第187話 因縁


「へっ?」


しばしポトリと落ちた自身の両手を見つめ茫然としていたピモだったが、凄まじい激痛と共に我に返る。


「イギャアァァア〜〜!! て、手がァァ! ワシの手ガァ〜!!」


「煩いわね」


ヒナが前蹴りを喰らわせ泣叫ぶピモを吹き飛ばす。


「ぐガァはっ!」


部屋の奥に積まれカーテンで隠されたた新旧様々な下着のコレクションの中に突っ込むピモ。


「か、回復だ! は、ハイヒールを……」


ブヒブヒと起き上がるとピモは、自信が使える回復魔法【ハイヒール】を唱える。


【ハイヒール】は欠損をも治す事が出来る回復魔法で、この【ハイヒール】はかつて自身が攻め滅ぼした国の聖女から奪った能力。


「わ、ワシには魔大陸の魔族共から貰った力があるのだ!」


「魔大陸…… そこに貴方に力を与えた何者かが居るのね?」


一瞬しまったという顔をピモがしたのを見逃さないヒナ。


実はピモのジョブは生粋の魔道士ではない。彼の能力は【隷属奪取】という、自身の奴隷にした者から能力を奪いとる能力だったのだ。


彼はこの能力を魔大陸の魔族の者から授かっている。

どうやら魔大陸には黒石に関する何が有るのだろう。


呪文を唱えたピモだったが何故か【ハイヒール】が発動しない。痛みに我慢しながら何度試しても結果は同じだった。



「な、な、何故だ?! 何故発動しないぃぃ!? い、痛いのにぃぃぃ〜!!」


「無駄よ、残念だけど貴方の闇を払ったわ。これでもう2度と貴方が能力を使う事は出来ない」


ヒナの言葉に目を爛々とさせて驚愕する。まだ懐に【ハイポーション】などの治療薬を隠し持っているが、【ハイポーション】では手足の欠損は治せない。それ以前に両手が無ければそれを飲む事もままなるまい。



