第162話 サイコ


黒石将ノ佐は今、12人の人格が暮らす心の中のアパートの様な建物の前にいる。ちょうど12部屋あるこのアパートには窓が無い。有っても見る景色がないためだ。


このアパートは将ノ佐が自分以外の人格を隔離する為に自らが心の中に作り出したもので、それには彼等を自由にさせない為と、もう一つ目的がある。


それは彼等を個別に隔離して互いに接触させない様にするため。そして1人になった彼等を殺して行くためだ。


彼等がいる限り自分に自由はない。ならばその元凶を取り除けば良いと彼は考える。


「そろそろ僕の体を返してもらうよ」


13人目が生まれた事で彼の力が強まり、前々から少しずつ彼等に気付かれない様に進めていた、彼等を隔離するためのアパートの構築も上手くいった。


将ノ佐が表に出て彼等が寝ている僅かな間に行ったため、なかなか個性の強い強力な人格達だが何の抵抗も無く閉じ込める事が出来たのだ。


ただ閉じ込めるだけでは駄目だ。自分が心の世界に入り彼等を直に殺す事によって、その人格が排除されたと自らが認識する必要がある。


本来ならもっと早い段階で実行に移る事も出来たのだが、【神領眼】の能力で優畄達の動向を具に伺いながらそろそろだと判断した。


クライマックス直前に駆け付けるそのタイミングを伺っていたのだ。


だが自身の人格とはいえ見た目も個性も違う一個人と言っても過言ではない者達だ。殺すとなると普通の人なら躊躇してしまうだろう。


だが彼にはその躊躇が無かった。



「さあ後は1人ずつ殺して行くだけだ」


まるで流れ作業の様に自身の中に生まれた人格を殺して行く。


最初に選んだのは実験も兼ねた1人、間宮香という名の女の子だ。なぜ彼女を最初に選んだのか、それは彼女の能力【夜目】が有っても無くてもどうでもいい能力だからだ。


「ひっ! 将ノ佐様な、なんで……」


彼等を殺したら、ひょっとしたら彼等の使える能力が消えてしまうかも知れない。それを調べるためどうでもいい彼女を選んだのだ。


その結果は、他の人格を殺しても能力は消えないと言う事が分かった。


「うむ、殺しても能力が消える事は無さそうだ」


全身を滅多刺しにされ涙を流しながら血塗れの彼女を見下ろし、検証結果に満足する将ノ佐。


基本サイコな彼に殺人に対して迷う事も、二の足を踏む事もない。


子供の人格だろうと、女性の人格だろうと構わず、人の姿の彼等を淡々と殺していく。


「い、嫌だ! 私は死にたくない!」


「何で僕が!? や、やめて、やめてよ!」


作業を進める将ノ佐。中には抵抗する者ももちろんいた。だが彼等の能力でそれを粉砕して行く。


そして最後に訪れたのは1番最初に彼の中に芽生えた人格、後藤雅弘の部屋。


将ノ佐が扉を開けると彼は四畳半の部屋の真ん中で正座をし将ノ佐を待っていた。


「…… 若、遂にお立ちになられる覚悟を決めたのですね」


後藤は感無量といった様子で将ノ佐をみる。


「覚悟も何もこれは必然だよ」


将ノ佐が無抵抗の後藤にナイフを突き立てる。


「グゥ! グフっ……わ、 若、この2年の間……貴方様と共に有れて……私は……嬉し……」


グッタリと力なくずれ落ちていく後藤の体を冷徹な視線で見送りながら将ノ佐が言う。


「僕はこの2年間、お前達のせいで不愉快でたまらなかったよ。サヨウナラ」


そして最後の人格を殺した彼は現実の世界に戻ると旅支度を始める。


転移で素早く帰る事も出来るが、場が盛り上がるのを【神領眼】で楽しく見ながらゆっくりと帰るつもりだ。


「さあて僕が日本に着く頃には舞台も整っているだろう。今から楽しみだよ優畄君」


黒石将ノ佐の歪んだ友情が走り出す。もう彼を止める者は居ない。


ーー


一方、黒石の最重要施設の三笠研究所には黒川晶真の他、黒石七菜、黒石晶の混合部隊が警護にあたっていた。


まあ強制的に捨て石として、この施設にマリアが送っているため、彼等にやる気は見られ無い。


この研究所ではクローンの実験を行っており、授皇人形を作るための施設だった海底遺跡の代わりとして注目されていた施設だ。


この施設ではクローンの養成段階にまで漕ぎ着けており、海底遺跡が使えない今その代わりとして大切な施設なのだ。


その施設を守る様に黒石の者が固める。


「マリアにも困ったものだ…… まあその増長もここまれだ。今日こいつの出来を確かめた後に動くとしようか」


身の丈5mを超える巨体に、今では【闘鬼.羅刹】にへと進化した腐獅子が施設の出入り口に立ち、その脇を強化した鬼が固める。


