精霊少女と戦神の使徒、そして千年の死と

@wararawa

一章 共に行こうか

第1話 彼と彼女の出会い 

…ねえ、聞こえているんでしょ!お願いだから起きて!

…騒がしいなあ、俺は今疲れてて眠いんだよ…

…約束、守ってよ!

…星々を散らしているような極彩色の花びらが散る丘で、ゆっくりと、彼は眼を開いた。




「ハア、ハア、このままじゃ追いつかれちゃう、どうしたらいいんだろう!?」


 一人の少女があちこちに擦り傷が出来るのも構わずに、がむしゃらに走り続けている。

その後ろからは聞いただけで心が引き裂かれてしまうような遠吠えが、幾つも、徐々に迫ってきている。

 ここは、大陸の最南端にほど近い、人が立ち入らないような深い森が続く魔獣の領域である。少女の声を聞きとがめて助けに入るような者を期待することは出来ないだろう。

「こんなときは、ええと氷柱撃ち!炎球をくらえ!あれ?これダメなの!?」

件の少女もそれを理解しているのだろう、先ほどから後ろへ向けて幾つか魔術を放っているが、魔術には集中が必要であり、適当に乱れ撃つだけのそれは迫りくる魔獣を足止めするほどの力を持たないことは増えている雄たけびによって理解しているだろう。足止めを諦め、少女は肉体強化の魔術に集中し、さらに早く駆ける。


 とにかく森を抜けなければと、少女は少しでも明かりがさしている方へと向かい走り続けた少女は、ついに前方の森が開かれてそこから暖かい日の光が漏れていることに気づいた。

「やった!街道なら何処かで魔獣避けを使っている教会や集落が有るかも!」


少女はそのまま暗い森を突き抜け、されど足を止めることなく周囲を見渡した。

そんな少女が見つけたのは街道ではなく、豊かに咲き誇る色とりどりの花だった。そのどれもが今まさに最大限の美しさを誇っているようだった。

「これって、花畑?こんな時期にすごいな、それにあれは…」


追われていることを一瞬忘れてしまったかのように、少女は花畑の中央、そこにそびえる崩れかけの遺跡を見つける。

それはかつて外界の異形達との戦いでお隠れになった神々のうちのどれかをたたえるものだった。


「確かおばあ様が言っていた『花愛でる神』は『荒ぶる戦神』だから、お隠れになった今でもその加護が残っているなら、魔獣も怖がって近づけないかも!」


勢いよく遺跡に少女は駆けていく。そしてなんとか少女が遺跡にたどり着こうとした時、遂に森を抜けた魔獣たちが姿を見せた。

獣として似ているものを挙げるなら、それは熊と狼を混ぜ、口を耳の横まで裂いたら似ているかもしれない。

魔獣たちは少女の姿を見つけるとはやし立てるように吠え、遺跡をぐるりと大回りに包囲した。神の加護が残っているのか、恐怖に怯える獲物を嬲るつもりなのかは彼らにしかまだわからない。


あたりを見回した彼女は息つく間もなく無人の遺跡に管理者なんか居るわけもないと、あわよくば誰かいないかという砂の一粒ほどの淡い期待を砕かれ落胆させられた。

何か役立つものがないかとあたりを散策していると、ほとんど崩れている戦神像に寄りかかり、誰かが眠っていることに気が付いた。


ぼろ布に包まれて、紫色の結われた長い髪が覗いていることしかわからない。 


「こんなところに人が!?ひょっとして巡礼者かな?とにかく、今は起こして一緒に逃げないと!君、危ないから起きて!私が魔獣の群れを引っ張ってきちゃったんだ!」


そう言うや否や、彼女は寝ている者を荒々しく揺さぶって起こそうとした。ずれた布から寝ているのが青年であると分かったが、揺らされた方はというと、唸ってはいるものの寝ぼけているのかなかなか瞼を開けなかった。

 じりじりと、よだれを垂らしながらゆっくりと迫りくる魔獣達に慌てた彼女はさらに強く、揺さぶった。

「ねえ!聞こえているんでしょ!早く起きないと危ないんだって!!お願いだから起きてよ!こうなったらもうっ!」


そして頬を強く打った。それも往復で。

とうとうそれで起こされたのか、被害者の彼は眠そうな目で、じとりと彼女を見た。


「ふあーあ、なんだい騒がしいなあ、俺は今いろいろあって疲れてるんだよ、眠いんだよ、分かる?」


「今はそれどころじゃないの!周りに最近この森を荒らしてる魔獣たちが居るんだ、僕がここまで引き付けちゃったから君には悪いと思ってるけど、とにかく一緒に逃げようよ!」

「魔獣ってあいつらのことか、強いのか?」


この期に及んで呑気に欠伸をする危機感の無さそうな青年に半ばいら立ちを感じつつ、彼女はこんな時にと思いつつ、最近訪れた集落で聞いていた魔獣鉛熊狼の特徴を説明した。


熊のタフさと狼のような高度な連携を持つこと、弱い生き物を見つければ残忍になれる残酷さを持つことを。


「ふむふむなるほど。一体なら中級下位だけど、群れだと亜竜も狩れるくらいの強さか。そして今ここには二十頭くらいがいると」


合点がいった様子の彼は次第に寝ぼけ眼を余裕たっぷりの捕食者の目へと変えていく。


「分かったでしょ、結構強いんだよあいつ等。今はこの遺跡の加護なのか寄ってこないけど何時まで大丈夫かなんて分からないし、僕が集中して強めの魔術で撹乱するから、その隙に…」


