第166話 【双成.太極光】


「な、なんだアイツは?!」


突然に夜鶴姥童子の助太刀に入ったボブを見て、黒川晶真が珍しく声を張り上げる。


まあ彼が助太刀に入らなければ夜鶴姥童子を倒せていただけにその心中は察するが。


そこからの晶真の決断は早かった。ボブが刹那の間に現れて腐獅子の腐手を蹴り上げた事で、彼が鬼達に順次る強さを持つと見抜き、腐獅子を自身の元に退げたのだ。


「まさかのイレギュラー、予想外の出来事とはいえこの結果は不快だな……」


配下の犠牲に見合わぬ結果に晶真の顔が曇る。それでも腐獅子さえ手元に残って居れば、配下の再建も可能だ。


そうしている間にもボブ達に、優畄達が合流したのが晶真達の研究所からも見えた。



「いきなり駆け出して…… ボブさん、その人は?」


「待てヒナ! 彼は人じゃない」


夜鶴姥童子の唯ならぬ存在感と凄まじい妖気に、警戒した優畄が警戒態勢に入る。


今の優畄なら勝てる相手だが、簡単ではなくそれなりに梃子摺る相手、そう判断したのだ。



「貴様は…… 光の御子か。我も童の頃に聞いた事がある、まさか御伽噺のその者に出会えるとはな」


鬼の里に伝わる伝承で光の御子の事を彼も知っていた夜鶴姥童子、優畄達がその光の御子だと即座に見抜いた様だ。


「優畄よ、その者は鬼の頭領で最強の鬼の夜鶴姥童子。我等の敵ではない」


夜鶴姥童子の心中を探りながら千姫が言う。


「フン、安心せよ。我に光の御子と事を構えるつもりはない」


どうやら夜鶴姥童子に優畄達と事を構える気は無さそうだ。そして殺気混じりに結界に覆われた研究所の方を見る。


「我が敵は黒石! 我等鬼の決闘を汚した償いはさせてもらうぞ!」


その夜鶴姥童子が睨む研究所の方でも変化があった。不利と見たのか腐獅子を退げた晶真が民間人と思われる人々を研究所の全面に押し出して来たのだ。


「民間人?! あんな数の人々を全面に、奴等まさか彼等を盾にするつもりなのか!?」


「そんな! なんて酷い……」


あまりの黒石の所業に言葉を失う優畄達。そんな彼等の心情なぞ関係なく肉の盾は完成していく。


「まさに黒石の闇が成せる所業じゃな…… 人を人として見ておらんのだ」


「酷い……あんな事酷すぎます……」


「オ〜ウ、あんな子供まで……こんな事はァ有ってはならない事で〜ス。とてもとても悲しい事で〜ス……」


皆が黒石の行いを嘆く中、夜鶴姥童子だけは違った。


「人が壁を作ろうと焼き払えば済む事、この程度の事で、我の黒石攻めを止める事は出来ぬわ!」


鬼の彼にして見れば人間はただの食料に過ぎない。それを幾ら並べようとも何の障害にはならないのだ。



「それはダメで〜ス、ヤトバ、そんな事はさせませ〜ン!」


だがボブが夜鶴姥童子の暴走を止めるように彼の前に立ち塞がった。


「ヌヌヌッ、ボブ殿……」


先程に助けられた借りもあるため何とか踏み止まってくれた夜鶴姥童子。それでもその顔には不満の色が伺がえる。


「鬼の長よ、不満は分かるがこの場は俺達に任せてくれないか?」


敬意を込めて優畄が彼に言う。


「…… よかろう」


渋々だが夜鶴姥童子は了承してくれた。後は自分達で何とかするしかない。


「だが貴殿達と共に動く気はない」


そうとだけ言い残すと夜鶴姥童子は彼等の元を去って行った。黒石の本丸に攻め入る前に、腐獅子によって失った腕を癒すため、人を食いに向かうのだ。


優畄達も今は余裕がないため、夜鶴姥童子の行いを止める事はしない。


残酷な様だが、今は目の前の人々を救う事の方が優先だ、致し方のない事なのだ。



「彼は悪いヤツではありませ〜ン、生き方が不器用なだけなので〜ス。私〜シは彼を追いま〜ス、優畄、花子を頼みま〜ス」


「ボブ気を付けるのじゃぞ」


単独先行した夜鶴姥童子が心配なボブは、サムズアップと共に夜鶴姥童子の後を追って行った。


夜鶴姥童子とボブが去り研究所の方の状況を伺っていたヒナに衝撃が走る。


「ゆ、優畄!!」


ヒナの叫びに優畄が研究所の方を見ると、そこには驚愕の光景があったのだ。


民間人の丁度真ん中、一際目立つ最前列に左右を開けられ佇む者が居る。この場に居てはならない者の姿を認めて優畄とヒナの2人に明らかな動揺が走った。


「…… そ、そんな…… な、何で桜子が?!……」


「ああ…… 何て事なの……」


動揺を隠せずに狼狽えている優畄とヒナの2人に何事が起きたかと千姫が、看破の瞳を民間人達に向ける。


千姫の看破の瞳は全ての状態を見極める事が出来る神眼だ。その瞳はその者の内面までも見抜く力が有る。


千姫はこの力を仲間には使わない。使う必要がないからだ。



