第169話【夢芝居】


自身にトラウマを植え付けた相手を睨みながらルナが構える。彼女の構えはボブから教わったもので、空手と拳法など様々な格闘技の良いところだけを集めたものだ。


「クソがぁ! この私に逆らう事の愚かさを教えてやる!」


激昂し体を金属に変えた黒石晶が殴りかかってくる。


ルナの戦い方は千姫から教わった結界術を使った物だが、この黒石晶には【結界破り】結界は意味をなさない。


だがそれでも彼女はその結界術を使うつもりだ。


晶の突進に合わせて奴を結界に閉じ込める。だがやはり晶は簡単にルナの結界を破ってしまう。


「無駄だ、結界なぞで私を抑える事は……


晶が最後まで言葉を発する前に、いつの間にか彼の背後に移動していたルナがボブ直伝の同回し蹴りを放っていたのだ。


「グオッ!」


優畄達とのリンクで力が流入し強くなっていたルナの蹴りを受けて晶が吹き飛ばされる。


そう、簡単に解除出来る結界を囮にして簡単な幻術で晶の気を引き、彼の背後に回り込んでいたのだ。


「ガ…… き、貴様!」


【金属変化】を主体に戦う晶は基本動きが遅い。それは防御寄りの能力故仕方のない事だが、自身より動きの速い者や攻撃力の高い者には苦戦は必至。


ルナは晶に結界を張る事でその結界を解除させ、その隙を突いて攻撃していく。


今のルナならスピードもパワーも晶より上だ、その為この様な戦法も取れる。


一度結界を解除せずに様子を見ようとした晶だったが、その密閉空間に火炎を放たれ慌てて結界を破って飛び出して来たのだ。


それからは完全に彼女のペースだった。


「グヌヌヌッ…… (な、何でコイツがこんな動きをするんだ?! 僕といた時は何の役にも立たないただの人形だったのに……)


なんとか晶も反撃に出ようとするが、スピードで圧倒的に勝るルナの動きについて行けない。


ルナもあえて強固な結界を使わずに晶を弱らせ追い詰めて行く。


そして何度目かの攻撃を受けた晶の変化が解けたのだ。そしてーー


「も、もう私は変化出来ない…… た、頼むから許して……」


ルナに勝てないと悟った晶が命乞いをして来たのだ。


「……」


そんな晶に近いて行くとルナは、それまで使わなかった【武装闘衣】を纏い彼の前に立った。


「あっ、ああ………」


以前とは別の存在へと進化したルナに戦慄を覚える晶、もう彼女は自分の授皇人形だったあの時とはまるで違うのだと悟ったのだ。


「……私は以前の私じゃあない、貴方のおかげで優畄達に出会えた、だから今回は見逃してあげる。もう2度と私達の前に現れないで!」


なんとルナは晶を見逃すと言うのだ。


晶とはトラウマな思い出しか無いが、彼のおかげでこの世に生まれる事が出来た、優畄達に出会う事が出来た。


本当は殺したい程に憎い相手だ、だがそれでも今回だけは見逃す事にしたのだ。


晶を見逃す事にしたルナだったが、黒石の闇に染まりし者に人の情は通らない。


(……見逃す? 人形如きがこの僕に情けをかけると言うのか!? ば、馬鹿にしやがって!)


