第172話 【黒真戯 】


彼女を、イーリスを助けられるのは彼等を次元に幽閉したマリアのみ。まだ生きているかどうかすら分からない者のために康之助は戦い続けるのだ。


「…… だから悪いな優畄、俺は引く訳には行かないんだ」


そして再びの戦闘態勢に入る康之助、彼の右腕から放たれる輻射熱が跳ね上がる。


優畄を目指し駆け出す康之助、だが何故か優畄からは戦いの意志が見られない。


「どうゆうつもりだ優畄?! もはや俺達は後には退けないんだ!」


動かない優畄に康之助が斬り掛かって行く。だが優畄の首筋1cmの所でその攻撃を止めた。


何故なら優畄の体には意思が無く、ただ佇むだけの人形の様な状態だったからだ。


「…… こ、これは一体どうゆう……」


彼が更に調べようと優畄に手を伸ばした時、今度は突然としてその目が見開かれたのだ。


「ぬっ!」


「ハハハッ、康之助さん見つけました!」


突然に優畄が歓喜と共に康之助の肩を掴む。


「み、見つけた?」


最初は優畄の言っている事の意味が分からなかった康之助だったが、ハッとした様にその目を見開く。


「ま、まさかお前……」


「はい。康之助さんとイーリスさんは同じ太陽神の巫女と御子、貴方達の強い繋がりは今でも途切れてはいません。それを辿らせてもらいました」


そう、優畄は康之助とイーリスが自分とヒナの様な強い絆で結ばれている事を感じた優畄は、その反応の元へ自身の意思を送っていたのだ。


この能力は【水娘】(スイコ)と呼ばれる美しい水の精の力【伝心】と、【慈喜大綱】(ジキタイコウ)の【冥界渡り】と云う能力を合わせて、自身の【光化】を合わせて作り出した【冥界巡り】と云う能力。


自身の精神を次元や距離の際限なく送る能力で、優さんも初の試みだったため失敗する可能性も有ったのだが、何とか成功した様だ。


ただ精神を解き放っている間は完全に無防備な状態になるため、その間の本体の安全を確保しておかなければならない。


今回は康之助に全てを委ねての試みだ。もしあのまま彼が攻撃していたならば、優畄は死んでいただろう。


だが康之助は刃を止めてくれた、彼と過ごした期間は短かったが、彼ならそうしてくれると信じて能力を使ったのだ。


「優畄…… お前って奴は……」


光の御子として助ける事が出来る者がいたなら助けたい。そして自分にはそれを可能にするだけの力がある。


ならば躊躇は無い、自分に出来る事をするだけだ。


「康之助さん、イーリスさんはまだ存在しています。そして彼女の元までの道筋は作りました。後は貴方が彼女を助け出すだけです」


優畄の言う通り空間にゲートが開き、次元を超越した道筋が遥か彼方の異空間まで繋がっている。


今の康之助なら彼女を助け出し、再びゲートを開く事が出来る。



「…… こ、このゲートは長くは保ちません。早く彼女のもとへ!」


優畄の言う通り徐々に閉じ行くゲートを前に康之助が最後に優畄に礼を言う。



「優畄、この借りは必ず返す。俺が戻るまで何が有っても死ぬなよ」


そして康之助はイーリスが囚われている異次元へ向かう為にゲートを潜り抜けたのだ。


彼が消えると共に力なくその場に倒れ込む優畄。先の戦いで使った【双成.太極光】と今回の【冥界巡り】とで力を使い果たしてしまったのだ。


「…… こ、康之助さん、貴方なら必ずやり遂げられる……」


そして優畄はそのまま意識を失ってしまった。


ーー


優畄が康之助と戦う一方、ヒナは【黒真戯 】(クロマギ)との、瑠璃との決着をつけるため彼女達と戦っていた。


まるで忍者の様に影の中を自由に移動して、突如背後から奇襲を仕掛ける。ヒナを倒す為になりふり構ってられない彼女達。


黒石の闇の流入でそれぞれが強化されている為、【黒真戯 】の全員が闇の力を使える様に成っている。


影から奇襲の【黒槍】がヒナに迫る。【黒槍】には受けた者に精神汚染やスピードダウンなどのバッドステータスが付くレバフが乗っており、かすっただけでもパワーダウン必至な【黒槍】を光の斬撃で相殺していく。