「むぅ……あの場におる者達は皆が洗脳されている様じゃ。皆が黒石の闇に囚われておる……」


千姫からの衝撃の言葉に優畄の目が見開かれる。



「洗脳?…… そうか、そうゆう事か……」


静かな怒りが優畄から伝わってくる。大気を震わす程の凄まじい怒り。


「ゆ、優畄……」


大切にしていた桜子との思い出、涙を飲みながらも彼女に別れを告げるために会いに行った夏の日の出来事。


彼女を巻き込みたくなかった一心で別れを告げたのだ。


それら全てを、彼女との全ての思い出を黒石の奴等に穢されたのだ。優畄のその怒りが分かるだけに切ないヒナ。



「ヒナ、あの技を使おう」


「ゆ、優畄…… 分かったわ!」


2人が使おうとしている技は、全ての闇を払う事が出来る破邪の技。この技の前では色濃い黒石の闇とて例外なく消滅するだろう。


そしてこの技は精神支配や肉体の強制支配などの解除にも絶大な効果があり、絶対破邪の力を有しているため、深く闇に侵された者は破邪の光に耐えられずその身を滅ぼすのだ。


それは闇の侵食具合によって変わるが、桜子や民間人の様に黒石の能力に侵されたている者なら気を失う程度で済むだろう。


それだけ強い光の力で強力な技だ。それを行う優畄達にもそれなりのリスク、影響はある。


優畄達の全霊力の8割、それと共に優畄とヒナの2人が心をシンクロさせ、同じタイミングで技を繰り出さねばならないという大変厳しいものだ。


だがこの場面で全てを解決するにはこの上ない技で有る事は間違いない。


「ヒナ!」


「うん!」


優畄とヒナの2人が対極に構える。そして2人の間に浄化の光を溜めていく。キ〜〜ンという甲高い音と共に恒星の如く眩い光が辺りを包み込んでいく。



「…… な、何と凄まじい力だ!」


千姫さえも恐れ慄く光の力が2人の間に集約されて行き、巨大な光の玉が2人の間に生まれる。


「「【双成.太極光】!!」」


そして解き放たれた浄化の極光。


優畄とヒナの2人から放たれた極光が徐々に大きくなりながら研究所に近付いていく。そして眩いばかりの極光が研究所を覆い包んだ。


ーー


優畄達が【双成.太極光】を放つ数分前の研究所。邪悪なる者が邪なたくらみを企てていた。



「チッ、あの外国人は優畄の仲間だったのか…… こうなれば次の切り札を切るしかない」


晶真は生き残っていた【阿良巳波器】の数体に結界を張らせて時間稼ぎをする事にした。


生き残りが5体しか居ないため強力な結界は張れないが時間稼ぎのため問題はない。


「サアラ、研究所内にいる民間人を私達の全面に出すんだ」


「はっ!」


片腕を失い、その治療を終えたばかりの彼女に最悪な作戦を指示する晶真。


サアラも黒石の闇で強化されているため、再び腕が生える事はないが出血と痛みはもうない様だ。キビキビとした表情で彼の命に従う。


「こちらには奴の幼馴染の女が居る。向こうに優畄がいる限りここを責める事は出来ないはず」


この研究所に居る民間人は既に晶真が洗脳している。そのため喜んで晶真のために肉の壁となるだろう。


その民間人の中央に不自然に1人佇むのは優畄の幼馴染の桜子だ。何かを決意した様に険しい顔のまま優畄達の方を見る。


「晶真様に敵対するなんて、例え優ちゃんでも許さない。私がとっちめてやる!」


完全に洗脳されている様で、晶真の事を優畄以上の存在としてとらえている様子。



「フフフッ、さて優畄はどう動いて来るかな?」


その時、200m程離れた場所に居る優畄達の所から、太陽の日の出を思わせる眩い光が生まれた。



「むっ、なんだあの光は?!」


徐々に巨大化していく極光に戦慄する晶真。


黒石の闇を宿す者なら分かる。あの光は黒石にとって対局に位置する力。決して触れてはならないタブー。


当主候補レベルで闇に侵された体では、浄化、消滅が必定。自分の要のポテンシャルが無くなるとあって、目に見えて焦り出す晶真。


彼にとってこの力は今や何物にも代え難い全て。もはやポーカーフェイスのハリボテを作る余裕も、彼には無かった。



「あ、あの光は…… だ、ダメだ! に、逃げ、逃げるぞ……


放たれたその光は、徐々に輝きを増しながら大きく成って行き、遂には直径100mの球体となり研究所全体を飲み込んだのだ。


「ヒッ、ヒィ〜〜!!」


「しょ、晶真様ぁ!!」


極光が晶真に迫る寸前に彼は、隣にいた自身の授皇人形のサアラを盾にした。


そして極光が全てを飲み込んでいく。

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