第173話 お姉ちゃん


「……さあヒナ、私達の最後の戦いを始めましょう」


瑠璃が【闇寤ノ御子】戦で【闇寤ノ御子】が放った【黒槍】の数倍の大きさの【大黒天】を形成すると、ヒナ目掛けて放ってくる。


直径30m、長さ50mの圧倒的なまでに凝縮された闇は超引力と超回転を伴い、空間を地面を抉りながらヒナに迫ってくる。


超引力で引き寄せられるため回避は不可能。超回避を伴った【大黒天】をまともに受ければ、いくら【武装闘衣】を纏ったヒナでもただではすまない。


そこでヒナは今放てる全パワーを【光虎】一本に込めて、瑠璃の放った【大黒天】に合わせたのだ。


凄まじいまでの光と闇の力の激突に大気が振動し、大地が抉れ飛ぶ。


そして何とか相殺する事に成功したヒナだったが、彼女の握る【光虎】が限界を迎えたのだ。


これまで【光姫】と共にヒナを支えていてくれた愛刀【光虎】が、ボロボロと光の粒子となり崩れ去っていく。



「今までありがとうね【光虎】……」


【光虎】との別れも急に、黒刀【阿修羅】を抜いた瑠璃がヒナの眼前に迫ってくる。



キーーーン!


ヒナのもう一本ある刀【光姫】との打ち合いで甲高い音が響き渡る。


必死の形相で斬りかかって来る瑠璃、凄まじいまでの気迫と共に幾多もの剣閃が走りヒナを追い詰めて行く。


ずば抜けた剣の才能が有るヒナだが、瑠璃は彼女の前身であり彼女自身でも有る。彼女の剣術の才はヒナより上だ。


そして闇の力によるドーピングによって、現時点で身体能力でもヒナを凌駕している瑠璃。ここが勝負場だと己の全てをかけて向かって来る彼女。



「クッ! (凄まじいまでの剣圧! このままだと押し切られる……)


己の全てを燃やし尽くすかの様にヒナを攻め続ける瑠璃。


「ハアアアア〜!! (負けられない! この子にだけは負けられない)


