第180話 別れ
【異星体パストミュール】に寄生されて苦しそうにうめき声を上げる優畄。
「優畄！ い、嫌ぁああッ！」
寄生体は優畄の精神にまで根を張り巡らせる事が出来る。それに光を餌に増殖するため【光化】も逆効果だ。このままほっておけば1時間と保たず、寄生体の触手が優畄の心臓にまで達するだろう。
そして遂に優畄は激痛から気を失ってしまう。
光は逆効果なためヒナには現状どうする事も出来ない。彼女に出来るのは優畄にしがみ付き、ただ取り乱す事だけだ。
これまで明確な危機は無かった2人、敵前とはいえヒナが、その初めての危機に取り乱してしまうのは仕方の無い事だろう。
「フム、そろそろ光の御子の分断に取り掛かるとするかのう」
権左郎の目的は光の御子の抹殺ではなく分断だ。ただでさえ厄介な光の御子が2人もいる。
優畄はもといヒナも侮れない力を有している。彼女1人ならば対応は出来る。だが2人が一緒と成ればそれは別だ。
幸い今はマリアの仕込みで優畄は行動不能だ。このチャンスを逃す手はない。
「カッカカカカ！ (しかし上手くいったものだ、この2人を引き離すためにかなりの消耗を覚悟したのじゃが…… 此度はマリアに感謝じゃな)
マリアと権左郎は同じ闇に組みする者同士だが、共闘している訳ではない。今回はたまたまマリアの気まぐれが良い方向に働いた、それだけの事なのだ。
それでもかの2人を追い詰める事が出来たのは事実。
権左郎は蹲る優畄と、取り乱し判断力が鈍っているヒナの2人に対して闇の衝撃波を放つ。
「グッ！」
「キャァ！」
その衝撃波に大した威力は無い。優畄とヒナを引き離すためのものだ、彼等にダメージは入らないだろう。
突然の衝撃波に反応出来ず吹き飛ばされ、権左郎の狙い通りに引き離されてしまった2人。
間を開ける事なく今度は、【ダークネス.バインド】と呼ばれる闇の縄が優畄達を空間に縛り付ける。
ヒナは縛られたその状態でも「優畄！ 優畄！」と10m隣で力なく縛られて項垂れる彼の事だけを心配している様子。
そして権左郎は事前に用意しておいた２つの世界に通じるゲートを彼等の背後に出現させた。
権左郎もマリア程ではないが、一度に２つほどならゲートを開く事が出来る。
片方は荒野広がる荒廃とした世界、滅びた文明のビルの様な遺跡が風化し苔に覆われた姿は虚無の極地だ。
そしてこの世界には、この世界を滅ぼす原因となった様々な細菌が独自の進化を遂げ、この世界の大気中に漂っている。
そのためこの世界は濃い霧の様なものに覆われており、その霧擬きを浴びたなら並の人間ならば5分と保たずに腐り果てるだろう。
そしてもう一つの世界は、様々な悪鬼が跋扈する修羅の世界。
この世界では戦いが全て。弱き者はあっという間に淘汰され、強き者だけが生きる事を許された生き地獄。
戦い続ける事しか生き延びる術はない。そんな過酷な世界だ。
片方は死しか残らない死の世界、そしてもう片方は戦いしか無い修羅の世界。そんな生き残るのも過酷な世界へ続くゲートが開き、まるでブラックホールの様に2人を飲み込んで行く。
このゲートは異世界への直通便だ。異世界へ道標を通せる万全な優畄なら抜け出すのは可能だが、現状の彼等では難しいだろう。
だが優畄達には絶体絶命的なこの状況で、2人の首にかけられたお揃いのネックレス【双星のペンタグラム】の加護が始動し、2人をゲート前の空間に押し留めたのだ。
千姫の加護も加わりネックレスの効果も半径100メートルに伸びている。それと共に千姫が仕掛けた球体形の結界魔法も作動して2人を包み込む。
「ヌッ！ その首輪は【双星のペンタグラム】か、そして仙狐の加護も働いている様子……」
一時期は仙狐の姫を欲していた時期もあったが、今は遊んでいる時ではない。ヒナも今はまだ取り乱して冷静さを欠いているこのチャンスを逃す手はない。