ダメージと疲労で全身を金属変化させる事は出来ないが、体の部分部分を変化させる事なら出来る。


ちょうどルナはいま【武装闘衣】を解き、優畄達の元に戻ろうと晶に背中を向けている状態。背後から襲うには絶好のチャンスだ。


晶に躊躇はなかった。彼は右腕だけ金属に変化させると彼女の背中に手刀を放ったのだ。


「ケヒッ! 僕を馬鹿にした報いだ! 死ねぇ!!」


急襲は成功したかに見えた、だが目の前に居たはずのルナの姿が無くなっている。


「えっ?」


突然に目の前から消えたのだ、晶が驚愕するのは当たり前だろう。


「…… 馬鹿な人。せっかく見逃してあげようと思ったのに」


背後からする声に晶が振り向いて見れば、いつの間に移動したのかルナが佇んでおり、哀れみを込めた視線を彼に向けている。


彼女なりの最後の慈悲を無碍にした晶。そんな彼をルナが、今まで見た事の無い白いクリスタルの様な結界で覆い囲む。


「何のつもりだ? 私に結界が効かない事は知っているはず」


いつものように晶が結界を破ろうとするがまるでびくともしない。


「なっ!? な、ならば【結界崩壊術.九楽】で……」


晶が自身が使える最強の結界破りの術を放つが、それでも結界が破られる事は無かった。


「ば、馬鹿なぁ!?」


「無駄よ、その結界は【光満結界】(ホーリーワールド)、黒石の力を使う者には絶対に解く事が出来ない結界よ」


そうこのホーリーワールドは対黒石の光の力でのみ組み立てたてられた結界で、黒石の闇を浄化し、その能力を無効化する千姫と共に作ったルナオリジナルの結界なのだ。


対黒石に特化させているため、余程に力のある者以外は完全にシャットアウトする。そのため黒石の闇を使う者には天敵といえる結界なのだ。


いくら能力を使おうと晶はこの結果から出る事は出来ない。そして徐々にでは有るが、結界内の温度が上がっていく。


「その結界の内部は闇の力に反応し浄化の火をはなちます。そして闇の度合いが濃い程に浄化の火は強まり、結界内の温度が最終的には1200度の高温に達するでしょう」


黒ければ黒い程に炎が勢いを増し身を焦がす。


「!」


ルナの説明に戦慄を覚えた晶は必死に結界から出ようと結界を殴り続ける。皮が削げ骨が出ようとその行為を続ける晶。


徐々に自身を焼いていく浄化の火、黒石晶が死ぬのにかかったのはおよそ5分。


まあ、闇に染まりさえしなければ死ぬ事のない術なのだ。彼の魂も浄化され2度とルナの前に現れる事はないだろう。


ルナが優畄達の元に戻る。


「ルナ、ご苦労様」


「頑張ったねルナ」


「……うん、私、頑張ったよ……」


2人の胸に飛び込み大声で泣き出したルナ。彼女にも晶とリンクが繋がっていた時期もあるのだ。自身にトラウマを植え付けた相手とはいえ、少しは思う所があったのだろう。


ルナが泣き止むのを待ってから研究所の方に歩き出す優畄達。


優畄の後ろを黙って歩くヒナ。


本来なら直ぐにでも駆け付けたかっただろう優畄の心情を思うと胸が張り裂けそうになる。


優畄にとって今では、桜子より共に寄り添いあって来た仲間の方が大切だ。


それが分かるだけに余計に切ないのだ。


研究所の前まで来ると囮に出された民間人が皆眠り込その場に倒れていた。倒れている民間人に怪我などを負っている者は無さそうだ。


そして桜子の前まで来ると優畄は、スヤスヤと眠る彼女の頬にそっと手を添えた。



「ごめんな桜子、君を巻き込んでしまった……」


優畄は桜子をお姫様抱っこの形で抱き上げると、千姫の元に向かい彼女に有る頼みをした。


「……本当に良いのか優畄、この者の記憶を消せばニ度と其方の事を思い出す事はないのだぞ?」


「…… もう彼女を巻き込みたくない。お願いします」


生きる道が違ってしまった。2度と彼女と優畄の人生が交わる事の無い様に、彼女の中に有る優畄に対する全ての記憶を消してもらう事にしたのだ。


千姫の能力の一つ【夢芝居】は、選んだ対処の記憶の一部、彼女が言霊を込めた物や人物の名前、それらに連なる記憶を消す事が出来るのだ。


「分かった、この者から優畄に関しての全ての記憶を消そう…… 」



彼女は夢を見ていた、幼い頃に幼馴染だった男の子におぶられて夕日の河川敷を歩いた時の夢。


あの時は川で転んで痛めた足を気遣って男の子がおぶってくれた。


「優ちゃん、ありがとう……」


「ヘヘッ、どういたしまして」


少女が礼を言うとそう返して来た男の子。


「つ、疲れたろ? 家に帰るまで寝ていろよ」


「う、うん、おやすみなさい」


その時彼女はその男の子の事が好きになったのだ。


夢見心地の中、あの時と同じ様に同じ男の子におぶられて揺られていると、何とも気持ちの良い気分になる。


「…… う、ううん、優ちゃん……」


「おやすみ桜子……」


「……うん……おやすみなさい……」


次に目を覚ました時には彼に関しての全てを忘れているだろう彼女は、幼き日の様に男の子の背中で心地良さそうに寝息を立てるのだ。







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