第182話 【超越者】


ピモ.モンテファンは家臣達の前で高らかに宣言すると1万の精鋭軍を動員した。


他の国の一個大隊が全滅したという報は彼の元にも届いていた。これはヒナを恐れての兵数だ。


この世界には1000年に一度、外世界からの訪問者が訪れるという伝承がある。それは男だったり女だったりその時々で変わるだしく、その訪問者は例外なく強者で有るといわれている。


彼等はその訪問者を【超越者】と呼び、1000年の動乱の幕開けを告げる者として恐れられているのだ。


そして【超越者】と呼ばれる者はこの世界に命題を残していく。


1000年前に現れた最後の【超越者】は6つの国を滅ぼし、その際にこの世界の総人口の3分1が失われたと伝承に残っている。


彼が残したのは1000年の闘争と動乱。言わずもがな、1000年前に現れた【超越者】は黒石の者である。


その後しばらくは動乱の戦国の世が続いたが、500年前にピモモ.ステテファン将軍がこの世界を治定し泰平の世が訪れたのだ。


だがここ最近の100年は大なり小なりの組織や国が台頭し、この世の覇権を目指して争っている。


そしてこのピモ.モンテファンもその1人。彼は剣の平原周辺で1番大きな軍事大国、ステテギア帝国の大将軍という地位にある人物。


傀儡の皇帝の裏で世の覇を狙う猛将だ。



「その者もしや【超越者】かも知れん。何としても我が先にその者を圧えるのだ!」


この世界では女は力で奪い取るのが流儀。それは正体が分からないヒナに対しても例外なく同じだ。


それでもヒナは一個大隊を軽く蹴散らす程の強さなのだ、彼女は間違いなく彼等のいうところの【超越者】なのだろう。


それでも彼女1人に一万の兵は過剰過ぎる。


「か、勘違いするなよ、我は【超越者】が怖い訳では無いのだ。この兵数は隣国への牽制の意味もあるのだ」


隣国とは不可侵条約を結び停戦状態。ジト目の兵士達をよそに軍を率いて剣の平原に向かうピモ。


だがその頃、優畄を探して辺りを徘徊するヒナに、先に接触する一団がいた。


それは女性だけの一団。


女性だけのその一団は3名で皆が重武装をしており、その佇まいや身振りからそれぞれが一戦級の戦士だと分かる。


「【超越者】様! 我等は【フラオ.グラン】(大きい女)、この世界での女性の地位を高めるために戦っている組織です。突然の訪問恐縮ではございますが【超越者】様、何とぞ我等にお力をお貸し下さい!」


彼女達のリーダーと思わしき人族の白銀の装備で身を固めた騎士然とした女性が話をする。


彼女達【フラオ.グラン】はこの世界で地位の低い女性の地位を高め様と集まった集団だ。その彼女達がヒナを彼女達の本拠地に招待したいという。


「…… いいわ、貴方達の話を聞きましょう(ひょっとしたら優畄の事が分かるかも知れない。何の当ても無く探すよりはいいか)


