第177話 殺人鬼

あれから3日、優畄とヒナの2人は失った体力を取り戻すため、あの廃寺で過ごしていた。


千姫の張った結界が予想以上に効果を持続させているため、下手に動く事なくこの場所で体力の回復を図る事にしたのだ。


食べ物は買い置きして置いたカップラーメンなどが残っており、千姫の結界のおかげか焚き火などの火灯りも外に漏れ出る事なく過ごせた。


黒石も刺客を放っても返り討ちに合う可能性の方が高いと、安全な本拠地で優畄達を待ち構える様だ。


厳しくなって来た冬の寒さも、全ての耐性が高い優畄達にはあまり影響が無かった。まあ寄り添い合う2人にはそれ以前の問題だった様だが。


朝霜が下り小鳥達がチュンチュンと越冬の準備をする中、優畄は自身の体の調子を確かめる。拳を振るってみても、蹴りを放ってみても何の問題もない、大丈夫そうだ。


「うん、だいぶ回復して来たね」


優畄の隣に立ち、回復の実感を分かち合う。この3日間、一時も優畄から離れたくないと常に彼の側にいたヒナ。


先の瑠璃との戦いと別れが彼女に多大な影響を及ぼしているのは間違いない。


見た目がしっかりに見えても、ヒナはこの世に生まれ出てから半年も経っていないのだ。それも致し方ないことだろう。


優畄もヒナから瑠璃との最後のやり取りを聞いている。出来る事ならもっと2人だけの安らぎの時を作ってやりたい。


だが、現状ではそれも難しい事なのだ。


彼等が背負う物は余りに大き過ぎる。16歳の彼等にはあまりにも過酷過ぎる。それでも止まる訳には行かないのだ。



「…… 別行動のボブ達が心配だ。そろそろ行動しようか」


そう優畄が言うとヒナは一瞬寂しそうな顔を見せたが、すぐさまその顔を笑顔に変えると「うん」と返事を返した。


ーー


その頃、ボーゲルの張った【次元幽閉】の結界に気付いたボブが、何とか結界から抜け出そうと奮闘していた。


「オ〜ウ! まるでェ歯が立ちませ〜ン……」


今から遡る事30分前、夜鶴姥童子を守れなかった事による自己喪失に陥っていた彼。


なんとか失意から立ち直り歩き出そうとしたボブが、見えない壁に「アウチ!」と頭を打つける事で、自身を遮ぎる次元の壁の存在に気付いた様子。



「ワッ? な、なんで〜スかこれは?!」


パントマイムの様に見えない壁に手を当てて出口がないか確かめて行くボブ。


そしてその状態のまま結界内を一周して、自身が10m四方の空間に閉じ込められている事に気付いた。


「オ〜ウ、シット! 出口がありませ〜ン……」


今まで感覚的に生きて来たボブ、結界などの難しい事は一切分からないが、自身が不思議な空間に閉じ込められている事実は分かる。


殴っても蹴ってもダメなら、今度は結界に話しかけてみたり、足下に落ちていた枝を拾って結界に絵を描いてみたりと色々試すが何の反応もない……。


結局2日間程この結界内に閉じ込められていたボブ。


「……何をしてもォ反応がありませ〜ン…… 仕方ないで〜ス、こうなればァ''果報は寝て待て''で〜ス」


何をしても出れそうもないのでボブは、知ったかぶりの日本語を吐き捨て、その場でふて寝をする事にした。


「……優畄達みながァ無事ならいいので〜スが……」


皆の心配をしつつ、ボブがふて寝をしながら地面に落ちていた枝で地面に何かの絵を描いていると、その背後から何者かの声が聞こえる。



「やあ、君は確か優畄の友達の……」



突然のその声にボブが振り向いて見ると、そこには何の変哲もない青年が立っていた。


まるで気配を感じなかったその青年に対して、ボブが警戒体制をとる。


10人居ればその10人が、彼の事を印象に残らないと認識するその極めて地味な見た目は、長年の引き篭もりによるものか、生来のものか、とにかく地味な青年。


だが、一見地味に見える彼だが、その彼が醸し出す気配は圧倒的で不気味の一言だ。


