第186話 愚者


あの後【フラオ.グラン】のアジトを出たヒナは、真っ直ぐにステテギア帝国の首都ブヒッフェンに向かった。


ブヒッフェンまでは歩いて2日の距離だが、ヒナなら数十分程で辿り着ける。


そしてステテギア帝国の首都ブヒッフェンに入ったヒナに驚愕な光景が飛び込んできた。


猪顔の住民が我が物顔で居る中、人間や他の種族はまるで犬や牛の様な扱いを受けているのだ。


猪顔のツヴァル族が大半を締めるこの帝都で、他の種族は奴隷以下の家畜でしかなく、特に人族の扱いが酷い。


アイリーン達が体を張ってヒナを止めようとした訳が分かった。


その光景を目にしたヒナの眉間に怒りの皺がよる。



「ブヒッ、ブヒッ、ブヒッ、なぜ人がこんな処に居るんだ? 逃亡奴隷か、ならばお仕置きが必要だな」


そんなヒナの前に人が彷徨いているとの通報を受けた町の警備隊が立ち塞がる。


「ブヒッ! コイツは上玉だぜ!」


「ああ、堪んねえブヒッ〜!」


「ブヒャ、どこから逃げ出したかは知らんがワシらが可愛がってやるぞ!」


「飼い主に返すのはその後だブヒャ!」


警備隊が棍棒と【奴隷の首輪】を手に、ヒナを囲む様に近付いてくる。ヒナを逃亡奴隷と勘違いしているため警戒の色はない。


ニタニタといやらしい笑みを浮かべながらヒナにその手を伸ばしてくる。


「目障りな豚共ね。今までの行いを後悔して生きなさい」


一瞬の閃光と共にその場にいた警備隊達の手足が斬り飛ばされる。



「「「ブヒッ?! ぎゃぁあ〜〜!!」」」


今までして来た事への酬いとばかりに彼等の手足を斬り飛ばしたヒナ。基本優畄以外には辛辣な彼女、特に下衆な男野郎共には容赦がないのだ。


ヒナは豚共の手足を斬り飛ばすと同時に、近くに居た奴隷達の首輪も切り裂いていた。



「貴方達に誇りが残っているのなら立ち上がりなさい!」


そしてヒナは警備隊が持っていた槍を指差す。


騒ぎを聞き付けて迫って来る警備隊や兵の手足を片っ端から斬り飛ばして行くヒナ。


彼等が来る方に行けば自ずと目的地にたどり着く。


ヒナが帝都の皇宮殿の城門前に辿り着く頃、彼女の背後には手足を失った兵達が至る所に倒れ、それと同時に、奴隷だった者達が帝都を破壊する音が所々から響いていた。


皇宮殿前には奴隷反乱の方を聞いた親衛隊が待機しており、兵を薙ぎ払いながら進んで来たヒナに警戒体制をとっている。


『そ、そこの女止まれ! い、いま止まるならワシの性奴隷として許してやる。だから止まるのだ!』


親衛隊の隊長のプラは【隷言】という言葉に魔力を込める事で、自身より力の劣る聞いた対象を従わせる事が出来る。


彼のステータスはこの大陸でトップ3に入るため、今まで効かなかった事が無いのだ。


だが何事もなかったかの様に近いて来るヒナに効いている様子はない。



『と、止まれ! 止まるのだ!! な、何故止まらん?!』


何故止まらないとばかりに焦り出す隊長のプラ。


余程この【隷言】の能力に自身が会ったのだろう、手に持つ立派なハルバートを構える事なく能力を使い続ける彼。


「悪いけど貴方のくだらない能力は私には効かないわ」


そう言うや否やヒナは親衛隊の手足も斬り飛ばす。


どうやらこの国の実力者達は実直な剣術より搦手的な戦術を好む様だ。そしてヒナを見る時の卑猥な視線、そこにこの国の下卑た思想が伺える。


もし相手が素直に剣や槍の戦いを挑んでくる戦士や騎士が相手なら、ヒナは一思いにその命を絶つだろう。だがこの国の腐りきった者達には死すら生ぬるい。


それにヒナには相手の闇の汚染度が分かる。この国に住む者は例外なく誰も彼もドス黒く汚染されているのだ。


生まれ間もないヒナは優畄や千姫達の様に気心の知れた相手には基本優しいのだが、それ以外の相手には興味がなくとても辛辣。


特に悪に対しては決して容赦はしない。



「今まで貴方達が蔑み痛ぶってきた者達への悔いを受けなさい」


