第184話 出口


それからも隙を見ては逃げ出そうとしていた優畄だったが、将ノ佐に隙はまるで無く逃げる事も出来ずに、拘束されたまま5日も経ってしまった。


(グッ…… ほんの僅かだがヒナとのリンクが繋がっているのが分かる。必ず助けに行くから無事で居てくれヒナ!)


優畄がヒナを思い、鎖を巻かれたまま半身を起こし窓から外を見る。鎖が起き上がるための補助もしてくれるため、ベッドの上限定だが割りかし自由に動けるのだ。


ちなみに暴れたりすると鎖で死ぬ程締め付けられるので今では大人しくしている。


「…… ハァ、何で俺がこんな目に……」


そんな事を考えていると将ノ佐がご飯を運んでやって来る。今日のお昼ご飯は、なんとも手間のかかってそうなパエリア鍋に乗ったパエリアだ。


何ともいい香りが鼻腔をくすぐる。


「さあ今日のお昼ご飯は海鮮パエリアだよ。仕込みに5時間、仕上げに6時間、腕に縒りをかけて作ったからね、味は保証するよ」


サムズアップをしながらそう説明する将ノ佐。


「……」


何とも楽しそうな将ノ佐、友達という存在を履き違えた彼は優畄の看病が出来る事を心から喜んでいる様だ。


「このお昼ご飯を食べたら優畄君の体の容態を見よう。そろそろ寄生体も弱体化してると思うし、出来そうだったらそのまま駆除しちゃおう」


目覚めて直ぐは光を糧に爆発的な成長を見せる【異生体パストミュール】だが、糧となる光が無いとその活動を停止させて休眠に入るのだ。


この寄生体を体内から取り除くには、休眠に入り活動を停止させた状態でなければならない。


将ノ佐は鑑定眼の上位互換、【神眼】を使えるためこの寄生体の事が分かるのだ。


「でもマリアちゃんの作った寄生生物だからね、一筋縄では行かないと思うよ」


この寄生体の除去方は2つ。


1つは時間をかけて寄生体に栄養を与えずに枯らして除去する方法。


この方法だと駆除するのに掛かる時間が役10年と、かなり時間を要するため優畄の選択肢には入らないだろう。


もう1つは一万度を超える超超高温で一瞬の間に全ての寄生体を焼き払う方法だ。


この方法だと一瞬で一万度の高温を練り上げられる者、それも寄生体の位置を完璧に把握してそれだけを焼き払うと云う高等技術が必要だ。


こんな事が可能な者は太陽の加護を得た者か、太陽それ自体でなければ不可能だ。


そしてこの2つの選択肢の中で黒石将ノ佐が選ぶ方法は、間違いなく前者だろう。


(…… このカリブの島で優畄君と10年か…… 悪くは無いけど、流石に10年は長いな…… )


優畄と共にスキューバーダイビングをしたり、水上バイクに乗って疾走する様を思い描き1人ほくそ笑む将ノ佐。


彼の選択肢には優畄の意見を聞くと云う選択肢は無い。自分の思い描いた理想の世界だけが全てなのだ。


そして彼にはもう一つの選択肢があった。それは優畄の脳に高度の障害が残る可能性が有るが、強制的に寄生体を除去する方法だ。


実は【異生体パストミュール】は優畄の脳にまで達していたのだ。将ノ佐が寄生体の繁殖活動を途中で止めたため脳の全体では無いが、運動と記憶を司る部分が侵食されている。


(うん、優畄君の記憶が無くなっちゃうかも知れないけど、僕との新たな記憶が有ればいいよね。サックリと片付けちゃうか)


