第2話 ならばいっしょに旅に出よう

「さっきは慌ててたから上手く魔力を込められなかったけど、今ならきっとやれるはず!つうかやらなきゃマズいし!」


 じりじり寄ってくる二頭の鉛狼を前にしてアルデミラは触媒とナイフを眼前に構え、確実に仕留められるであろう魔術を構築していく。むやみやたらに構築された先ほどまでの魔術と違い、それは魔獣の命を奪うのに十分な鋭さを備えている。

 その様子に先ほどと違い、逃げ出したり怯えている様子がアルデミラにはないことを鉛狼たちも感じ取ったのか、つまらなそうに、それでいてその歩みは慎重に、アルデミラの死角を突ける位置取りを連携して取りながら、飛び掛かり牙や爪が射程距離に入るまで辺りの花を踏みにじりながら距離を詰めている。


『いつもの魔術よりも、炎の温度を上げて、当たりやすいように大きいものにしないと…』


 普段より慎重に、かつ強力な魔力を注いだアルデミラの構えるナイフの先に輝く炎の刃が生み出され、次第により強い熱を帯びていく。

 アルデミラの魔術はすでに鉛狼を焼き殺すことができる強さを何時でも発揮できる状態である。今にもうねりを上げて飛び出しそうなほど、その炎は荒れ狂っている。


 それを良しとせず、鉛熊狼は二頭同時にアルデミラに飛び掛かった。それは結界の外から聞こえる爆発音にほんの一瞬だけ、アルデミラが気を取られたタイミングの出来事だった。


「うわっ!?」


 慌ててアルデミラは炎の刃を先に喉元に食いつかんとしていた一頭の顎へ放った。予想よりも圧倒的な速さに、跳ねている鉛狼はこれを身を捩って避けることもできず、そのまま下顎へまっすぐにそれを食らうことになった。炎の刃に触れた部分からその体は焦げ、焼けてしまい切断された。

 炎の刃はそのまま体を貫き、森の木へとぶつかり何本かを両断すると消滅した。

 ギャッと断末魔の一鳴きをし、崩れ落ちる一頭を尻目に、もう一頭は素早く回り込んだ。死角側からもう一頭の牙がアルデミラの喉元を今にも引き裂こうと迫っていた。魔獣の多くは残忍で躊躇がないのだ。


 それは人に害を為す魔獣の多くが魔力の澱みにより生まれ、生きる邪悪な存在そのものであるためだ。


『付与した防護の術式も直接噛みつかれたらそんなにもたない。こんな所で死んじゃったらおばあさまに面目が立たない!』


 ゆっくりと視界が流れ出している中、アルデミラはその瞳で飛び込んでくる鉛狼を眺め、こんな所で死んでしまうことを認めたくないと、半ばやけくそでナイフから瞬間的に炎を魔獣に向け爆発させる。

 それは鉛熊狼の目を焼き口を焼き、食らった魔獣の命が失われることは一目瞭然の威力であったが、最期の執念からか絶叫と共にアルデミラを依然噛み砕こうと焼け爛れた口を更に大きく開きその牙を突き立てようとした。


 しかしその牙がアルデミラに食い込むことはなかった。魔獣は横から突然飛び出してきた槍に首元を貫かれそのまま勢いよく吹き飛び、何度か震えるとその命を終わらせた。驚いたアルデミラが見ると、すでに解かれた結界の向こうから傷一つ付いていない鎧に身を包んだジルがアルデミラに向け、にっこりピースした。顔を引き締めると彼は残っている鉛熊狼に視線を戻す。


 戦いはすでに最後の瞬間を迎えようとしている。自分たちの同胞を刺し貫いたジルへ決死の勢いで四頭の魔獣が四方から飛び掛かる。

 それは魔獣なりの怒りか、自分たちのうち何匹かが犠牲になろうと構わない。そんな意思を感じさせる攻撃である。


 しかし、慌てることなくジルは腰から輝く刀身のナイフを抜きつつ正面の鉛熊狼へ勢い良く跳ね急接近し脳天を貫き、振り向きざま背後の一頭の口内へナイフを投擲し吹き飛ばす。


 横から飛び掛かっていた二頭がお互いにぶつかり鳴き声を上げたところで両者の首を掴み持ち上げた後、高く跳躍し勢いよく地面に叩きつける。硬い頭蓋を砕かれびくりと痙攣し、魔獣は絶命した。

 戦いは終わり、初陣が衝撃的な結末を迎えたことにアルデミラは思わずぽとりとナイフを落とした。



 供養の為、傭兵がよく戦場で用いる亡霊除けの聖粉を屠った鉛狼たちの亡骸へさっとかけて回ったジルは、激しい命のやり取りへの余韻からへたり込んで動けないアルデミラに水筒を手渡した。


 受け取ったアルデミラはしばし躊躇したが、走り通したことによる喉の渇きもあったのか勢いよく飲み干した。そして荒く息をつく。


 ようやく一息ついたアルデミラへちょうどいい大きさの岩に腰かけ槍の手入れをしていたジルがにこやかに語りかけた。


「お疲れさま!アルも立派に戦えたみたいだ。ほぼ初めての実戦で二頭相手はしんどかった?」


「…確かに二頭相手は無茶だったよ、それに、すごい怖かった。でも、そんなこと言ったらジルだってあんな危ないことして!どうして残りの18頭に囲まれてたのよ!?びっくりしたのよ!わたしはびっくりしすぎて心臓がとまるかと思ったわ!」