「…… あなたはァなに奴で〜スか?」


いつものフレンドリーなボブでもこの青年には警戒が先にくる。敵とも味方とも区別がつかないこの青年にボブは警戒しながらも直球な質問をして行く。


「ああ僕かい? 挨拶がまだだったね僕は黒石将ノ佐。優畄の自称友達だよ、よろしくね」


優畄の自称友達というその青年。


「…… オ〜ウ、優畄の友達で〜スか…… 」


優畄の友達とはいうが、やはりどうしても警戒心が抜けないボブ。


そんな自分を警戒するボブに気付いてか、青年の方も少し困惑気味だ。


「う〜ん、いきなり知り合いの知り合いて言われても信用出来ないよね」


長年の引き篭もり生活で人とコミニケーションをとるのが下手な彼は、ボブに信用してもらう為にある直球な提案をする事にした。


「じゃあ君をここから出してあげよう。そうすれば僕の事を信じてもらえるかな?」


「オ〜ウ! それは本当で〜スか?!」


余程この結界から出れるのが嬉しいのか、先程まで警戒していた青年に詰め寄るボブ。


「あ、ああ、この程度のこと簡単だよ」


馴れ馴れしくグイグイ来られる事に慣れてない彼、ちょっと戸惑い気味に返事を返す。


時空間移動で大きな力を感じ取り、その場所に向かっていた黒石将ノ佐。


当初は優畄達を探していた彼だったが、優畄達は体力を戻す為にあまり廃寺から動かずにいた。世の理の外に生きる彼でも、力を使わずに一所でじっとしている者を探すのは至難の業だ。


そんな中、結界を破ろうとフルパワーで暴れていたボブの気配を感じとった彼は、この場所にやって来たのだ。


ボブの気配は優畄達を覗き見ていた時に知っていた。優畄の友達という事で一先ず彼の元に寄り道をしたのだ。



「この程度の結界なら……」


そう言いながら黒石将ノ佐が結界に触れると、【次元幽閉】の結界に強い振動が走る。次の瞬間には結界は最初からそこに無かったかの様に消滅していた。


結界を破るには、その結界を形成する力以上の力を注がねばならない。それと共に結界全体に瞬時にその力を伝える技術も必要だ。


だが彼の場合は、結界の理に直接働きかける事で、結界そのものを初めから無かったかの様にかき消したのだ。その出鱈目振りは明らかだろう。


「…… オ〜ウ、やっと外に出る事ができま〜ス」


【次元幽閉】の結界から出れた事は嬉しいが、何故かどうしても黒石将ノ佐、彼への警戒心は解けないボブ。


ボブの第一印象による感は絶対的で、今までその感が外れた事は無かった。それは彼の能力【ゾンビキング】の能力の一つ【死神探査】(グリムリーパー. ディテクティヴ)によるもので、死に近しい人を感覚で教えてくれる能力だ。


その彼の感が、黒石将ノ佐は何かがヤバいと告げてくるのだ。


(…… 武気味で〜ス、まるで何十人もの人を平気で殺す殺人鬼の様な感覚で〜ス……)


10歳の頃、ボブは本国で''クリップ.マーダー''という10人を殺し、その足の爪を切り取る殺人鬼と対峙した事がある。



その時は【ゾンビキング】の能力に目覚めていたため彼のカポエイラで撃退に成功している。


その殺人鬼と黒石将ノ佐の感覚が何故か重なるのだ。


(それでもォ彼がァ私〜シを助けてくれたのはァ事実で〜ス。一先ずはァ彼の為人を見る事にしま〜ス)


黒石将ノ佐に対して警戒マックスなボブ。実は彼の感はあながち間違っては居ない。


実は黒石将ノ佐、彼はここに来るまでに6人の人格を殺している。前の人格達と合わせて述べ18人、その中には赤子の人格も有った。


自身の中の人格とはいえ何の抵抗も無く、赤子までも殺せる彼はもはや人ではないのかも知れない。


今は味方と言っている彼がもし敵に回った時、ボブは何をどうしても彼に勝てるビジョンが浮かばなかった。




 




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