第163話 告白
あの後全てのゲートを塞ぐ事に成功した優畄達。
黒石晶に会った事で精神の深みにハマりかけていたルナも、今では普段の状態に戻っている。
あの後は2日間ほど出会った時の様に幼児退行してしまったが、優畄とヒナのリンクから伝わる暖かさが彼女を再び救った。
「ルナ、まだ無理はしないでいいからね」
「いつでも俺達が付いているからな」
優畄とヒナから伝わる思いは本物だ。
「うん。2人から暖かい温もりが伝わってくる…… 大丈夫、私は負けないよ!」
ルナは2人から暖かさを勇気をもらい、黒石晶に立ち向かう決意をする。
(出来る! 2人が、千姫様達が居てくれたから立ち上がれた。皆がいる限り私は負けない!)
決意を決めたルナがいい顔をする。もう迷いはなさそうだ。もし黒石晶に出会ったとしても今のルナなら立ち向かえるだろう。
「うむ、いい顔じゃ」
「ルナさんその意気で〜ス。さあァその気持ちをォ忘れないうちにィ私〜シと訓練で〜ス!」
「はいボブさん、お願いします!」
ルナは優畄達の元に来てから気分転換も兼ねてボブに格闘技を教わっている。どうやらボブには指導者としての才能があるようで、優畄やヒナよりも教えるのが上手い。
元授皇人形だった彼女は格闘技に対してそれなりに出来る。そのため覚えも早く瞬く間に吸収していく。
2人の気迫が伝わって来る。それと共に何とも安らぐ時が彼等に流れる。こんなゆったりとした時間は久しぶりだ。
黒石からの追跡とうを考えればこんな事している間はないのだが、今だけはせめてこの時期を大切にしたい。
季節は冬間近、戦い始めた夏の頃に比べれば寒さが身に染みる時期になってきた。
(あのヒナと行った温泉が懐かしい。いつか、この皆でまた行けたらいいな…… )
その未来を叶える事は難しいだろう。だがそれを願わずにはいられない。
彼等がいるのは人の気配の無い、森の開けた草原にある古びた御堂だ。草は茶色く枯れ初めているが、今日は日差しも暖かく心地よい。
ボブとルナが訓練する風景をヒナと2人崩れかけた御堂の階段に座り見る。
千姫は少し離れた切り株に腰掛けて読書をしている様だ。
彼女が読んでいるのは恋愛物の小説で、前々から何かの役に立つだろうと異次元のアイテムボックスに入れていたのだ。
ボブを異性として意識し出してからこの小説を読み出した千姫。生きて来た時間は長いが恋愛には奥手だ、彼女が恋に憧れる乙女に成っても何の問題もないだろう。
そんな緩やかな時間が流れるこの場に突然の訪問者が来襲し、久しぶりの安らぎを切り裂いていく。
「キャッ! 」
その者は1人離れて本を読んでいた千姫を攫うと、空高くに舞い上がったのだ。
そして咄嗟の出来事に驚愕して反応が遅れた優畄達を一瞥すると、凄まじいスピードで飛び去って行ってしまった。
「あ、貴方はァ刻羽童子ィ!!」
「千姫さん!?」
皆が混乱する中、逸早く動いたのはルナと模擬戦をしていたボブだった。
「ウオォオ〜〜!! 花子、直ぐに助けに行くで〜ス!!」
千姫を攫った者が飛び去っていった方向に爆走していくボブ。木々が薙ぎ倒され真っ直ぐな道が出来ているがお構いなしに走っていく。
そんなボブに唖然としていた優畄達だったが、我を取り戻し後を追う。
優畄達だけなら空を飛んでいく事も出来たが、ルナは空を飛ぶ事が出来ない。そのためどうしても移動速度が遅くなってしまう。
「私のせいでごめんなさい……」
「大丈夫だよ。あの勢いで追って行ったんだ、きっとボブが見つけてくれる」
「そうだよ。だからルナは気にしないで」
千姫を連れ去った刻羽童子を追ってボブの作った道標を辿って行く優畄達。
安らかな1日から一転、再び激動の日になりそうだ。
ーー
時間は遡り、鬼達が激しい戦闘の末に赤蛇を亡くし、刻羽童子が彼女の亡骸を抱き抱え飛び去ったその後、刻羽童子はある山の頂上にいた。