襲い掛かって来る者は見境無く斬り捨て来たヒナだが、彼女達には敵意もなく礼儀正しく接して来たため彼女達に着いて行く事にした。


優畄の事とはいえ5日間も走り回っていたのだ、流石のヒナも頭が冷めて冷静さを取り戻している。


彼女達からは悪しき者にありがちな邪気は感じられなかった。それに何の手掛かりも無い状況で優畄を探しても進展は無いだろう。


それにもし、彼女達が何らかの罠や策略を企てていたとしても、ヒナなら難なく逃れる事が出来ると見越しての行動だ。



「大変だよ! ステテギアの軍がそこまで迫って来てるよ!」


そんな中、斥候と思われる身軽な装いのダークエルフの女性が軍の接近を報せる。


「チッ、あの豚共もう【超越者】様の情報を掴んだのか……」


2mの巨大ハルバートを持つ重装備の大女が舌打ちをする。


「さあ【超越者】様、アタイ達のアジトに案内するから着いてきてくださいニャン!」


猫科の獣人が先導し彼女達のアジトに向かうヒナ。


彼女達のアジトはジャングルを抜けた先にある崖の、幅1m程の岩柵を渡った先にある洞窟だ。


「【超越者】様足元が狭いので気を付けてお渡り下さい」


崖の下は奈落に成っており、落ちればまず助かる事はないだろう。そんな岩柵を慣れた身振りでヒョイヒョイと渡って行く【フラオ.グラン】のメンバー達。


そして辿り着いた洞窟の中には老人から子供まで様々な年齢の女性達が所狭しと共同生活をしていた。


彼女達はこの世界の至る所で迫害を受けていた者達で、【フラオ.グラン】が助け出しこのアジトに連れて来たのだ。


「リーダーおかえり!」


「そ、その人が【超越者】様かい?」


帰還した彼女達を警戒のために残っていた人族の双子の女性が出迎える。


この【フラオ.グラン】で戦えるのは8人、ヒナを迎えに来た4人と、怪我をして療養している2人にこのアジトの警備のために残った2人だ。


「ああ、私たちの話を聞いてくれるとの事だ」


「おお!」


「これで何とかなるといいな……」


しっかり者の姉に臆病者な妹という双子、少し疲れた感じの彼女達は食料事情もあまり宜しくない様子で、皆が痩せ細っている。


「さあ【超越者】様、ここがアタイ等のアジトニャン、むさっ苦しい洞窟だけどゆっくりしてニャン」


猫族獣人のメンバーがヒナの為に椅子を用意してくれる。


それと共に水と食料がヒナの元に運ばれてきた。


「どうぞお食べ下さい【超越者】様」


ヒナの前に運ばれて来たのは真っ新な水と、焼き置いてあったパンが幾つか。


たったそれだけの食べ物だったが、周りの子供達にはご馳走だ。唇に指を当てて物欲しそうに見ている。


もう何日も毒な食事を取ってないのだろう子供達は、皆が痩せ細り栄養が足りていないのが分かる。


「…… 私は大丈夫だから、この食べ物は子供達に上げて。」


「で、でも……」


「私は食べなくても暫くは動けるわ。それと私の名前はヒナよ、そう呼んで」


「……ヒナ様」


「様も要らないし呼び捨てで構わない」


という事で子供達がパンを貪る中、メンバーの自己紹介が行われる。


先ずはリーダーから、彼女は名前をアイリーンといいかつてこの世界に存在したオルメキア王国の女王だった人物だ。


ステテギアに国が滅された際にお供の騎士と共に逃げ出し、女性だけのレジスタンスを結成して僅かな抵抗を続けている。


鮮血の戦乙女の異名を持つ彼女は剣技の腕も確かだ。


本来は王族らしく長ったらしい名前があるのだが、今はレジスタンス【フラオ.グラン】のリーダーアイリーンでとおしている。



その隣に立つ身長2m50cmの巨漢はバーバラ.ハーシーズ。かつてオルメキア王国で女性にして将軍にまで昇り詰めた豪傑だ。


重撃のバーバラの二つ名の通り2mを超える巨大なハルバートの一撃が強烈だ。


アイリーンの姉的存在だった彼女はオルメキアの亡国時、彼女と共に出奔している。



ダークエルフの斥候は名をムーン.フェルトといい、弓の名手だ。

 

愛称はムー。百発百中の腕前から漆黒の狙撃手の名で恐れられている。


彼女の里はオルメキアと同盟関係に有ったために、ステテギア帝国に滅されてしまった。


その時にアイリーン達に救われてレジスタンスのメンバーとなり今にいたる。



猫獣人の彼女は名をニャトラン.マタタビーといい奴隷として売られていた所を彼女達が助けたのだ。


彼女は格闘技のスペシャリストで、鋭利な爪を巧みに利用した戦法が得意だ。


彼女にはまだ二つ名は無いが、レジスタンスの要の1人だ。


アジトの門番をしていた2人はイコとピコという名で、イコが火炎魔法をピコが流水魔法を操る魔術師だ。


彼女達は姉妹揃ってステテギアのピモ.モンテファンに、貢ぎ物として贈られそうな所を助け出し仲間になった。



「ティナとベッキーの容体はどうだい?」


怪我をした2人は農奴上りの戦士だ。最近組織に入ったばかりでそれぞれ剣と槍を扱うが実力は並だ。


「最後のポーションを使って今横になったところだよ」


怪我をして横になっている2人は腕や脚がなく、苦しそうに唸り声を上げている。


低級のポーションでは出血を止めるので精一杯で、傷口を塞ぐまではいかないのだ。


頭数の少ない彼女達の戦法は基本ゲリラ戦が主体だ。それでもたまに遭遇する強者に手痛い土産を貰うのだ。


少数精鋭だがこれだけの人数では流石に無理があったのだ。


「どうすんのさリーダー、このままじゃ長くは保たないよ……」


「ううん……」


そんな呻きながら横になる2人にヒナが近く。


「ち……ヒナ?」


「私に診せて、治せるかも知れない」


そう言うとヒナは2人に癒しの光を放つヒナ。今のヒナの力なら、四肢の欠損ぐらいなら訳はない。


ヒナの癒しの光を受けて2人の失ったはずの手足が再生されていく。


「なっ!……四肢の欠損を治せる何て……」


このヒナの力はこの世界では奇跡と呼ばれる程のもの。この事実が他の者達に知れ渡ったならば、彼女を巡って更なる動乱が巻き起こるだろう。



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