第5話 訳を聞こうか

「おお、僕ら空飛んでるんだねジル!なかなか魔術でも面倒な浮遊がこんなスムーズなんて新鮮だよ!」


「ああ、俺も空を自由自在に飛ぶ生き物に乗るのは初めてだ、結構面白いな!また後でもっと乗せてもらおう!」


「お二人さん、あんまり話してると舌嚙むよ!それ!」


 レーンと名乗った少女と彼女の相棒である亜竜に十分ほど運ばれ、里へ入った二人は慌ただしそうな里の人々を観察しながら、亜竜たちが通っても問題がないように広く作られた里の道を亜竜の背から眺めていた。

 石造りの素朴な家々が並び、二人とも興味深くあたりを見回していた。やがて彼女の家だろう大きな岩をくり貫いて作ったであろう家に招かれ、話の続きを始める。


「それでレーンさん、訳を聞こうか。俺たちに用、というよりアルに相談事っていったい何のことだい?そもそも俺たちがここに来るってよく分かってたね?」


「よくぞ聞いてくれたよジル!それはね、僕の大婆様が最近変わった旅人二人組の君たちがやってくるのを見たんだよ、それも今のあたし達に必要な古精霊族さんのね!」


 その言葉尻からも、うずうずと体を動かす様子からも。すごいワクワクしています、と表現するには十分なものだった。


「なるほど、大婆様が竜使いの一部の民が持つっていう『空の瞳』で見つけたんだね、それで僕に用って言うとなんだろう?占いとか霊薬が必要とか?」


「うーん、あたしが聞いたのはアルデミラさんの力が必要ってことまでで、詳しいことはまだ聞けてないんだった!大婆様にちょっと聞いてみる!」


 いっけね、と広がる空のように美しい空色の瞳を瞬きさせ、元気いっぱいのレーンはバタバタと上の階へと駆けて行った。

 ふうう、と二人は元気すぎる人を見た反動で疲れを思い出したようで、だらっと姿勢を崩す。


「元気いっぱいだねえレーンさん」


「ああ、俺でも気持ちよく寝てさあ動き出すぞってときでさえあそこまでシャキシャキ動けないかも」


「だねえ、でも明るくていい子そうだ。あ、見てよ、この蝋燭入れとか鉢とか、小物が大きな卵の殻で出来てるね、一つ欲しいかも」


「もしかしたら亜竜の殻かな、かなり頑丈そうだ」


 アルデミラがあちらこちらに目を向けては目についたものを観察するのに合わせてジルも相槌を打ちつつ、一向に収まらない騒がしい外の様子にも注意を払った。

 これほどの騒ぎであれば、争いごとになってもおかしなことはない。亜竜使いの戦闘力は高いと聞くし、負けるつもりはないが危険であることには変わりがない。

 用心はせねばと考えているとドタドタとレーンが階段を下りてきた。そして、


「大婆様が理由は直接話すからって、二人とも一緒についてきてもらえるかな?上の階へレッツゴー!」


 返事も聞かずに階段を駆け上がるレーンの後を二人も慌てておったのであった。


 付いていった彼らを待っていたのは、厳かな神殿と東国の神官服を身にまとう老婆であった。かなりの高齢であろうがその姿からは力が漲っていて、瞳も澄んでいて真っすぐだ。


「すみませんのう、里じゃあ巫女だなんだと敬われておりますでな、こういう場所の管理なんかを任されておりまして。こんな肩ひじ張った場所は居心地は良くないでしょうがゆっくりなさってくだされ。私はヴァーダと申します」


「はい、それじゃあお言葉に甘えて。僕はウォードギルリルの森のアルデミラといいます、今は見分を広める旅をしています。はじめまして」


「同じく旅の武芸者のジルルステイジです」


「ほう、よろしゅう」


 ヴァーダは一瞬、ジルの顔を見るとなぜか苦虫をかみ潰したような顔をしたが、瞬時に表情を戻しそれでは、と本題に入った。


「あなた方は近頃魔獣の群れが活発化していることは当然ご存じでしょうが、その原因が我々の里にあるのです、それもかなり大事でしてな」


「あ、やっぱり竜の産卵期に原因があるんですよね?僕たちももしかしたらと思って、亜竜使いの里へ様子をうかがいに来たんです、完全に興味本位ですけど」


 予想がドンピシャなことにちょっとアルデミラは喜んでいたが、真面目な雰囲気を察してか騒ぎはしない。種族としては若輩者のアルデミラも、百歳に届きそうな様子のヴァーダの数倍を生きる、大人なのだから。


「その通り、原因は竜の産卵期です。彼らが遂に二百年以上の時を経て、新たな竜の子を生み出そうとしているのです」


「それはめでたいことですね。亜竜以上の強さを誇る竜が増えれば貴女方も頼もしいでしょう。かつて貴女達は竜と共に戦っていたのですから、もしまた竜の戦士が誕生したら、大陸の制空権は貴女方のものだ、素晴らしい」


 ジルは、魔獣としては異端の善性と最高格の強さを持つ竜との戦闘を想像した。それに先ほどのレーンの騎乗していた亜竜の動き、そして空中を紙一重ですれ違う別の亜竜の乗り手たち。それが巧みな連携を取ることが可能であろうことを示していたし、それに竜が加わった場合どうなるであろうかと胸を弾ませた。


 しかしヴァーラは半ば絶望的な声音で、そうなる可能性は低い、と否定した。


「そもそも、私達竜の民の里が亜竜使いの里と呼ばれる前、私達は彼らと空を駆けていました。それが出来なくなったのは、他でもない我らの戦士の中に、最高の実力と最悪な思想を持った者が生まれてしまったからなのです。かの者により、我々は竜との契約を紡ぐことが出来なくなりました」


