第176話 邪魔で〜ス!


「邪魔で〜ス!!」


邪魔だとばかりに放ったボブの蹴りがボーゲルに迫る。今のボブの蹴りは下手な刀剣より斬れ貫ける、タイミングもカウンター気味でまともに喰らえばボーゲルとてタダでは済まないだろう。


だがボブの必殺の蹴りがボーゲルに届く前に、黒い靄の塊によって阻止されてしまったのだ。


その黒い靄が人の手の形を模る、そして信じられない事に、その手から【紫電砲】が放たれたのだ。


「グッ……」


「ほう、なかなかの威力だな。それにしてもお主のその回復力は…… なるほど、死の王の加護を得ておるのか。実に面白い」


上半身を消失してもあっという間に回復したボブに、手の形から頭の形に変わった霞が言う。


黒い靄が放った【紫電砲】は夜鶴姥童子の本来のものの数倍の威力。結界などの防御系の能力がないボブでは即死も真逃れない。


そして頭の形を模っていた靄が今度は人の形を模り、先程まで夜鶴姥童子と戦っていた権左の姿に変わったのだ。


先程まで相対していた夜鶴姥童子の姿はなく、彼の額には夜鶴姥童子の額に有った3本角があり、その存在を自己主張するかのようにエナメル質の輝きを放っている。


「ヤトバァ! ヤトバはァどこで〜スか!?」


ボブは権左郎なぞ気にも止めず辺りを見回し夜鶴姥童子の姿を探す。だが彼の姿はどこにも見られない。


「ヤトバァ〜! ヤトバァ〜!!」


「彼奴はもう居りはせん、ワシが喰らったからな」


ボブの叫びにそう言うとニタリと笑う権左郎。


「ノ〜ウゥ!! ウソで〜ス! ウソをつくなで〜ス!!」


ボブが高速回転から竜巻を体に纏うと、空高く舞い上がり、かかと押しと共にその竜巻を解き放つ。ド〜ン! という大気を揺るがす音と共にF6クラスの竜巻が空高く立ち上がり全てを破壊していく。



「カッカカカカ、凄まじい力じゃな。攻撃特化といったところじゃな。だが加護持ちは喰らっても我の力にはならぬ。ここでお主とはお別れじゃ」


全てを破壊する竜巻の中、何事もなかったかの様に空間に消えていく権左郎。


「待つで〜ス! 逃げるなで〜ス!!」


ボブの悲痛な叫びも空しく、竜巻の消滅と共に権左郎はこの場から去って行った。


しばし呆然と権左郎が消えた空を見ていたボブ、友だった夜鶴姥童子を救えなかった事でその場に跪き悔しそうに地面を殴る。


「……グッ、ま、また救えなかったで〜ス……わ、 私ァしは……」


鬼の里が襲撃された時、そして今回の戦いでも彼等鬼達を救う事が出来なかったボブ。その何方もかれの責任ではないのだが責任を感じてしまう。彼は何気に熱い男なのだ。


そんな彼を上空から見下ろしボーゲルは考える。


(…… この者は一体なんなのだ? 何度打ち倒してもその度に蘇りその強さも増していった。最初は蟻程度にしか見ていなかった此奴が、今では我を脅かす存在に成長している…… 危険だ、この事実は、この存在は我にとって、いや黒石にとっても脅威になる!)


