第6話 竜のねぐらへ

 一方ジルは部屋を抜け出し、里の散策をしていた。

 物珍しさからあちこち見てはふらふらとさまよっていた。

 里の喧噪もさすがに深夜となると落ち着いている。


 あてもなく歩き回り、そして里のはずれの霊園へとたどり着く。

 岩をえぐったような大空洞に並んでいる普通の墓のほかに、勇猛な竜の戦士をたたえる墓が幾つもあり、その生涯をたたえていた。


 が、それらよりも、そこから離れた場所にあるみすぼらしい墓へ目が引き付けられた。

 名も刻まれておらず手入れも長い間されていないのかひどく痛み、輝かしく並ぶ戦士たちの墓から少しでもその存在を薄れさせようとしているようにもジルは感じた。

 そして、もっと近づこうとし、


「こんな時間に墓の見物かい、感心だね。霊を敬えるだけの心はあるのかい」


 いつの間にやらやってきていたヴァーラの言葉に足を止める。


「なんだかひどい言い様ですね、ご老体こそ体に響きますよ」


 にこやかにジルは普段より1.5倍増しで愛想よく返したが、受け取ったヴァーラは機嫌が良くないようで吐き捨てるように返す。


「やっぱりあんたからはひどく匂うね、嫌な感じの匂い。戦場でよく嗅いだ匂いだ」


「匂いですか?確かに水浴びは三日前にしたっきりですが」


 流石に臭いといわれて気になったのかクンクンとジルは自身の匂いを嗅いだ。たしかに臭い。


「そんなにかい!そりゃ臭いわけだ!ってそうじゃあない、眼もいいが、私は鼻もよく利くんだ。あんたからは死臭と、よく戦狂い達が纏っていたものを感じんのさね。その匂いにはいつだって凄惨な人死にが付きまとうもんだ」


「なるほど、ですが俺は戦場童貞だからそんな匂いがするわけないんですが」


「筆おろしがしたいならこの歴戦の婆が相手になるよ。私にはなんとなくだがあんたは危険だと感じるのさ。勘だが、それも立派な根拠だ。だから、間違ってもこの里の者に手を出すことが無いように。もしもその時は覚悟しな」


「分かりました、誰もこの里の者を傷つけないと約束しましょう、今だけでなく未来永劫」


 古式の敬礼を伴いながらジルは慇懃に返す。


「う、その眼も苦手さね、その黄金の夕焼け色の目は嫌あなことを思い出させる眼だ」


 子供が駄々をこねるようにヴァーダは身をよじる。警戒は一応、解いたようだ。


「それは手詰まりですね、眼を抉り出すわけにもいかないし、ははは」


 最後に、ちゃんと身体を洗いなよ!とヴァーラは吐き捨てて帰路に就いた。ジルも気になった墓を尻目に部屋に戻り、明日に備え床についた。


 ちなみに体を洗うのは忘れていた。




 翌朝、一行は竜のねぐらへと向かっていた。

 標高の高い里からさらに山を登っていくと、かつて竜の民が暮らしていた古い里が目に入る。ヴァーダは懐かしみ、レーンは普段見ることのできないかつての里を眺めていた。

 そこからほどなくして、山もいよいよ頂上であるが、一行は道を閉ざすように並ぶ二頭の竜が構える場所へたどり着いた。

 彼らをじろりと大きな瞳で見つめていたが、何も言うことなく猫のように伸びをひとつすると空へと羽ばたいていった。

 ねぐらに帰ったのだろう。

 その様子を見たヴァーラもふむ、とうなずき、


「やはり、竜たちはアルデミラさんのことを認識している。何時もならここで突風でも起こされて追い返されてしまうが、今日はこの様子だ」


「となるとやはり、アルが鍵になっているか、すごいな、僕らが旅を始めて、竜の産卵期にかち合うなんて」


「偶然なんてないのさね、全てがそうなるようになっているんだよジルルステイジ。あんたもそろそろ観光気分はしまっときな」


「はいはい、分かりましたヴァーダさん、真面目に竜の塒を見学させてもらいます」


「まったく小生意気だね、里の悪ガキどもみたいにケツをひっぱたかれたいかい?」


「大婆様もいつの間にかジルと仲良くなってるじゃん!ジルってばもしかしたら年上キラー?アルデミラも年上だしさ、ちなみに私も三つ上だよ!」


「緊張してるの損に感じてきたよ僕…」


 二百年ぶりの竜とのまともな邂逅を前に、一行はわりかしにぎやかに進んでいった。

 やがて、彼らは竜のねぐらにたどり着く。山のてっぺんをすり鉢状に削ったような開けた場所には数十もの竜がひしめき合い、やってきた彼らを見つめていた。


 鋭い数十のまなざしがにらみつける中、意を決して、アルデミラが語り掛ける。


「ええと、こんにちわ、竜さん」

「…若き古精霊族の娘よ、古の誓いによりそなたを客人として迎え、扱おうぞ」


 アルデミラに答えたのは竜たちの中でもひと際大きく、美しい竜であった。彼は白い巨体を震わせ一鳴きすると、アルデミラの眼前にふわりと舞い降りた。大きな巨体から繰り出されるはずの突風も起きず、優雅で軽やかだ。


「わわ、私はウォードギルリルの森のアルデミラと申します、どうぞよろしく!」


「私の名前は、そうだな、今は白老と呼ばれるしがないおいぼれの竜である。してアルデミラよ、そなたが此処を訪れた理由は何であろうか?古精霊族の若者によくありがちな自分探しの旅でもしているのだろうか?それともおしゃべりであろうか?」


「ちょっと近いような、違うような?私は竜の産卵期が近いことを知って見物ついでにここにやってきた。なにしろ、数十年に一度しかないイベントだから、純粋に面白そうだし、勉強にもなると思って。でも、里に着いたらそれどころじゃなくて、彼らと貴方たちに因縁があると知った。私は里に着いたのは昨夜だから、彼らの積み重ねた想いはほんの少ししか分かってあげられない。今だって、分かった気になっているだけかもしれない。でも一つだけ、はっきりと分かることがある。彼らはあなたたちともう一度、ただ純粋に話をしたいと願い続けている。それを親から子へ繋いで、今日を生きている。たとえ、かつてのようにともに生きる未来がないとしても。そして、私は今、彼らと貴方たちの拗れてしまった絆を少しでも元に戻してあげたい。そっちが主な理由かな」


 アルデミラもいつしか緊張がほぐれ、竜と真っすぐに向き合い、己の意志を示した。言葉を聞いた白竜の瞳がゆっくりと、瞬きをする。仲間の竜たちを見渡し、再びアルデミラを見据える。


「そうか、やはりそなたはあの星占いの男が言った…。良かろう、アルデミラ、そなたの若く優しき心に私も応えよう。我々も遂に、かのおぞましい呪いに立ち向かう覚悟を決めることにした。そして、後ろに控える戦士たちの長ヴェルドンの娘ヴァーダ、言葉を交わすことを許そう。久しいな、小さき同胞よ。息災であったか?」


 竜の眼差しは真っすぐにヴァーダを見据え、願い続けた対話を目の前にしてヴァーダはただただ皺だらけの顔に涙の雫を降らした。



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