親衛隊を退けたヒナは宮殿内を進んでいく。もはや彼女に敵対して来る者はおらず、皆遠巻きに彼女を見ているだけだ。


そして皇帝が居る皇宮殿まで来たヒナ、大きな扉を開けると、そこには幼い皇帝がたった1人きりで居た。


どうやら彼を守る近衛兵は、皆逃げ出してしまった様だ。



「よ、よ、余はこ、この帝国の皇帝なるぞ!」


たった1人この状況で、守る者も居らず皇帝として虚勢を張る若き皇帝ペン。怯えてはいるが力強く良い目をしている。


きっと彼も【隷属の腕輪】で洗脳されていなければ、良き皇帝と成っていたのだろう。


「…… この子洗脳されている」


ヒナはすぐさまペンの状態を見抜くと一瞬で彼の側に近き、腕にはめられた腕輪だけを消滅させ洗脳を解いてあげた。


【隷属の腕輪】が無くなった事で洗脳が解け、そのショックで気を失ってしまったペン。



「…… 彼は操られていただけ。黒幕はこの奥ね」


ヒナは彼の状態だけ確かめるとそっと床に寝かせ、黒幕が居ると思われる奥へ続く扉を開けた。


奥には5つ程の部屋がある様だがヒナには黒幕が1番奥の部屋に居る事が分かっている。


そしてその他の部屋には伏兵と罠の部類がある事も分かっているヒナ。そう、護るべく皇帝には兵を付けず、自らの保身の為に兵を使う。


この奥に控える黒幕がかなりのクズで小心者だという事をヒナは悟った。


「面倒ね、黒幕以外に用は無いし、一気に行かせてもらうわ」


ヒナは居合斬りの構えをとると刀に力を込めて奥の部屋以外の4つの部屋を真横に斬り裂いたのだ。


「【閃光波刃】(センコウハッパ)!」


チンッとヒナが刀を鞘に収める音の後、ゴトッ、ゴトリと何が床に落ちる様な音と共に伏兵の気配は消えて無くなった。


ヒナが最奥の部屋を開ける。


そんなヒナの前には、全身をオリハルコンの鎧で固め、自身の能力を高める魔道具などで武装したピモ.モンテファンが居たのだ。


一応、立派なハルバートを持ってはいるが、その贅肉まみれの肉体で満足に扱えるとは思えない。


ピモはヒナと一定の距離を空けた状態で魔法のシールドを張ると、ヒナをギロリと睨み付け声を上げる。



「…… ば、化け物め…… き、貴様が【超越者】と名乗る襲撃者か?!」


ピモを見たヒナの表情が歪む、それ程にこの男は闇に汚染されているのだ。


「……」


「…… こ、これはどうゆう事だ?! ワシの鑑定魔法が通じぬ……」


鑑定魔法でヒナのステータスを見ようとした様だが、何故か彼女のステータスが見れなかった様子。


「ま、まあいい、ならばワシの精神魔法で貴様を奴隷にしてくれる!」


ピモの今のレベルは350。彼の種族ツヴァル族が到達出来る最高レベルだ。


そしてこのレベルはこの大陸での最高レベルでもある。 


精神魔法は自分よりレベルの下の者にしか効かない。そしてピモはその精神魔法を強化する魔道具を全身に着けている。


そのため今は、彼の精神魔法が効くレベルの上限が500まで上がっているのだ。


(ブヒッへへへ〜! レベル500以上の者なぞこの世界にいるものか、もし居たならそれは神か何かだ。これで【超越者】を隷属させれば、あの忌まわしい魔族共に目に物を見せてくれるは!)


「では喰らえぇ! 【アナザーライズ】!」


この【アナザーライズ】は対象の精神を一時的に朦朧とさせ、体を麻痺させるピモのお箱魔法。


そして意識が朦朧とし体が麻痺している者に【奴隷の首輪】をつける事で隷属させるのだ。


心なしか力無さげにヒナが刀を下げた。それを見たピモがほくそ笑みながらヒナに近付いていく。


「ブヒャ、【超越者】とはいえワシの魔法にかかればこの通り。さあ可愛い子猫ちゃん、ワシがたっぷりと可愛がってやるからな」


そしてピモの【奴隷の首輪】を持った手がヒナまであと10cmと迫った時、その首輪を持っていたピモの両手の手首から先が、ポトリと下に落ちたのだ。



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