第170話 過去


あの後桜子を千姫とルナに頼んで最寄りの駅にまで送ってもらった。最後に見た気持ち良さそうに眠る彼女の面影を忘れる事はないだろう。


かつて桜子は優畄にとっての全てだった。だが黒石への里帰りが彼等の未来を分かってしまったのだ。


それから紆余曲折をえてヒナに出会い今の仲間達とも出会えた。もう振り返らないと優畄は決めている。


「…… これでよかったんだ、これで……」


自分を納得させる様に何度も呟く優畄。


そんな彼の手をいつもの様に握るヒナ。2人に言葉はないけど気持ちは伝わる。


そんな彼女の手を優畄も強く握り返す。


「行こうヒナ」


「ええ、行こう」


最後の決着をつけるため黒石の屋敷へ向けて歩き出した。そして簡素な作りの砦に辿り着いた2人。



「よお、久しぶりだな2人共。元気にしていたか?」


「お久しぶりです康之助さん……」


「……康之助さん……」


そんな彼等の前に立ち塞がるのは、太陽神の加護を持つ黒石最強の男、黒石康之助だ。


優畄にとってはまるで肉親の様に、黒石に来て初めて優しく面倒を見てくれた人物。これからこの人と戦わなければならないのだ。


そしてその隣には【黒真戯 】の瑠璃の姿が有る。その彼女が「貴方の相手は私よ!」とばかりに敵意の視線をヒナに向ける。


「瑠璃……」


そんな彼女にヒナも負けじと鋭い視線を返す。


自分より先に優畄の授皇人形として生まれた彼女、ヒナにとっては先輩でありライバルでもあり、もう1人の自分でもある。


彼女との因縁は決着を付けなくてはならないと心のどこかで思っていた。


もはや彼等を説得して戦いを回避する事は不可能。康之助と瑠璃は黒石への最後の門。眼前の敵を討つために2人は戦闘態勢に入ったのだ。


「【武体琰滅陣】!」


康之助の右腕が刀の様に変化して刀身が白く発光し出す。


「俺達は黒石への最後の門だ、本丸に行きたければ俺達を倒す以外に道はない。さあ初めようか」


康之助のその言葉を皮切りに優畄と康之助、ヒナと瑠璃、【黒真戯 】の2つに分かれて激しい戦いの幕が切って落とされた。


優畄と康之助が他の者に被害が及ばない様にその場から大きく飛び退く。


そして優畄が【武装闘衣】を纏うと共に、【次元融合】で2人を隔離した。


「これで気兼ねなく戦える」


「ありがとよ、これで本気が出せるぜ!」


対峙していた2人が5m程のを開けて飛び退く。そして康之助の右腕の温度が跳ね上がる。


「一閃、【天照晶廻斬】!」


康之助の右腕から太陽を思わせる光が斬撃と成って放たれる。太陽の表面温度に迫る超高温の斬撃が優畄に向けて放たれる。



「【次元遮断】!」


初手からの大技に優畄は次元を遮断する事によって康之助の必殺の一撃を交わす。


「やはり一筋縄じゃいかねえか(今のでで終わっていてくれれば……)


この戦いを長引かせたくはない。痛みもなく一瞬で終わらせようと思ったが、予想以上の優畄の強さに考えを改めて優畄の接近戦に備えて後方に飛び退く康之助。


そんな彼に先程のお返しとばかりに、今度は優畄が対刹那戦で放った【神閃】を放つ。あの時の10倍の威力の光線が優畄の指先から放たれた。


「ケリャァァ〜!!」


康之助は【神閃】を避けきれないと見るや、【神閃】に斬撃を合わせて超高密度の光線を斬り裂いたのだ。


だがその次の瞬間には、目の前まで優畄が迫っていた。【神閃】はただの囮で接近戦に持ち込むための布石。


アルダーに進化していた刹那達を一瞬で消滅させた優畄の神速ラッシュだったが、何と康之助はいつの間にか【武装闘衣】を纏っており、両手を武器に変えてその全ての攻撃に対応してみせたのだ。


「!」


「ナメるな! 【寿生落日】(ジュセイラクジツ)!」


まるで太陽の如き巨大な火球が放たれる。4000度に迫るこの火球はいわば小さな太陽。わずか1m程の間からノーモーションで放たれた直径数mの火球が直撃するのに要する時間は0.07秒。