何千年と生きてきた邪神イーボス.チェチェン、彼は戦闘特化の邪神だが長く生きた事で自身に対しての脅威を見抜く力がある。


彼はボブを自身の脅威と認めると、ボブを閉じ込めるように【次元幽閉】を展開させた。


「先程は鬼に破られたが今回は違う」


ボーゲルが残していった次元幽閉の結界は半径10mと狭いものだが、彼が使える最高レベルの特別製だ。狭い分だけ頑強さは折り紙付きなのだ。


夜鶴姥童子の様に一瞬で次元をも超越する程に攻撃力を高める技はボブにはない。


肉弾戦特化のボブにこの結界から自力で抜け出す事は不可能なのだ。


「その永遠の牢獄で朽ち果てるがいい。さらばだミミズ頭よ」


そう言い残すとボーゲルは、失意に暮れるボブを結界内に残して転移で去っていった。


ーー


一方、康之助を異次元の狭間に送り出しそこで力果て倒れてしまった優畄。あの後ヒナと共に後方へ退がる事にしたのだ。


予想以上の優畄の衰弱ぶりにこのまま進行は難しいと、今は以前に拠点にしていた廃寺に隠れている。


この廃寺には千姫が張った結界がまだ生きており、しばらくの間なら見つかる事はないだろう。



「優畄、もう少しで出来るからね」


ヒナが作っているのは即席の袋ラーメンだ。


拙い手付きで鍋を扱うヒナ、すでに目覚めている優畄だったが、まだ体力が戻っていないため満足に動けず気がきじゃない。


「悪いなヒナ、みんなやらせてしまって……」


「ううん大丈夫だよ。優畄の世話は私が見るからゆっくり休んでいて」


「…… うん、ありがとう」


何日かぶりの戦いも喧騒もないこの空間で、久しぶりの2人だけの時間を満喫するのだ。


優畄の今の状態は光の力を使い果たしたガス欠の状態。誰かに光の力を分け与えて貰えれば、動けるようになるのだがその対象が居ない。


ヒナも【双成.太極光】で8割の力を使い、その後も瑠璃達【黒真戯 】やマリアの分身体との連戦で限界間近だった。


そのため彼女から力を貰うわけにはいかない。まあ、このまま無理をせずに安静して居れば3日程で光の力も全開するため、彼等が行き詰まる訳ではない。


それに偶然ではあるが、マリアの置き土産の【異星体パストミュール】の発芽が抑えられているのは何気に大きい。


それでも気休め程度ではあるが。


「さあ、出来たよ」


「ありがとう、じゃあ食べようか」


出来た即席ラーメンを丼がないため鍋ごといただく。ヒナと交互にラーメンを啜っていると、不思議と2人の間に笑顔が溢れる。


ここまで本当に辛かった、辛い出来事が多すぎた。だからほんの少しの安らぎがあってもいいじゃないかと思う。



「絶対に生き残ろうね優畄」


「ああ、2人で生き残ろう」


ラーメンを啜りながら2人の未来を思う。また必ずこんな安らぎの時を作って見せると心に誓うのだ。


隙間風が吹き込む立冬の中、2人の夜はゆっくりと更けていった。


ーー


一方、桜子を帰すために優畄達と分かれた千姫とルナ。ここでもある分かれがあったようだ。


研究所で助けた桜子を地元にまで送り届けなければならない。その一方で戦いに残った者達の事も心配だ。そのため千姫とルナとで分かれて行動する事にしたのだ。


「ルナ、妾は優畄達の元に戻る。其方は桜子をしかりと送り届けるのだ、頼んだぞ」


戦いに向かない千姫とルナを逃すため、彼女達を送り出した優畄達。その彼等の気持ちは分かっているがそれでも戻ると決めた千姫。


「…… 千姫様は卑怯です…… 出来るなら私も残りたい、でも……」


ルナが新幹線の隣の座席で寝息を立てる桜子を見る。その彼女には攫われた後の記憶と優畄の記憶が無い。


もしかしたら目覚めた時に現状を把握出来ずにパニックを起こすかも知れないのだ。それに自分の今の力では優畄達の足手纏いになるだけだろう。


それ以前に過酷な戦いから彼女を離したい、そんな優畄達の思いも感じているのだ


「…… 分かりました。皆の思いに応えるためにも、私は彼女を無事に送り届けて来ます」


「うむ、頼んだぞ」


ルナとの分かれを告げると新幹線から飛び降り彼女達を見送る千姫。


新幹線が走り去るとそこには、先程までの笑顔とは違い決意に満ちた面持ちの彼女がいた。


「さあ優畄、ヒナ、ボブよ、妾も其方達の元に向かうぞえ!」











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る