第4話  到着

「我々のいる大陸の反対側、竜大陸にかつて竜使いの都がありました。竜と強固な魔法と絆で結ばれたその戦士たちは精強で、一時は三大陸すべてを股にかけ各地の争いに介入していました。彼らに野心と際限なき戦いへの渇望があれば、私達も彼らを歓迎していましたが、時の竜使いの長たちは長命を誇る竜に感化されたのかそのほとんどが心穏やかで、各地での争いを勇ましく鎮めて回っていました。我々の千年を掛けた計画を、途中で破壊しようとしたのです。その為、残念ながら私達は彼らを滅ぼさねばならなかったのです。良いですか、愛しい息子ジルルステイジ、彼らが我々の邪魔をしようと再起したなら、貴方はそれを打ち砕きなさい。その為の力が貴方にはあるのですから。あなたの旅路にはいつだって母が」


 夢枕に見た育て親の物騒な言葉を幸か不幸か、ジルはすっかりと忘れ旅を楽しんでいる。



「ねえジル!この数はさすがに追い払った方が良いかもしれない!」


「確かにこれ以上は厄介だな!それにこれ以上進んだら近くの人里にまで引き連れてしまうかも!」


「昼間なのにこんなに魔獣たちや死霊が荒れ狂うなんて、やっぱり竜の出産期はすごいイベントなんだね!」


「感心するのもいいけど、今は後ろの奴らを相手しないとな。俺が槍を放るから、それに合わせて魔術を纏わせるんだ」


 街道に土煙を巻き上げながら、早馬のようにジルとアルデミラは駆けていて、その背後に魔獣たちが団子となり二人の背に迫る。

 魔獣というのもお互いが味方というわけではないが、目の前に人がいれば優先してそれを襲う習性があり厄介であるが、その多くが竜の産卵期に中てられ普段暮らしている森の深層をさまよい出ているのだから尚更迷惑である。


「纏わせるのは麻痺を伴う魔術で、雷で良いよね?いくよ!」


「それでいい、よし、それじゃあせーの!」


 二人は息を合わせて後方に迫っていた魔獣たちに雷の魔術を纏わせた槍を放ち、それが先頭から順に魔獣の群れを伝っていくと、身体の制御を失った魔獣たちがどっと崩れ、団子になった。


「よし、成功だよジル、あとはこの鼻が利かなくなる魔獣除けの粉も撒いておくね」


「うん、それがあるから大丈夫そうだけど奴らが動かないうちに出来るだけ離しておこう!」


 術式により手元に戻した槍を背に戻したジルと魔獣除けを撒いたアルデミラは亜竜使いの里に向かい疾走した。

 彼らの健脚をもってしても活発化した魔獣たちの群れは厄介で、旅の進行に差し支えるような戦闘が、亜竜使いの里に至るまで何度も待ち受けていた。



 それから二週間後、二人は亜竜使いの里へあと数日というところで港町からの海産品を運ぶ行商達に遭遇した。

 恰幅のいい行商達の取りまとめも稀に見る魔獣の荒れ具合に困っていたようで、豊かに蓄えた髭を擦りながら情報交換を求めてきた。彼は今までジルたちが進んだ方向に近い場所にある街に商品を輸送中だという。


「ううむ、どうやら魔獣たちが活発で、いつもより大変ですなあ。お二人もお強いようですが、竜の尾のほうは荒れておりましたか?」


「ええと、そうですね、私たちはちょうど竜の街道を真ん中くらいの場所から通ってきましたが、日に何度も襲われていますね」


「どうやら邪気迷宮深層の奥の方にいるような魔獣たちは出てきていないようなのが不幸中の幸いかなあ。お陰でなんとかいなすことが出来ているよ」


「もうちょっと巡回の兵士が居てくれたら有難いよねえ」


「ふむう、竜大陸は他の二つの大陸と違って都市国家の集まり故か、採算が取りやすい街道への予算が大きくなって、その逆また然り、というのが考えモノですなあ。そして、虎の子の亜竜の輸送便も近頃滞っているのも大変なことですな。我々は信頼第一、こんな時にも待ってくれている方のためにも急がねば。なので、こうして久々に私直々に陸路を取らざるを得なくなりましたからなあ」