そんな将ノ佐の考えなぞ知る由もない優畄は、窓から海を眺めてヒナを思うのだ。


ーー


虚無の世界が広がる暗黒の異空間を進む者達がいた。


それは優畄とヒナの様に強い絆で結ばれた康之助とイーリスの2人だ。


優畄の捨て身の導きでやっと、愛しの人イーリスの元に辿り着き救い出す事が出来た康之助。


彼等は漆黒の世界にあって、優畄の示してくれた光の道標だけを頼りに進んでいたが、予想外の出来事に見舞われていた。


すでに感覚で10年程経った様に感じられるが、未だに出口に辿り着かないのだ……。


「…… おかしい、未だに出口に辿り着けないなんてあり得ない…… 」


「それでもこの光の道標から外れる訳にはいかない」


優畄への確かな信頼。自分の身も顧みずイーリスの元に導いてくれたのだ、この道が間違っている訳が無い。


そう強く信じられる確信が康之助にはあった。


「それにイーリス、君と一緒ならたとえ100年や200年かかったしても乗り越えて見せるさ」


「康之助……」


真っ直ぐに見つめ合う2人。実体がないため触れ合う事は出来ないが、長く離れ離れだった彼等にはそれだけで充分。


それでも一向に出口が見えて来ない現状は確かなのだ、何とかこの状況を打破したいところだが……


実は彼等が出口にたどり着けないのには理由があった。それはかつてイーリスをこの異空間に閉じ込めるにあたり、マリアはある意地悪な仕掛けを施しておいたのだ。


マリアはイーリスの世界を滅ぼす際に本当は彼女を殺そうとしていたのだ。


だが太陽の巫女どころか、太陽の化身と化した彼女を殺すに至らず、彼女を異空間に封じる事しか出来なかった。


そこでイーリスを殺せなかった鬱憤も込めた仕掛けを施す事にする。


あり得ない話だが、もし誰かがイーリスを助けに来た時に発動するその仕方は、彼等の帰り道を歪め惑わせる。そうゆう意地悪な仕方だ。


ここまで来るのに10年。


もし優畄の導きが無かったり、その導きから外れたならば、彼等は異空間で無限の時に飲み込まれて絶望の果てに自我を失くすだろう。


いかに太陽の化身たる力を持っていても彼女達の力は攻撃特化、光の御子の様に臨機応変に万物の力を使える訳ではないのだ。


だがそんな彼等にもやっと出口だしき光のゲートが見えてくる。


かなり遠くにあるのだが、眩い光と浄化の力で暗黒の異空間の中でも分かる程だ。


「見ろイーリス! ついに出口が見えて来たぞ!」


「ええ康之助! やっと、やっとここまで来れた……」


これまで先を考えて力を温存していた康之助達も、あと少しとあって全力を出して突き進む。


だがそんな彼等の前に、闇を凝縮し触手を生やした幾つもの目を持つ巨大で悍ましい化け物が姿を現したのだ。


「な、なんて事なの……」


「なんて悍ましい化け物だ……」


【ン.グア.エポス】それは語ることすらも禁忌とされた異次元に生きる化け物。存在していること自体が全ての生物への冒涜と言っても過言ではない。


かつては太古の神だった彼は、暗い永久の時の中で我を忘れてただ蠢くだけの何かと成り下がった。


そんな狂気を実体化させた【ン.グア.エポス】がゲートへの最後の障害として立ち塞がった。


一体どれ程の大きさなのか、3000mに迫る巨体が触手をうねらせながら蠢いているのだ。


奴がゲートの前にいたのは全くの偶然。康之助達がゲートを潜るには、どうしてもこの巨大で悍ましい化け物を倒さなければならない。


光のゲートに導かれて外の世界に出ようとしているこの化け物を、出す訳にはいかない。


そしてこんな絶望的な相手でも康之助は諦めない。



「こんな所で立ち止まってられるか!」


康之助が自身の腕を鋼刀に変える。


「【武体琰滅陣】!」


康之助の鋼刀が赤、青、白へと変わっていき、その度に温度が上がっていく。


「こ、康之助……」


「諦めるなイーリス! 必ず俺がお前を俺の世界に連れて行ってやる。だからお前も立ち向かうんだ!」


長年の異空間での眠りで、戦うことに臆病になっていたイーリス。康之助の喝が彼女の心に消えない火を灯す。


「ええ! 行きましょう康之助」


彼女に武器は無い。だが太陽の化身と化した彼女に武器なぞ必要は無いのだ。


イーリスの体が高温に包まれていき、そして彼女自身が超超高温の太陽の化身【インティ】と化す。


異空間での長期に渡る眠りが彼女の力の消費を抑え生き永らえさせた訳ではない。彼女はその間にも異空間の暗黒に飲まれる事なく、逆に光で暗黒を喰らい少しずつ力を蓄えていたのだ。


例えるならば彼女自身が小さな太陽、暗黒の異空間を2つの太陽が赤く染め上げていく。



「【天照照臨】!」


【天照照臨】太陽の力を体に宿す事の出来るこの技は、使った康之助の能力を爆発的に引き上げる所謂バフである。


その能力上昇倍率はおよそ3倍。



「瞬閃、【天照晶廻斬】!」


日の出を思わせる光と共に摂氏1万度まで高まった高温を伴った斬撃が空間を切り裂き、実態の無い相手にもダメージを与える事が出来る様になった。


【天照照臨】で能力を爆上げした状態の彼が使える最強の技なのだ。



「【へーリオス.キャノン】!」


それと同時にイーリスが【へーリオス.キャノン】を放つ。


【へーリオス.キャノン】太陽フレアを瞬間最高温度10万度で直径10mの光線に変えるこの技は、触れた物全てを融解、撃滅する脅威の技。


そんな2人の大技を受けて【ン.グア.エポス】は、全ての目から【イービル.レイ】を放ち、触手を伸ばして反撃してきたのだ。










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