「それは、いったい何が」


「数百年以上、この大陸を渦巻く戦火に二百年ほど前、とうとうこの里も飲まれようとしていた時期、我々は竜たちと協議し、正しく高潔な思想の元戦う者たちへ力添えし、大陸を平定しようとしたのです。勇猛な大陸中の英傑達に我々の機動力、もはや敵無し。戦乱は早期に収まるかと予想されました」


「それは果たされなかったのか。今だって二つの大陸が総力をもって争っている。それも最近は収まってしまうようだが」


「ええ、それは果たされなかったのです。折も悪く、激戦状態の戦乱に、重なった数十年に一度しか訪れない竜の産卵期。それは我々の里の歴史の中でも最も警備の薄い状態でした。我々も、そして竜たちも不安がありましたが、一人の竜の戦士がその警備を担うと宣言したことで、それは一気に安心に変わった。当時最強の竜の戦士、そして最強の竜からもたらされたその言葉に安心し、かの者に任せ最低限の戦力を残し我々は戦いを続けました。空から一方的に命を奪いつつ、新たな命の誕生へ心躍らせる、そんな我々の矛盾を罰するかのように最強の戦士は最悪の戦士となりすべてを砕きました」

「砕いたって、もしかして卵をですか?」


 話しているうちにヴァーラはその体が震え、力が抜けていくように見えた。ひどく弱っている。そんな彼女を気遣うレーンが言葉を継いだ。今までの彼女らしくない、声に二人は目を見張り、話に聞き入る。


「そうだよ、その戦士が生まれた卵を、他の竜の戦士や竜もろとも全て壊しちゃったんだ。それは私たちの竜と紡いできた歴史や未来までぶっ壊してね」


「…それでその戦士がやらかして、竜は人と新たな契約を交わすこともなく、新たな卵を産んでもいなかったということですか?」


「ああ、そうなんだよ。人に失望した竜たちはあたしたちと言葉を交わすことも次第になくなり、ねぐらに引きこもったり各地を放浪していたりで、まともに相手にされなくなっちゃったんだ。無視されている私たちは何も出来ない。それは彼らが集まり産卵しようとしている今でも変わらない、あたしが生まれてからずっと変わらない竜と私達竜の民の関係性なんだ」


「それで必要になったアルデミラの協力っていうのはいったい?」


 それは、とようやっと一息ついたヴァーラが再び言葉を紡ぐ。


「太古、言葉を竜が欲しました。彼らは高い知能にただの魔獣と呼ぶにはふさわしくない気高い心を持っていたのです。しかし吐き出す言葉がないことに困った彼らは最も魔法に優れていた古精霊族に願いました。人と紡ぐ言葉を、と」


「それに僕の御先祖様が答えて言葉をあげたんですね」


「そう伝わっています。そして彼らはその代わりとしておしゃべりの多い古精霊族の誰かが暇つぶしに訪ねてきたらその者が飽きるまで話に付き合うという約束をしたそうです」


「おお、つまりアルなら竜に言葉を繋いで間接的にヴァーダさんたちと竜たちで話をすることが出来るのか。仲直りできるかもね」


「私たちに残された願いは、彼らともう一度でいいから話がしたい、もはやそれだけなのです。気まぐれでこの場所に残ってくれていますが、この産卵期が終わってしまえば、彼らは新しく生まれた竜の子たちと忌まわしい記憶の残るこの地から遠くへ去ってしまうかもしれない」


「話をして、あたし達は諦めるにしろなんにしろ納得が出来そうなんだ。戦士の素質を持って生まれたあたしだって、それが果たされないって納得が出来れば、亜竜の輸送業者だってなんだってやっていける気がするからさ。だから、お願いします」


 言葉が終わると、深く礼をしたレーンとヴァーラにしっかりとアルデミラも向き合い、やってみます、と強く答えた。



「へえ、ジルとアルデミラはこれから世界の中心まで行ってみるんだ、面白そうだね、竜たちの産卵が終わったらあたしも付いていっちゃおうかなあ」


「今のところ行き当たりばったりの旅だけどね、なかなか楽しいよ」


 寝室にそれぞれ案内されたジルとアルデミラであったが、レーンと一緒の部屋で寝ることになったアルデミラは会話に花を咲かせていた。


「いいなあ、あたしは基本は里からは配送以外で出ないから旅とかあこがれるよ、仕事だとのんびりできないし」


「レーンが良いなら僕たちは大歓迎だよ、にぎやかで楽しそうだし」


「ホント!それならこの件が片付いたら行っちゃおうかなー!あ!でも良いの?ジルとアルデミラっていい感じの仲なんじゃないの?私お邪魔虫になっちゃうかも」


「はは、僕たちはそんな仲じゃないよ、出会ったのも数週間前だしね」


「そうなんだ、確かに珍しい感じの組み合わせだけど、ジルってなかなかイケてる感じだったから、付き合ってなくても、もうやることやってるのかと思っちゃったりとか!」


「まあ、確かに恰好は良い感じだけどなあ、なんかふとした時にまだまだ子供っぽく見えて微笑ましいって感じもしてそれが良かったりって!不健全だよ!そんなふしだらなのはうちのおばあさまにしばかれる!」


「えー、アルデミラのあ婆様もお固い感じなんだねえ」


 姦しい二人の会話は予定していたよりも長く続いていくのであった。




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