第178話 ソウルメイト


そんな訳で黒石将ノ佐と共に行動する事になったボブ。彼に助けてもらった手前、邪険に扱う訳にもいかない。


それにマーカス家の家訓[恩には恩を、仇には仇を]も、少なからずボブに影響を及ぼしている様だ。


(お婆ちゃん、武気味で地味なァ彼ですがァ、マーカス家のォ家訓のとおりにィ仲良くしてみま〜ス!)


黒石将ノ佐に対してかなり辛辣なボブ。死に敏感でそれを司る【ゾンビキング】の彼には仕方のない事なのだ。


仕方なく黒石将ノ佐と共に行動する事になったボブ。彼等が目指すのはもちろん黒石の屋敷だ。


「すでに優畄達が戦っているかも知れませ〜ン。急ぐで〜ス!」


「そうだね、僕も優畄が心配だ。早く行こう」


そう言うと黒石将ノ佐はボブに近付くと空間転移の能力を使う。


「ワッ?! な、何が起きたで〜ス?!」


何事が起きたかとボブが周りを見回す。


「驚かせたねごめん、僕が空間転移を使ったんだよ」


黒石将ノ佐の言う通り、ボブ達は黒石の屋敷の手前の日本庭園にワープして来ていたのだ。


「空間転移で〜スか! あれだけの距離を一瞬で、便利で〜ス! とてもとても便利で〜ス!!」


ボブが羨ましそうに黒石将ノ佐を見るが、彼はぶつくさと何やら独り言を言っている様だ。


「本当は屋敷の中にワープする予定だったけどな、マリアちゃんもちゃんと対策をしてるんだね。でもここは…… それにこの屋敷の風景も……」


1人呟きながら将ノ佐はなんの迷いも躊躇もなく屋敷にかかっていた幻覚の結果を消滅させたのだ。


ボブに相談もなく淡々と事を進めていく将ノ佐。彼はボブと会話のキャッチボールをするつもりはない。


ボブが優畄の友達だから助けただけで、この後彼が着いて来ようが離れて行こうがどうでもいいのだ。



「ワッ!? こ、これはどうゆう事で〜スか!?」


将ノ佐のいきなりの行動に驚きはしたが、ボブの眼前に有る景色に、それ以上の驚愕にボブは目を見開く。


なんとそれまで日本庭園としてボブの眼前にあった景色が、おどろおどろしい暗黒の地獄の様な景色に変わっているのだ。


屋敷の周りが草木一本もない荒野に変わり、綺麗に切り揃えられ手入れの行き届いていた植木の木々が、悍ましく畝り動く触手の束に代わった。


景観を形作っていた景石は、赤黒い血管が不気味に脈打つ暗黒のオブジェへと変わっていた。


色鮮やかな鯉が所狭しと泳いでいた池は、真っ赤な鮮血の池に変わり、人の手足を貪り喰らう人面の化け物達の憩いの場と化している。


そして悠久の時代を感じさせる威厳の有る黒石の屋敷は、幾多の悍ましい魔物の顔を有し、これまた幾多の触手や手脚が不気味に蠢く巨大な魔物へとその姿を変えていたのだ。


威厳があり壮大だった屋敷の真実の姿は絶望そのものだったのだ。



「…… オ〜ウジーザス…… 何て事で〜ス……」


便所の汲み取り口を思わせる不快な匂いに、辺りを侵食する暗黒の瘴気、この世に地獄が現れたかの様な景色に然しものボブも言葉を無くす。


「いつの頃からこの屋敷がこんなだったのかは分からないけど、まさに地獄だね」


そんな彼等の前に屋敷の化け物と一体化したボーゲルが現れた。グニグニと触手が至る所に絡まり同化し、鎧の様に彼の体を覆っている。どうやら彼を強化している様だ。


その様はまさに巨大な魔物を駆る暗黒の騎士といった装いだ。


「フン、光の御子を待って居れば現れたのが貴様とは…… ミミズ頭! 今度こそ貴様をチリも残さず葬ってくれる!」


暗黒の津波の様にボーゲルがボブ達に襲い狂う。


ーー


暗く時間の概念が無い暗黒の空間、その中を一筋の光を頼りに渡り行く者がいる。


黒く蠢く不気味で巨大な生物や、飛行機の残骸や謎の漂流物が漂うその世界では、肉体は意味を成さず精神体となっている彼。それでも止まる事なく彼は渡って行く。