マリアが瑠璃に施した闇の秘術には時間制限がある。爆発的に闇の力を得れる代わりに緩やかにその体が崩壊を始める諸刃の剣……


徐々に徐々に弱まっていく力でヒナと戦いながら瑠璃は優畄の事を思っていた。


どんなに望み頑張ったところで、死者である自分は彼の元には行けない。行くわけにはいかない。


あの日、あの時、彼を求めて手を伸ばした彼女は黒石陣斗の凶弾によって殺されて彼を失った。


だが、再びの再会が虚無だった彼女の心に、あの時の忘れ難い記憶を、思いを呼び覚ましたのだ。


生まれたてのヒナが親鳥を求める様に彼女が差し出した手は彼には届かなかった。だが、彼は彼女に新たな記憶と名前をくれた。


そんな彼には、新しい自分にそっくりな相棒が寄り添い、永遠の絆で結ばれて彼を支えている。


狂おしいほどの嫉妬の激情が彼女を襲った。今までに感じた事のない感情に戸惑いながらも、何故かあの2人の事を思う時が1番幸せな時間だった。


あの時彼にこの手が届いて居れば彼に寄り添い立つ、そんな選択肢も有ったのかも知れない。


だけど、この手は彼には届かなかった……



更に瑠璃のスピードが落ちてきて、先程までの勢いがなくなってくる。


あの【大黒天】を放った時点で弱体化が始まっていた瑠璃。その時点で負けると分かっていたのだ。


それでも意地がある。彼女より早く優畄の授皇人形として生まれた事への意地が。


限界を迎えた彼女の体は細胞を維持出来なくなり、身体の至る所から血が滴り落ち崩れ落ちていく。


指が手が遠心力で千切れ落ち、綺麗だった白髪が抜け落ちる。それでも彼女は刀を離さず刀を振るうのを止めようとしない。



「…… る、瑠璃……」


そんな瑠璃の姿に自然とヒナの頬を涙が伝う。


優畄から聞いていた自身のお姉さんの様な存在、初めて会った時は優畄を取られるんじゃないかと敵対心を抱いていた。


だが彼女は死人で優畄の側には居れない。そんな悲痛な思いは、側で2人を見ていたヒナにも伝わっていた。


優畄の側に居たいのに居れない。それがどれだけ辛く悲しい事か。それでも瑠璃には優畄の側に居ると云う選択肢は無かったのだ。


今ではただ立っているのがやっとの状態の瑠璃。ヒナは瑠璃の尊厳を傷付け無い為に、最後まで彼女を敵として扱いその胸を刀で貫いたのだ。


ヒナが刀を抜くと力なくその場に崩れ落ちて行く瑠璃の体。



「…… ひ、ヒナ…… あの人を……おね……が……」


崩れ落ちて行く間に瑠璃が最後の言葉をヒナに残す。


バチャという音と共に倒れ伏す瑠璃。もはや彼女の原型はなく、潰れたハンバーグの様な瑠璃の亡骸を浄化の火で焼き払うヒナ。


ヒナは彼女の形見の黒刀【阿修羅】を手に取ると、涙を拭う。


「…… さよなら、お姉ちゃん…… 優畄の事は私に任せて……」


そして最後に瑠璃に別れの言葉を残すヒナ。



「……優畄、今行くからね!」


そして姉から託された優畄の元に駆けて行った。


ーー 


優畄は夢を見ていた。


自身が生きて来たこれまでの出来事を、まるで走馬灯の様に見ているのだ。


ちょっとした里帰りのつもりが意味の分からない力に目覚め、ヒナという大切な人とも巡り会えた。


幾多の死闘を共に生き抜き、気付いて見れば黒石と争っている自分達がいる。


光の御子として受け継がれし意思と力は彼の存在を超越者へと引き上げ、彼を新たな境地へと導いた。


かつて共に戦った仲間や敵は、優畄達との戦いの果てに散っていった。


彼等の屍を乗り越えて彼はここまで来たのだ。


だが、今彼は力なくこの場に倒れ伏しており、そんな彼の隣には不気味な少女が佇んでいた。


その少女は自身にそっくりな人形を抱き、微笑みながら彼を見下ろしている。


「…… あら優畄兄様、こんな所に寝転んでどうしたのかしら?」


『ギギ……ギギギ………」


「そうね、丁度誰も居ないからこのまま貰って行きましょうか?」


『ギ……ギギ……』


少女が抱く人形の手の指が細い枯れ木の様に伸びて行き、起きる気配のない優畄に絡み付く。そして軽々と優畄の体を持ち上げたのだ。


「康之助兄様を異空間に送った影響で力尽きてしまったようね。光の御子の体は、いろいろと弄り甲斐がありそうね」


少女が嬉しそうに笑い優畄の体を異空間に保存しようと、何もない空間にゲートを開く。


そして細い枯れ木の様な指が優畄の体を異空間に入れようとしたその時、白い閃光が走り枯れ木の様な細指を切り裂いた。


『グギギ! ギギ……ギギギ!』


「痛えなこの野郎!」といった感じに人形が膨れ上がり、体中に紫色の血管が浮き上がる。


その例えるならボディビルダーの様な状態の怒り狂った人形とは裏腹に、少女の方は至って冷静に微笑みを湛えたまま突然の乱入者のヒナを見ていた。


「あら、貴方がここに居るという事は瑠璃は負けたという事かしら。意思を持ち、人に成って貴方達と共に生きる事に憧れていた様だけど、フフフッ、最後が潰れたハンバーグじゃあ救われないわね」


女の子がそう言い終わるや否や、無言のままにヒナは、女の子と人形を横薙ぎに真っ二つに斬り裂いたのだ。



「あら痛いわ。貴方、酷い事をするのね……」


真っ二つにされたにも関わらず、死ぬどころかダメージを受けた様子がない女の子と人形。


「…… 黙れ!」


そんな彼女達を一瞬で駒千切れに斬り刻むと、浄化の光を放ち破片も残さず焼き払うヒナ。


跡形もなく消滅した女の子と人形、ヒナは倒れたままの優畄に抱き付いた。


「優畄…… よかった……」


2人の他には誰も居ない。戦いで荒野と成ったその場所で抱き合ったまま、しばらくの間2人はそうしていた。






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