 確かにこの人相のいい商人は普段は指示を出す側であまり動き回ることはないのだろう、やれやれと額の汗をぬぐった。


「なるほど、普段は良いものの、こんな時は大変だ。それはそうと、先ほど亜竜の輸送便が滞っているといっていたけど、亜竜使いの里へはおじさんは行ったことあるかい?」


 ちょうどこれからの目的地の話題が出たのでジルがさっと食いついた。先ほどまで会話にちょいちょいと混ざりながらも、商人たちの運んでいる物をあれこれ物色していたが、しっかり聞いているようである。


「地竜の仕入れに訪れることが有りますな。あそこの育てる魔獣はなかなかに質がいい。お二人も騎竜の買い付けですかな?しかし残念なことにここ数週間ほど里はもめごとでもあるのか情報が回ってきませんな。あそこは部族での結束が固い方々が暮らしておりますし」


「そうなんですか、僕たちも用があるというよりは何か起こっているのかもと思って、見に行こうかってところだったんです。目的地の途中に通れそうですし、見学ってちょっと子供っぽいかな?」


 へへとアルデミラは照れくささを隠すように頭をかいた。


「ほっほお、旅の楽しみというものはふとした思い付きが大事ですからな、私も若いころは思い付きであちこち見て回ったものですので、子供っぽいなどとは思いませんよ。予期せぬこと、考えても居なかったことが起こる、うまくいかないこともあればかけがえのないともに出会う、そういったものが旅の真骨頂ですからな」


 若いころに思いを馳せたのか、にっこりと、商人はアルデミラとジルにほほ笑んだ。


 そうしてジルとアルデミラは商人たちとお互いに旅の安全を祈る言葉を送り合い、行商の一団と別れた後、亜竜使いの里への道を進んだ。

 彼らの里は険しい山の間をぽっかりと切り崩したような場所に存在するため、上り坂となる道を魔獣に急襲されないように警戒しながら進んでいった。


 なるほど、飛べる者以外にはなかなかに厳しい道のりである。岩だらけの谷を進み亜竜使いの里へ続く関所へとうとう二人が到着したころには、既に日が傾き、既に里へと至る門も閉ざされた後であった。


「おーい、そこの守衛さん!俺たちは旅の者ですが、この時間では通してはもらえないだろうか?」


 ジルが櫓の上で油断なくこちらを警戒する守衛へと声をかけた。どうやら、気が張り詰めているようで、佇まいよりはずっと神経質な声を上げた。


「こんな時期に旅人か…すまないが、ここを開ける訳にはいかない、それがこの里の規則だ。明日の日の出を待たれよ、旅人よ」


「そうか、仕事中にすまなかった!日の出まで関所の軒下で待たせてもらうが構わないだろうか?」


「ああ、薪くらいしか融通出来んが、魔獣はこちらでも見張っているからゆっくり休むといい!」


 仕方がないので守衛に確認を取ったのち、野営の準備を門の近くで進めていると、なにやら見張り櫓であれこれ言い合う声が聞こえてきた。すると、見張り櫓から声をかけられた。先ほどの守衛とは違う、若い声音である。


「おーい!そこの旅人さん、もしかしてなんだけど、古精霊族の方もいますか?ちょっと相談事があるんですが!」


 おや、と二人で顔を見合わせた後、アルデミラが元気な声の主へ返答する。


「はーい、僕が一応そうですけど、相談事って何だい?僕らはこれから寝る所だけど…」


「やったあ!大婆様が言った通りなんだ!詳しいことはあたしの家でお話しするからこちらへ来ていただけますか?」


「こちらって、今は門が閉じちゃってるよ?それに守衛さんも規則だって、」


「あ、そうか、夜を恐れよって大事なんだった。大丈夫!今からそっちに行くんで待ってて!」


 言うや否や、大きな翼が門を飛び越え羽ばたき向かってくる。その背に活発そうな少女を認め、二人は商人の言葉を思い出し、にやりと笑った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る