「い、イヒ、イヒヒヒヒ! ワシの能力が使えぬなどと、そんなバカな事……イヒャヒャヒャヒャ……」


もはや狂いかけているのかピモは、無い手首から噴き出る血を見ながらケラケラと笑っている。


「ヒナ殿〜! どこに居られるのですか〜!」


そんな中、宮殿の入り口の方から聞き覚えの有る声が聞こえてきた。


「あの声は……」


女性だけのレジスタンス【フラオ.グラン】のメンバーが、1人帝都に向かったヒナを心配して追いかけて来てくれたのだ。


ここまで来る迄にほぼ全ての兵を無力化しているため、彼女達も大して手間取る事なくヒナの元に辿り着けるだろう。


「私はここよ〜!」


ヒナが【フラオ.グラン】のメンバーの声に反応して振り向いたその隙を狙って、ピモが隠し扉のスイッチを足で押す。


そして地下へ続く階段に逃げ込んで行ってしまう。



「フ〜、往生際の悪いブタね……」


刀を鞘に収めるとヒナはピモの後を追随する。


「ハア……ハア……は、早く行かねば……あの場所にぃ……」


ピモは息を切らせながら地下への階段を降りて行く。もはや腕の痛みを気にしている様子はない。


彼が目指している地下には魔大陸へ繋がるゲートの魔法陣があり、それを起動させて逃げようというのだ。


ヒナもピモ程の小心者が、逃げ道もない袋小路のあの部屋に留まっていた理由を理解した。


「ハア……ハア……い、痛いぃぃ! ……あ、あそこにさえ、あそこにさえ行けば治してもらえるぅぅ!」


ゲートの魔法陣に飛び乗ったピモが慌てて魔法陣を起動させる。


この魔法陣を起動させるには0.5リットルの血が必要だ。その起動用の血液は、ピモ自身の腕から今でも滴り落ちているから問題ない。


これまでにかなりの量の失血をしているピモだが、タフさだけが取り柄のツヴァル族なら何とか保つだろう。


ピモが魔法陣を起動させると同時にヒナが彼に追い着いたのだが、一足遅かった様だ。


「ブヒャヒヒヒィ! ではさらばだ【超越者】殿……」


ピモの勝ち誇った笑み。ゲートの軌道と共にその姿が消える。


だが


「【瞬閃】!」


ピモが消えるその寸前に、ヒナが彼の目を斬り裂いたのだ。



「破邪の力をしこたま込めた斬撃、回復魔法も治療薬も効果はないでしょう。後の人生を暗闇で過ごしなさい」


ピモ等が使っていた能力は黒石由来の力だ。ヒナの浄化の力とは圧倒的に相性が悪い。


もう2度とピモが光を見る事は無いだろう。


ヒナが上に戻ると【フラオ.グラン】や奴隷達がこの首都を完全に掌握していた。


今まで奴隷達を虐げてきた帝都の住人達、今度は逆の立場になり、これから生き地獄を味わうのだ。


彼女達は少数精鋭の実力者だ、もはや彼女達に立ち向かえる戦力はこの国には無い。


帝都が落ちたとなれば、近隣の町や村にもその勢いは届くだろう。



「ヒナ殿! この国の皇帝は抑えました。あとは大将軍のピモ.モンテファンのみです」


「……彼ならゲートの魔法陣で逃げたわ」


「げ、ゲート! 」


ゲートはこの世界では伝説的な魔法。その様な物がこの皇宮殿に有った事に驚いているのだ。



「リーダー、それにヒナ様、ご無事ですか!?」


「流石は【超越者】様だ、これでこの国も終わりだね」


話をしていたヒナとアイリーンの元に他のメンバー達が集まる。


ヒナは自身の後を追って来てくれた彼女達を見る。そしてある言葉を口にする。



「この地は貴方達に任せるわ。貴方達が正しい方向に導いてあげて」


「えっ! そ、それは……」


彼女達にならこの国を任せられる。



「私は魔大陸に渡る」


「ま、魔大陸!」


この世界に生きる者にとって魔大陸は、一度渡ったなら2度と戻っては来れない魔境。


そしてヒナは、ながら強引にアイリーン達にこの地を託すと、魔大陸へと渡って行ったのだ。


ーー


優畄達の後を追い、黒石の地でボーゲルとの死闘を繰り広げていたボブ。


もう既に20時間は戦い続けている彼は、506度目の死を迎えてやっと【アバドン.クルル】と化したボーゲルを超えたのだ。


「ウヌヌヌヌ! な、なぜ貴様は死なぬのだぁ〜!?」


暗黒の衝撃波をランダムに放つボーゲルだが、もはやボブを退ける事は出来ない。


「無駄で〜ス、もうその攻撃はァ効きませ〜ン(そしてェ私〜シの攻撃も効きませ〜ン……)


圧倒的な質量を持つ【アバドン.クルル】と化したボーゲルに、ボブも決定打を与えられずにいるのだ。


今のボーゲルは実体を持たない不定形の例えるならスライムの様な状態。


自由自在に姿を変え、出現場所を変えてボブを惑わすのだ。


もう既に実力ではボブに敵わなくなってしまったボーゲルの、苦し紛れの策なのだ。


「ウヲオォォォオ〜!!(一対一の真っ向勝負にはもう拘らない。我は何としてもこの者を倒してみせる!)


その意気込みと共に津波の様な衝撃波を放つボーゲル。ボブも衝撃に流されはすれどダメージは殆どない。


「グッ、足が取られま〜ス。こうなればァ【コメットストライク】で〜ス!」


津波に足を攫われない様に空高く舞い上がるボブ。わずか2.5秒程で上空5000メートルまで上がったボブが竜巻を纏ったままに落下してくる。


そして風速300mのダウンバーストと共にボーゲルを模っているその頭に踵落としを喰らわせたのだ。


「ボアァァァァ〜!!」


時速にしておよそ1111km、ボブだから可能な究極の荒技で【アバドン.クルル】が爆散して散り散りになってしまった。



「…… これで運転手も一巻の終わりで〜ス!!」


ボブの【コメットストライク】の直撃を受けて爆散したボーゲルだったが、ボブが喜び飛び跳ねるワキでグネグネと再生を始めたのだ。


「……(おのれミミズ頭ぁ! よくも! よくもぉぉ!!)

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