だが火球が当たる刹那に優畄は、自身の体を一瞬だけ光に変える能力【光化】に目覚めたのだ。

 

いつの間にか自身の背後に立つ優畄に康之助は密かに冷や汗を流した。


超至近距離からの攻撃だったため【次元遮断】を使う間もなく、火球が聖属性なため【幽体変化】も使えない。


そこで優畄は【幽体変化】の要領で自身の体を光の粒子に変えて高速で動く事によって火球の直撃を避けたのだ。


優畄はいわば光の集合体、今の彼のポテンシャルならばそれも可能。


父が残してくれた形見の【幽体変化】は、こんな形でも優畄を助けてくれたのだ。


まあ優畄としては賭けの度合いも高かったのだが、上手くいってホッと胸を撫で下ろす。



「…… こいつを交わすか…… 全くもって化け物だな」


「康之助さんこそ、俺はついて行くのでやっとですよ。それにその姿は……」


康之助が纏う【武装闘衣】にどうゆう事かと推測の視線を向ける。


「フフッ、コイツか? この鎧は俺がある世界で太陽神の勇者をしていた時の名残だ」


「太陽神の勇者!?」


「俺はかつてグリドスフィアという世界に黒石の使者として暮らしていた時がある。最初にその地を訪れたのは俺が16〜17歳の若造の時の話しだ」


当時を懐かしむ様に話をする康之助。今の彼に敵意は感じられない。


「そ、それって……」


「ああ、俗に云う異世界転移ってヤツだ。まあ俺の場合はマリアの奴に強引に送られたんだがな……」


そして康之助は自身の過去を話し出した。


当時からマリアの強引さは健在で、康之助も逆らってはよくあの人形に半殺しにされていた。


その頃の彼は、目覚めた能力を利用してボクシングの世界にどっぷりとハマっていた。当時のアマチュア戦績は32勝0敗30koと黒石の能力にモノを言わせて破竹の勢いで勝ちまくっていた康之助。


黒石の力は人外の領域だ、ボクシングをしているとはいえ、ただの人が康之助に勝てるわけもなく、有頂天になり彼は勘違いをしていたのだ。


「このままボクシングを続けていれば、俺は世界チャンピオンにだってなれる!」


丁度そんな時にマリアによって異世界へ送られたのだ、康之助の不満が爆発してもおかしくはない。


ボクシングに熱中し黒石の仕事を蔑ろにした罰としての異世界転移。


自暴自棄になった康之助は異世界に住む人々に八つ当たりをした。


当時の彼の授皇人形のハルカと共にオルトロスの傭兵団と呼ばれるレジスタンスを作り、反政府活動でその世界では大規模な討伐隊を組まれる程に悪名を轟かせていたのだ。


一騎当千の2人はいつの間にか彼等の部下になっていた30名程の獣人種を率いり、幾多の討伐隊を蹴散らしその悪名を轟かせる。


そんな彼等の元にその国最強の騎士団として名高い【暁騎士団】が討伐隊として派遣された。


当時の彼等がいた地域は神聖カロニア興国という太陽神アーテミスを信仰するこの世界で最大の宗教色の強い国だ。


選民意識が強い国で、人間種を頂点にした格差社会を形成していた。


そのため康之助の傭兵団には国で迫害に合っていた人間種以外の、奴隷の様な扱いをされていた獣人種が多い。兄貴肌の康之助がほって置けずに、自らを自らの庇護下に入れたのだ。


そのためこの国の最高機関である教会が動くのは必然だった。


その国で太陽神の生まれ変わりと呼ばれ、その巫女を務めるイーリスという女性が体長の騎士団。


荒事には向かない美しい見た目の彼女。【暁の騎士(ソレイユ.ルヴァン)】としても有名な彼女は、康之助を一騎討ちの末に打ち負かす程の強さを持っていた。


だが2人の激闘で亀裂の入っていた地盤が崩壊してしまい、奈落と呼ばれる谷底に2人共々落ちてしまうという不運に見舞われる。


谷底に落ちはしたが底が川だったため辛くも命拾いをした2人は、しばしの不戦協定を結び共に協力し合い、奈落からの脱出を試みる事にしたのだ。




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