなり」


「えっ!卵って言ってもいくら竜のでもこれはただの石にしかあたしには見えないよ。だって割れているものも、中身は石じゃない⁉」


「うわ、無遠慮に触ってしまって大丈夫だったろうか⁉申し訳ない!」


「白老様、それって三百年前に横行していた、邪気教団の呪術のことなのですか?信じられない、彼らは二百年前の時点でほとんど壊滅していたのに」


 慌てるレーンとジルをよそに、白竜は続ける。


「その通りである、アルデミラよ。どこで得たのか、かの戦士は反逆の最期に、我々の同胞の亡骸と生まれることの無かった竜の赤子たちを供物に、我ら竜を呪った。この呪いは、生まれるべき命を嫉妬する死者のおぞましい執着により、未来に生まれてくる赤子の命を黄泉へ引きずり込む冒涜的なものである。更には捕らえた命を糧に悪霊を生み出す質の悪い呪いだ。ここにあるのは、二度の産卵期で生まれた哀れな卵たちだ。何かしら呪われたことは事件の段階で気づいていたので、解呪の方法はもちろん探した。捕らえた邪気教の者に吐かせて得た仔細だが、奴らは解呪は呪いの触媒と本体を消滅させるか、いずれ時間によってもたらせると生意気にも説いてきた。これくらいの小規模なものなら五百年ほどで解けてしまう、竜を滅ぼすにはまるで足りない、族滅と呼ぶには程遠い稚拙なものだとな。故に我々は、時間による解呪を待ち続けていた」


「…でも、それなら私達竜の民と協力して、その呪いの触媒と本体を消滅させればよかったのではないですか?」


「はじめは我々もそう考えたのだ、レーンよ。しかし、不可能であったのだ。呪いに招き寄せられ、この場所、今は埋めているがずっと下に呪いの本体を包むように邪気迷宮が顕現したのだ。我ら竜は澱みの無い魔力により生まれた魔獣、かの地は澱み腐りきった魔力の集合体で、数時間足らずで我らを狂わせ知性の無い生き物へと変えてしまう。」


「邪気迷宮は確かにおぞましいものでしたね、白老様。あのまま進撃を続けていれば、何十人と何十頭もの犠牲が出ていた。我々は、失われた命が多すぎて、力も弱っていた。故にあたし達は一旦攻略を断念した」


 当時を知る二人の顔は苦渋に満ちたものだった。

 これはヴァーダも把握していないことだが、と白竜が続ける。


「事件から十年後、厄介なことが判明した。どうやらこの呪いは伝染性のものなのだ。我らが同胞として扱い、愛していた竜の民たちの中にぽつりぽつりと呪いがもたらされていることに気づいた。我らと違い多くの子を為す君たちは悲しい出来事のうち一つとしてそれを扱っていたが、我々には呪いによりもたらされる腐れた魔力を見たのだ。それが我々に放たれたものと同じであると、気づいてしまった。寿命の短い人間にとって、この呪いはまさしく族滅の呪いだ。しかし、解呪も時間頼み。呪いはそれを知ることそのものに危険がある。どうにもしがたかった。それ故、我らは訳も話さず距離を置き、心を遠ざける必要があった。君たちが我らに親近感を持たぬよう、遠く離れて各地を放浪していたのだ。いつか呪いが解けるその日まで」


 分かってもらうことは難しいが、と竜は苦々しく語った。


「ありがとうございます、白老様。私は生まれてからずっと、貴方たちに憧れ、何時かともに歩める日を待ち望んでいました。この話をしてくれたってことは、解決策があるってことですよね?」


 竜の行いが自分たちを想ってのものだと知ったレーンの声音ははじめよりずっと明るい。


「もちろんである。我々竜はこれより呪いを打破すると決めている。人の寿命は短いのだ、悠長に構えている時間は本来ない。かつてこの場所を訪れたおしゃべりな星占いにもやがて解決の日が来ると聞いていたが、そのためにはアルデミラ、君の協力が必要不可欠である。どうかお願いする」


「あたしからもお願いだ、アルデミラさん。なんなら全財産くれてやってもいい。こんな老いぼれの最期の願いだ、頼む」

「私からも、お願いしますアルデミラ!」


 三人が深く頭を下げると、慌ててアルデミラもそれにこたえる。

「私ですか!もちろん!微力ですが、協力します!もし邪気迷宮の魔獣とやり合うなら、頼りになる腕っぷしの強い相棒のジルもいるし!」


「ええ、俺も相棒が頼ってくれるのなら、僭越ながら助太刀いたしましょう」


 かくして、竜にもたらされた呪いの攻略戦が幕を上げる。





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