第181話 修羅の世界


あれからどのくらい経っただろう、優畄は夕日が美しい海辺のコテージに居た。


その玄関脇のハンモックに寝かされ揺られて、目覚めてみればこの状態だったのだ。



「…… こ、ここは……」


しばしキョトンとしていた優畄だったが、こうなる前の最後の記憶を思い出し、相棒の姿を探して辺りを見回す。


「ヒナ! ヒナは居ないのか!?」


ヒナを探そうと体を動かせば寄生体による激痛が全身に走る。


「グッ…… ひ、ヒナ……」


痛みなど意に解している間はない。今はヒナを、ヒナを探さなくてはならない。


「ひ、ヒナ……」


ズルズルと這い上がる様に立ち上がると力なくコテージの扉を開ける。生活感のないホテルの様に整った室内。


中には誰も居ない様だ。


その時、コテージの裏に有る水上バイクの乗り場の方からエンジン音が聞こえきた。


どうやら何者かがこのコテージにやって来た様だ。


優畄は言うことを聞かない体にムチを打ち、壁伝いにコテージの裏側に向かう。ズリズリと壁伝いに歩いて行き、そして壁にもたれ掛かると警戒体制に入る。


現れたのは背中に買い物用のリュックを背負った地味な青年だった。


潜んでいた優畄を見ても彼に驚いた様子は見られない。


角に隠れる様に警戒していた優畄に、どうやらこの青年は気付いてていた様子。


「やあ優畄君、めざめたんだね。体の具合はどうだい?」



「……あ、あんたは?……」


どこかで見た事の有るこの男、馴れ馴れしく話し掛けて来る事から向こうは優畄の事を知っている様だ。


「あ、あんたは誰だ、そしてここは…… ヒナ! ヒナは何処にいる!?」


「落ち着いてよ優畄君。僕は黒石将ノ佐、前に一度会った事あるけど忘れちゃったかな?」


少し残念そうな将ノ佐。取り乱している優畄とは対照的にあっけらかんとした様子。



「黒石将ノ佐…… あ、あの時の……」


青年に名乗られて優畄も思い出す。


以前1人の中に複数人の気配を持つ不気味な男と戦った記憶が蘇る。あの時は次から次へと戦闘スタイルが変わる何ともやり辛い相手だった。


だが今目の前にいる男からは以前は感じた複数人の気配は感じられない。が、その代わりに彼個人の存在感だけが巨大化した感覚を受ける。


何故か分からないが優畄はこの男に、以前感じた脅威以上の不気味さを感じていた。


「それよりヒナは、ヒナは何処にいるんだ?!」


「ヒナ? ああ、あの子か。すまない優畄君、あの時の状況下、助けられるのは君1人だけだったんだ」


「そ、そんな、じゃあヒナは!」


優畄は体の痛みなど省みずに青年に掴み掛かろうと壁際から離れる。


だが体が言う事を聞かず、その場に倒れ込んでしまった。


「ああ大丈夫かい優畄君、今君の体はあまり無理が出来ない状態なんだ」


「そ、それは一体どういう……」


「君の体にはマリアちゃんが植え付けた【異星体パストミュール】という光を糧に繁殖する寄生体が寄生しているんだ」


「き、寄生体?……」


寄生体と聞いた優畄の顔が引き攣り曇る。


「今は僕が寄生体の繁殖を止めているからいいけど危なかったよ、もう少し遅かったら寄生体が君の脳味噌まで侵食していたからね」


あっけらかんとそう言う将ノ佐、寄生体の侵食を彼が止めているというが……


「一先ず安静にしていれば再び寄生体が動き出す事はないよ」


将ノ佐はリュックを下ろすと床に倒れ込む優畄に肩をかす様にして引き起こす。


「ぐっ……」


優畄の全身に針に刺された様な激痛が走る。寄生体の侵食を止める事は出来てもその痛みを抑える事は出来ない。


「いま寄生体の侵食は君の全身に及んでいる。無理をすればそれだけ体に負担がかかるからね」


「……そ、それでも俺は…… ヒナの所に行かなくちゃ…… 」


優畄の強い意志、ヒナの為なら自身がどうなろうと構わない。そうゆう強い思いが伝わってくる。


「…… ヒナちゃんは君にとって余程に大切な人なんだね。それでも今は君の体の方が心配だよ」


そう言うと将ノ佐は、自身の能力の一つ【誘眠】という強制的に対象を眠らせる能力を使う事にした。


香水の様な微香の香りが優畄の鼻腔をくすぐる。


「う……(ひ、ヒナ……)