「ああ、あれかー。どうやら羅針盤の力の補充が半端だったみたいで細かく奴らを分断できなかったんだよね。それであいつらに囲まれちゃったんだ。まあ、俺は負けるはずないから大丈夫さ」


 テヘっとジルが笑うと、さしものアルデミラも力が抜けてしまう。それだってそうだ、自分が二頭に囲まれただけで死にかけたのに確かにこの青年は楽し気に笑っていた。死ぬかもしれないのに、そんな気持ちで戦いに臨む人のことなんて、自分にはしばらく理解できっこないもの、理解の必要が無いものだとアルデミラは納得した。


 わりと強引に。


「もう、助けてもらっておいてなんだけど、すごい心配したんだよ?ジルが強いのは分かったけど無茶はしないでね」


「ちょっと約束しかねるけど、気を付けることにするよ」


「それでもいいけどさ、それなら絶対死なないようにしてよね?それは約束だからね?」


「分かった、死なないと約束するよ」


 ジルも苦笑混じりに、しかししっかりと約束する。


「それならよし。ちなみに約束破りはいたずら妖精が目玉をスプーンでくり貫きに来るからね?うちの親戚の子が両目をくり貫かれたっておばあさまも言ってたから!…そういえば、聞きたいことが有ったんだけどさ、ジルはここで何をしてたの?巡礼?ここかなり辺境だよ」


 こんな田舎で昼寝してるなんて稀なことだし、とアルデミラがこぼすとジルも何かを思い出したようで、荷物袋から地図を取り出し、今は竜大陸の端の方だから、ここまで何日かかるかなーと何処かへ指した指を動かしながらを数えだした。満足行ったのか地図を指さしアルデミラにも説明を始める。

 地図には3つの大陸と、それを分断する大河と滝が示されている。示しているのは現在地点である竜大陸の尾のほうだ。よっぽどの魔獣好きや田舎暮らし好き以外は住んでいない地域である。


「俺は別の大陸の端っこから渡って来たんだ。それでさ、俺はこれから最近出来た三つの大陸を繋ぐ橋とそれにくっついて出来た街、確か通称『世界の中央』まで行って、腕を試すところだよ。相手はねえ、そうそう、最近大陸で有名になっているらしい人族の勇者と魔人族の王だったな確か」


「確かって、適当だなあ。そもそも『世界の中央』はその勇者と魔人族の王様が仲直りしたから、その記念で両大陸主導で出来た町だよ。いやあ、僕が生まれたころから続いてた戦争が終わるなんて感慨深いよねえ。それにしたって、最近まで戦争していた二つの国の最高戦力に腕試しなんて、すごいなあ。確かにジルは強いけど、勝てそうなの?」


「そうだね、俺は負けるはずはないと思うけど、勝てなくても良いと思っているよ。そうしたら旅の用事もすっきり終わらせられるし。そういやアルは追われてここまで来たみたいだけど、荷物を見るに何処かへ向かう途中だったの?」


「僕も実はこれから世界の中央に行こうかと思ってたんだ。それも亡くなる前のおばあ様からの言いつけでなんだけど」


「へえ、何かお告げでも言い渡されたの?古精霊族は占いが得意らしいけど」


 何気なく聞いたジルの言葉にアルデミラはふとおばあ様の言葉を思い出す。普段優しかったおばあ様の何時になく真剣な表情と共に。


「この世界に争いを、仇為す者を、貴女が食い止めるのよ。それは今は『世界の中央』と呼ばれている街にいずれ現れる。そうしていれば、今も戦っている貴女の父にも巡り合うはず。仇為す者を打ち倒しなさい。そのための魔法が貴女には備わっているのだから…」


 いつも正しく潔癖であった祖母の言葉、それが決して妄言だったとはアルデミラには思えないことだ。

 だが、現在世界は急速に平和になっていると、偶に訪れる人里の噂で聞いている。自分に受け継がれた危険な力が必要になると信じ切ることは難しい。

 しかし向かわなければならない。物心つく頃から会っていない父との再会もしたいし、おばあさまの最期の言葉をないがしろにしたくはない。

 もちろんそんなことを出会ったばかりのジルに言えるわけもなく、適当に考えた理由を告げる。


「その、成人の歳になったら森に引きこもってないで旅して回れって言われて…」


「成人か、とすると古精霊族の成人年齢からすると俺の10倍だから二百…」


「と、いうわけだからさ!良かったら一緒に行こうよ!僕も旅慣れてないし、道連れが居ると旅は楽しいっていうし!」


「ええっと、いいよ、一緒に行こうか。これからよろしくだ」


「よし、それじゃあよろしくだね!まずはお昼にしようか。ジルは何か持ってる?僕は干した果物とか有るから良かったら一緒に食べよう!」


「いいね、僕は乾パンとかは持っているよ。それに干し肉に食べられる花の種も有るな」


 その場で握手を交わし、二人は持ち合わせのもので遅めの昼食とした。それからお互い他愛もない話をにぎやかにしつつ、互いを理解していく。


 そしてお互いの因縁を、これから始まる旅の果て、『世界の中央』で、両者共に知ることになるのである。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る