時間の概念が無い為、1年にも100年にも感じるその世界は、彼を狂わせるにたる狂気に満ち満々ちた世界。


だが彼に迷いや恐れは無い、何故ならこの光の先には彼が求めてやまない存在があるからだ。


それに彼を導く光からは、勇気と彼を守る様な暖かな思いが伝わってくる。


だから彼は決して挫けない、怯えない。


例えいかなる困難が待ち構えていようとも、彼はこの光と共に突き進むのだ。


もしかしたら、彼が求めて止まない存在が消滅して居なくなっている可能性もある。存在を保てず全く違う別のものに変質してしまっている可能性もあるのだ。


永遠にも等しいこの世界で人格を保ったまま生き永らえる事は拷問にも勝る地獄だ。


それでも彼は進むのだ。一縷の望みに賭けて、この導きの光の先に必ず在ると信じて、大切な者を救うために。



更に感覚的に何十年、何百年の時を超えて彼にも見えて来た小さな恒星の様な輝き。


彼の体に力が蘇ってくる。そして最後の力を振り絞ってその光の元に辿り着いた康之助。



「…… やっと……やっと辿り着けた……」


震える手でその光の塊を優しく抱きしめる。すると光の塊だった物が少しずつ人の形を模りだす。


そして彼の腕に抱かれる様にして現れたのは、彼が求めて止まない存在、イーリスその人だ。


彼女の今の状態は精神体が進化した精霊体と云われる状態。悠久の時の中、自我を守る為に精霊へと進化をし、永久の眠りに着いていたのだ。


永久の眠り、外の世界では13年程だがこの世界では何十億年分の歳月が流れている。その長きに渡る孤独から自らの精神と自我を守る為に、永久の眠りにつく必要があったのだ。


精神体は歳を取らない。


まるで眠りの森の姫様を思わせるあの時と全く同じな彼女の寝姿。そんな彼女を目覚めさせるのは王子様からの目覚めの口付け。


それは偶然だった。


偶然にも彼女が永久の眠りにつく前に、眠りから目覚める為のトリガーが、康之助からのキスだったのだ。


康之助を助けてこの世界に1人残った彼女が、2度と彼に会う事が出来ない絶望の中で、それを望むのは当たり前の事だろう。


康之助が優しく彼女にキスをするとゆっくりとその瞼が開かれる。精神体のため直接触れる事は出来ないが、強い思いは伝わる。


「……ん………」


そして目を覚ました彼女がキョトンとした眼差しを彼に向ける。


「……ん……んん……」


笑顔のままに彼女を見つめ続ける康之助。


「…… えっ…… こ、康之助??」


「おはようお姫様…… 君を、迎えに来たんだ」


まだ状況が掴めていない彼女。はっきりとした記憶は思い出せないが、何故か彼の事だけは覚えていた。


これまで彼女の支えになっていたのだ、彼の存在を忘れる訳がない。そして少しづつ昔の、眠りに入る以前の事を思い出していく彼女。


「わ、私を助けるために…… ここに?」


彼女はこの世界がどうゆう世界か知っている。出口も光も無い虚無の果て。一度迷い込めば2度と戻る事は不可能、そうゆう世界なのだ。


だが彼はこんな世界に彼女を助けにやって来た。


「…… イーリス、君に会いたかった…… 」


「……康之助…… 私も、私も貴方に会いたかった!」


「もう離さない! 何があろうと決してこの手は、もう2度と離さない!」


「康之助……」


抱き合う2人、精神体なため直接触れ合う事は出来ないが、強い思いは伝わる。


優畄とヒナの様に魂で結ばれた2人。


優畄が導き作ってくれた光の導きはまだ残っている。帰るにはこれを辿れば問題ないだろう。


「俺の住む世界を君に見せたい。さあ行こうイーリス」


「ええ、行きましょう康之助」


帰りは精霊体と成ったイーリスの力で大した時間をかけず進めるだろう。


そして2人はこの暗黒世界の出口を目指して進み始めた。



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