万全な状態の優畄なら耐性も高いため効かない能力だが、今の衰弱した彼では争う事は難しい。


優畄はそのまま寝息をたてて寝入ってしまったのだ。


「…… おやすみ優畄君。今は戦いを忘れてゆっくり休んでよ」


ーー


その頃、別の次元の世界に飛ばされたヒナは、幾多の剣や槍がまるで墓標の様に突き立てられている草原の中央に佇んでいた。



「……こ、ここは……」


遠く離れた方からは、何者か達が争い合い剣と剣がぶつかり合う様な音が響いてくる。それと共にタンパク質が焼けた様な悪臭も漂ってくる。


剣の墓碑に気を取られていたヒナが周りを見れば、至る所から黒煙が上がっているのが分かった。


「優畄! 優畄は何処に?!」


辺りを見回しても優畄の姿は無い。しまいにヒナは優畄を探そうと状況確認もせずに駆け出してしまう。



「優畄! 優畄ォ!!」


優畄の名を叫びながら駆け回るヒナの姿は、今この剣の平原で1番目立つ存在だ。


そんな周りが見えていないヒナを、いつの間にか囲い込み、武器を構えた集団がせまる。


腰の高さ程の草を隠れ蓑にして、ヒナに襲い掛かってて来たのは、毛むくじゃらな獣人のファイターだった。


その数は6体、その6体が鋭い爪を伸ばしでそれぞれにタイミングをずらしてヒナに襲い掛かる。


そして狙うはヒナの手脚、その動きを封じて手篭めにしようというのだ。


性欲のはけに使うなら手足は要らないという鬼畜の所業、この獣人族の野獣共に人の道理は通らない。


だがそんな彼等の鬼畜の道理もヒナには通らない。



「私の邪魔をするなぁ〜!!」


彼等の接近に気付いていたヒナが、一瞬の閃光と共に襲い掛かってきた6人全員の手足を斬り飛ばしたのだ。



「グッガァ!……」


触らぬ神に祟りなし、今のヒナの状況は正にそれだろう。


無慈悲にも野盗共の手足を斬り飛ばしたヒナだが、今まで散々襲った相手に同じ様な事を繰り返していた連中だ、やられて文句を言う資格も価値もない正に因果応報だ。


ヒナは呻き声を上げる野盗共には目もくれず優畄を求めてまた剣の平原を走り回る。


優畄の事になると見境が無くなる彼女。


優畄を求めて彷徨い歩き3日程経っただろうか、ヒナの行く行く先には死体の山が積み重なっていた。その後も幾つものグループを、幾多の武器を纏った不成者達を退けながら優畄を求めて走り回っていた。


だがこのまま走り回っているよりも襲い掛かって来た者達に聞いた方が早いと、ヒナは襲撃者を待ち受ける事にした。


いつしか彼女は、近隣の有力者達に“剣の草原の雌修羅''と呼ばれる存在に成っていた。


そして遂には1000人からなる一個大隊までもが、ヒナを巡る争いに参戦して来たのだ。



「おいその女! なかなか強いではないか。我の情婦として取り立て……うぎゃ〜!!」


「お前が剣の平原で暴れているという女か?! 我と戦え! そして我の…… オワァァ〜!!」


「我こそはシダルベダルの覇王にしてこの世を統べる王となるカイザー.ソ…… グギャァア〜!!」


「我こそは……えっ?! ちょ、ちょっと待てぇ!!    ウギャアァ〜!」


出て来る者、敵対する者は情け容赦なく切り捨てていくヒナ。優畄を探すのを邪魔する者は彼女にとって例外なく敵なのだ。


いつしか“剣の草原の雌修羅''の名は近隣諸国にまで轟いていた。


そして遂にはこの付近で最強と名高いツヴァル族まで、ヒナ争奪戦に参戦して来たのだ。


ツヴァル族とは頭に巨大な一本角を持つ猪顔の獣人族だ。ステテギア帝国の主要民族でもある彼等はハルバートを主武器とし、その有り余るパワーに裏打ちされた一撃は脅威の一言だ。


特に族長であるピモ.モンテファンは、列国最強の戦士の呼び名高い猛将軍だ。そのピモがヒナの討伐に名乗りを上げたのだ。


「ふん! 剣の平原の雌修羅だか閃光の舞姫だか知らぬが、我がその者に敗北という名を教えてやろう! そして我の妻とするのだ!!」



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