続けようとした安全な脱出案を青年はばっさりと、


「いや、その必要は無いな。俺が片付けてあげるよ」


断ち切ってしまった。

彼はそう言うや否や、ぼろ布を翻し、立ち上がった。

その身を包むのは、今は消滅してしまって久しい東の大陸にあった亡国式の鎧である。

打撃よりも斬撃から身を守ることを重視し肩には申し訳程度の矢受けの盾がつく鎧であるが、彼女にとってそれはどうでもよいことなのだろう、得物であろう槍を構えた彼を止めようと手を伸ばすもひょいとかわされてしまった。


魔獣たちの待つ場所へ向かう彼の瞳にふと臆病者と笑われた気がして、呆気に取られていた彼女はついムキになって叫ぶ。彼女だって神々と共に歩んだ膨大な歴史を紡ぐ古精霊族の若手なのだ。


「もうっ!戦うっていうなら僕も一緒に行くぞ!」


地団駄混じりに勢いのまま叫んだ言葉に一転、青年も振り返り彼女を真っすぐ見つめ、やがて笑顔をこぼした。


「君も戦えるのか?なら気が合いそうだ!そういや名前はなんて言うの?俺はジルルステイジっていうんだ、よろしく!ジルって呼んでよ。簡単な自己紹介だと、俺は戦いのために生きているんだ」


「えっと、僕はアルデミラだけども、あ、その、よろしくね?」


今度はジルが手を差し出し、アルデミラの手を掴み、ぶんぶんと揺らした。どうやらしっかりとアルデミラを興味の対象に入れたのか、人懐っこい笑顔を浮かべている。

戦いのために?と疑問符が出たアルデミラであったが、


「じゃあ、相手する魔獣の配分を決めようか。勘だけどアルは古精霊族の魔導士だろ、じゃあ結構強いだろうしなあ。何頭までなら余裕をもって捌ける?」


ざっと見て素性を看破したジルの観察眼に、誤魔化しはいらないとアルデミラもしっかりと自身の現状を告白する。


「えっと、今まで本格的に戦ったことは数えるくらいで、しかも中級の単体しか相手したことがなくてだね、べ、別にビビっているわけじゃないぞ!やれば殺れるっておばあ様のお墨付きだよ!」


バタバタとアルは魔術展開用のナイフを見せつけすぐさま魔術を展開して見せた。

その速度は早打ち専門の魔術師を遥かに凌駕していることから、確かに魔術の展開は慣れているのかもしれないが、振る舞いからどうにも戦いには慣れていないことがジルにはすぐ分かった。


達人と呼ばれるほど戦いなれた魔導士の多くは、幾つもの魔術を放つ寸前の引き金を引くだけの状態で止めおいているからだ。それに、接近戦だって抜かりはない。

その様子からジルは真面目に何やら考え出した。将来有望な彼女に有益かつ、成長を促す戦いを。思い付くまま考えを口にした。


「まだ、複数を相手取るというのは慣れるまで厳しいかもしれないな。慣れるために今回は2頭くらいを相手してみる?」


「魔獣は全部で二十頭なんだぞ?それじゃあ君、ジルは18頭も相手にするっていうの?無茶だよ!」


生来の優しさ、そして先ほどまであの魔獣の群れに追われた恐怖が残っているからか、慌ててアルデミラは無茶な作戦未満の考えの再考を願ったが、ジルはどこ吹く風で、


「まあまあ、俺は結界術を使える魔道神器を持ってるからさ、群れを細かく分断して戦うし、万一噛みつかれても鎧は奴らの牙や爪じゃ砕けないくらいの強度だから即座に殺されることはないと思うよ。現状二頭といってもアルの方がリスクは高いんだ」


ほらこれ、とジルは懐から世界をお去りになった『祭り楽しむ神』である『空作りの神』の印が刻まれた羅針盤のような物を取り出し、見せつけた。それから確かな残り香のような神気を認めたアルだが、どうにも納得いかない。


「つまり、、奴らの群れを結界で分断して撃破してくってことだね?それ使えるなら言ってよ、戦わなくてもうまく逃げればいいのに…」


納得いかないのかアルデミラは愚痴った。


「まあそうなんだけどさ、これは燃費がすごく悪いんだ。太陽と月の光を一月ずつ取り込んでようやく10分持たないくらいしか展開できないし、発動のオンオフの切り替えもできないから一回使ったらもう一度光を貯めなおさなくちゃならないんだ」


と手に持つ羅針盤をもてあそびながらジルは首を振った。


「確かに、いくら魔道神器でも万能じゃあないんだね。分かった、よし、やろう!」


決心がついたアルデミラも魔術の触媒を用意しつつ発起した。


「よし、それじゃあアルはあの端の二頭のそばに寄ってくれ。その部分を群れと分断するよ。危なくなったら合流しよう」


「うん、分かった!ジルも気を付けて」


ジルは羅針盤をいじりだし、設定を始めた。

アルデミラが二頭の鉛狼に近づいたとき、周囲を強い魔力の結界が覆い、見渡しづらくなった。

自分と二頭の鉛狼以外が分断されたのだと気づいたアルデミラはこれより決戦が始まるのだと、自分を奮い立たせる。

しかし、真実を見通すといわれる古精霊族特有の瞳で、結界の外側に見えてはいけない状況が広がっている。


「何やってるのジル!?」


見ればそう、ジルは魔獣の群れに取り囲まれ、ついに獰猛な牙に食いつかれんと飛び掛かられたところである。


しかし同時にアルデミラには見えた。

魔獣たちが生来持つものより、より暗く妖しく輝く魔力に身を包まれ、不敵に笑うジルの姿が。

激しく何かが爆ぜる音を最後に、アルデミラも眼前の鉛狼との戦いに臨むのであった。

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