彼の体の至る所に限界を超えて食らった人の顔が浮き上がっており、その見た目は悍ましいの一言だ。


「毎日50人、延べ1000人近くを喰らった鬼の力を堪能させてもらおう」


まるで実験動物を見る様な目で虚な目の腐獅子を見る黒川晶真。腐獅子の限界近くまで強化を施したのだ、その期待は大きい。


彼の悲願を達成するにはどうしても必要な駒な為、その性能を見ておきたいのだ。


「それでも今の優畄達の相手は難しいだろう。だが僕には彼に対しての切り札がある」


そう言う彼の隣に立つサアラがコクリと頷く。そして彼女が運んで来たキャリーバッグの中から出て来たのは優畄の幼馴染だった桜子だ。


彼女が優畄にとって特別な人間だと調べ、サアラに命じて攫って来たのだ。



「えっ? えっ?!…… な、なに…… こ、ここは何処なの?!……」


学校の帰りに突然攫われた彼女、パニックを起こして周りを見回す。


「やあお嬢様さんこんにちは。君には対優畄君のために僕の手駒になってもらうよ」


優畄の名を聞いた桜子の目付きが変わる。


「優ちゃん!? ここに優ちゃんがいるの!?」


あの別れた日から彼の事を考えない日はなかった桜子。優畄の名に敏感に反応するのは無理からぬ事か。


「彼はここには居ないよ。いや、これから来ると言った方がいいのかな」


「これから来る?! えっ、そ、それって……」


勘が鋭い彼女は晶真の言わんとしている事が分かってしまう。


「君の姿を見たら優畄君はどう思うだろうか、取り乱してスキを見せてくれるだろうか、君は彼を釣るための撒き餌さなんだ」


「そ、そんな事…… そんな事させない!」


桜子が晶真を殴ろうと平手打ちを放つがあっさりと彼女の背後にいたサアラに取り押さえられてしまう。


「晶真様に手を上げるなんて許さない!」


サアラがギリギリと関節技を決めていく。


「グッ……」


「君には僕の仲間になってもらうために少し痛い目にあってもらう」


そう言う晶真の顔には何の感情も見られない。桜子の事を研究対象とすら見ていない、対優畄用のただの駒の一つに過ぎない。


その役目が終われば鬼の餌としての役割しか無いのだ。


何となく晶真の目からそんな未来を感じた桜子。


「…… (優ちゃん……ごめんなさい……)


自分が優畄の迷惑になってしまう。それが分かっていても、非力な彼女ではどうする事も出来ないのだ。


ーー


一方、黒石七菜はフィレスと共に施設内の警備だ。


今の状況で彼女のレベルでは愚にも付かないと、施設内に鮨詰め状態の彼女達。


この研究所は人質という名目は伏せての近隣住人の避難所に成っており、中は人で溢れている。


「…… まったく、何で私がこんな……」


「お嬢様、我等はこの施設の最後の砦。たとえここまで攻め込まれたとしても貴方様だけは命に変えても守ります!」


フィレスの嘘偽りの無い真っ直ぐな思いに頬を赤らめる七菜。


「あ、当たり前よ! さ、さあ施設の見回りに行くわよ」


「はい!」


ここまで攻め込む相手では、もはや自分達ではどうにもならない事は分かっているが、それでもフィレスとの時間を満喫したいお嬢様なのだ。


そんな内心ウキウキなお嬢様とは対照的に黒石晶はどん底な気分だ。


彼が警備に付いているのは人の居ない物置き倉庫。


全身に腐食ガスによる火傷を負っている黒石晶は治療もおざなりにこの施設に飛ばされていた。


「チッ、マリアの奴、私に【黒真戯 】すら貸さないとは……」


美形の役者としても注目されていた顔には至る所に火傷の跡が伺える。彼女は晶に治療の間すら与えなかったのだ。


基本、晶が嫌いなマリアは彼に対して辛辣なのだ。


「…… なぜ私がこの様な…… あの女だ! アイツさえ私に素直に従っていればこんな事には……」


その口から出るのは先の戦いの際に見つけた自身の授皇人形だったルナへの歪んだ憎しみの言葉のみ。


彼に自分を顧みるという言葉はないのだ。


そんな厳重な警備のこの施設だが、実はマリア達はこの施設をさほど重要には考えていない。


この施設の背後には康之助率いる守備隊が陣を引いており、黒石の屋敷への最後の門として優畄達の前に立ち塞がるだろう。


要は本家、その地下にある【甚黒魔皇石】さえ無事ならば何の問題もないのだ。


捨て石としてこの施設に配置された彼等がその事を知る事はない。









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