とはいえ【双星のペンタグラム】は、かつて魔王と勇者が愛し合い、互いを想い合い最後の戦いで相討ちに成った時に、2度と離れ離れになる事のない様にその魂を結合させた結晶を使ったアーティファクト。
その為、強力な力が宿る【双星のペンタグラム】の効果を打ち消す事は権左郎には不可能。現状で彼に出来る事は優畄達を空に縛り付け動きを封じる事それだけだ。
「…… マリアが面白半分に撒き散らした異世界のアーティファクト、良きにも悪きにも働くのが彼奴の気紛れという事か」
ならば消耗はするが、自らの手で仕留めようと権左郎が動こうとしたその時、突如の乱入者が【双星のペンタグラム】の効果を打ち消したのだ。
パキンと優畄が着けている方のネックレスが辺りに四散する。
「ヌッ！ 貴様は……」
「やあ、久しぶりだねお爺ちゃん。悪いけど優畄君は貰って行くよ」
突然現れた乱入者は優畄を攫うと、他に用はないとばかりにあっという間にワープで何処かに飛び去って行ってしまった。
「ゆ、優畄〜！！」
ヒナも彼の名を叫びながら無慈悲にも、背後のゲートに吸い込まれてしまう。
最後に一つだけ残ったゲートを閉じると権左郎は若い顔には合わない見事な顎髭を撫でながらため息を一つ溢す。
「将ノ佐か、マリアと同じイレギュラーな存在。今回はこちらに有利に事が動いたが、次はどうなる事やら……」
一先ずは狙い通り優畄とヒナの分断に成功したという事実に満足しその場から消え去る権左郎。
後には引き千切られたネックレスが物悲しそうに残っていた。
ーー
優畄達が権左郎との激戦に苦戦する一方、屋敷だった巨大な化け物とボーゲルの融合体【アバドン.クルル】(奈落の王)と戦うボブも1人苦戦を強いられていた。
その圧倒的な物量と圧力は巨大な暗黒の津波と成ってボブを押し潰す。至る所から生えた触手がボブの体に巻き付き交わす事すら難しい。
彼も巨大な竜巻を発生させて対抗するが、巨大な化け物は瞬時に再生してしまうため焼石に水状態。
それに黒い津波に紛れて攻めてくるボーゲルが、まるで忍者の様に神出鬼没で、どこから出てくるかまるで分からず厄介なのだ。
「シット！ 攻撃をしてもｫあっという間に再生するで〜ス、それに神出鬼没のｫ運転手がｧとてもとてもｫ邪魔で〜ス……」
珍しく汚い言葉まで出るボブ、津波を避けようとすればボーゲルが闇討ちをし、ボーゲルを警戒すれば今度は津波に押し潰され身動きを封じられる。
これまでに307回死んでいるボブは耐性が上がった事で簡単には死なない体になっている。
今のボブなら無重力で真空状態の宇宙空間でも、水深3000メートルの水圧でも生き残るかも知れない。
それでも既に2度程死んでいるボブ。彼とボーゲルのパワーバランスが変わるのにそんなに時間は掛からないだろう。
だがボーゲルの受けた命は、優畄達が相手なら消耗戦と権左郎へのサポート、ボブが相手の場合は彼の足止めが最優先なのだ。
(アバドンに紛れての不意打ちだが、この者を倒せるのなら手段は選ばぬ！)
死ぬ度に何度も蘇り、その度にパワーアップするボブを内心恐れているボーゲル。彼は本来の力と力の真っ向勝負を避け、プライドを捨てて【アバドンクルル】に紛れた不意打ちに徹するつもりなのだ。
じわじわとダメージを蓄積させてゆくボブ、そんな彼を上空から眺めながら何ともつまらなそうに眺める黒石将ノ佐。
「フゥ…… 優畄君達がここに到着している思ったけど、少し早過ぎたかな」
将ノ佐は苦戦しているボブにはまるで興味を示す事なく優畄の気配を探る。
「んっ！ この気配はお爺ちゃんと優畄君達のもの。なんだ近くに来ていたんじゃないか」
そして将ノ佐は最後にチラッとボブを一瞥すると、そのままワープで飛んで行ってしまった。
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