【黒真戯 】達の能力自体も跳ね上がっており、【黒槍】を交わされても構わずに特攻して来る彼女達。


ヒナも少しでも当たればレバフによる戦力ダウンがあるため、基本は回避からの【閃光斬】で一体づつ確実に仕留めていく。


極度な闇の流入で一度は死んでいる体が保たず、少しずつ崩壊をはじめるその体。最初30人はいた【黒真戯 】も今では10人をきっている。


この特攻の先に有るのはヒナによる明確な死だ。それでも、いくら交わされ様とも彼女達はその行為をやめない。


彼女達には自我は無いと思われている。ただ命令に従うだけの操り人形と。それでも有る目的の為に彼女達は動いていた。


それは“我等のリーダーの為に''と云う強い思いだ。


【黒真戯 】として生まれ変わり、最初真っ白で虚無の何も無い人形だった彼女達。命令されれば命すら簡単に投げ出す、捨て駒の様な扱いにも何の疑問も抱かなかった。


そんな中、最初に自我に目覚めた彼女達のリーダーは何かと彼女達の身を案じ、彼女達の犠牲が少なく住む様に奔走してくれた。


彼女達が控える物置の様な真っ暗な倉庫の中で、ただ佇み待機しているだけだった彼女達。中には心細くなりガタガタと震え出す者もいた。そんな時にも優しく抱擁して慰め、1人1人を労ってくれたリーダーの瑠璃。


そんな彼女の虚無だった心に瑠璃へ対しての忠誠心の様なものが芽生え始め、彼女達の間に広がっていった。


「我等の命はリーダーの為にある」いつしか彼女達の中で絶対的な存在になっていた瑠璃。彼女の為なら喜んで死のう。


最後の戦いの前に瑠璃が皆にお願いしたのは命を賭けての特攻。


どっちみち最後の砦を任された時点で死は確実だったのだ。ならば大好きなリーダーの為にこの命を使おうと彼女達が思うのは必然の事。


戦力ではヒナの足元にも及ばない彼女達だが、死ぬ事で彼女の力になるのなら本望なのだ。


ヒナも部下ばかりに攻めさせ、一向に攻めてこない瑠璃に不信の目を向ける。


それでも動く事のない瑠璃。



「…… (…… 皆…… ありがとう、そしてごめん……)


「特攻せよ!」その非情の命令を出した瑠奈、1人、また1人と倒れて行く仲間を悲しそうに見つめている。



瑠璃はマリアに言われた事を思い出す。「「貴方の体にある仕掛けを施したわ。それは貴方以外の【黒真戯 】が全滅した際に発動する仕掛け。いい、その間は決して動いてはダメよ。貴方は仲間が1人、また1人と倒れて行くのを見ながらその時を待つの。」」


この砦の任に就く前にマリアに言われたある作戦。


マリアは瑠璃が優畄の元から戻った際に自我に目覚めている事を知っていた。瑠璃と【黒真戯 】達の関係も全て把握済みだ。


そしてマリアは瑠璃にとって1番非情で最悪な命令を下したのだ。



「……り、リーダー……後は頼みます……」


そして彼女以外の最後の【黒真戯 】が倒れたその時、それは起こった。


倒れ散って行った彼女達の闇が瑠璃1人にに集まって行く、闇は闇の渦となり彼女を巻き込むと巨大な竜巻の様に膨れ上がった。


凄まじいまでの闇の激流、命を貪る邪悪で巨大な闇の魔獣が解き放たれた様な衝撃。


ヒナは理解した。この力は優畄や自分の光の力と正反対、触れる物全ての生命を貪る禁断の力だと云う事を。


彼女もあまりの闇の激流に後方に退がる。


そして闇が晴れるとそこには、漆黒の鎧を纏った瑠奈が目から血の涙を流しながら佇んでいたのだ。



「…… さあヒナ、私達の最後の戦いを始めましょう」












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