そして自らを顧みず刻羽童子の盾に入って死んだ赤蛇の遺体の側で空を見上げていた。
その脇には赤蛇を埋葬するための深さ2m程の穴が掘られている。
彼の風を操る能力を使えばあっさり掘る事は出来た。だが彼はこの穴を自らの手だけで掘り上げた。
その横で眠る赤蛇を見れば綺麗な顔のままで、まるで眠っている様だ。今にも飛び起きて、以前の様に騒がしく彼に戯れ付いてくる事もない。
「…… おやすみ赤蛇」
彼は最後に彼女に口付けすると彼女の遺体を埋めると山を降りた。
彼には達成したい目的が有る。
その為に動き出した彼がその目標を見つけるのに大した時間は掛からないだろうと高を括っていた刻羽童子。
それだけ千姫の匂いを嗅ぎ分ける事に自信を持っていたのだ。
「あれ、おかしいな…… 我が君の匂いが匂ったと思ったのにまた消えてしまった…… 」
黒石の追跡対策に度々別の次元を開いて行き来していたため、その度に匂いが潰えるのだ。
優畄達が目指しているのは黒石の本家本丸だが、移動の旅に刺客を差し向けられてはたまらない。
それにルナの事もある。その為の偽装工作なのだが、その偽装工作に刻羽童子も引っかかっているのだ。
「一体何が起きていると言うんだ……」
刻羽童子が千姫達を見つけられたのはそれから3日後だった。
ルナを気遣かって別の次元の世界に長めに居たため見つけるのにそれだけかかったのだ。
即席の別次元の世界はとても殺風景だ。漂流物漂う亜空間には空も草木も無く、ただの土剥き出しの大地と、どこまでも続く暗黒の亜空間が広がる背景だけ。
この亜空間に地球と同じ人の住める環境を作り、自分なりに彩りを添えて行き自分好みの世界にする事が、次元を開く事が出来る高位種族の嗜みなのだ。
そんな殺風景な世界では外敵の心配は無いが、精神情緒的に問題があるため長居はおすすめしない。
ルナの調子が戻った事で次元の行き来をやめたため千姫を探していた刻羽童子に見つかったというわけである。
彼は風の力を自由に操れる。数多ある香りの中から千姫の匂いをピンポイントで探す事くらいは彼なら造作も無い事。
そしてその香りに風による道筋を作り出し、最短で対象に辿り着く事が出来る、ストーカー御用達の能力なのだ。
「わ、妾を何処に連れて行くつもりじゃ?」
「…… 大丈夫、危害を加える気はないよ。我が君に話したい事があるんだ」
刻羽童子は誰も知らない山中の、綺麗な滝がある自分のお気に入りの場所に千姫を運んで来ると優しく彼女を下ろした。
地面に下ろされてササっと少し距離を取る千姫。そんな彼女の警戒した様子にも動じる様子はない。
「ここはオイラの母様が父様と出会った場所。オイラの大切な場所なんだ」
「…… 」
本当に危害を加える気は無さそうな刻羽童子。千姫も下手に逃げる事はせずに彼の出方を伺う事にする。
そんな中、刻羽童子が水辺に生えていた綺麗な花を2、3本摘み取る。そして彼女の元に行くとその花を差し出した。
「こ、これを我が君にあげるよ」
「あ、ありがとうなのじゃ…… 」
千姫は刺激してもアレなので大人しく貰っておく事にした。
花を渡さすと刻羽童子が語り出した。千姫と初めて出会った時に一目惚れして、その思いが今でも同じく強く残っている事。
封印されていた何百年の間も変わらなかった事を話し、そして最後にある告白をする。
「愛しの我が君千姫よ、お、オイラと結婚してくれ! そして天界に行ってオイラと一緒に暮らそう」
天界へ行くには2つの条件がある。
一つは羽衣。刻羽童子は母親譲りの羽衣を持っている。羽衣は天界への通行券、これが無ければ天界には行けない。
そしてもう一つは……
彼の夢は好きな者と母親の故郷の天界で暮らす事、
それが彼の願いなのだ。
刻羽童子からの告白を受けてしばし考え込んでいた千姫。そして彼にその返事を返す。
「…… 悪いが妾は其方とは夫婦に成れぬ。妾にはせねば成らぬ事があるのだ、申し訳無いが諦めてくれ……」
千姫からの返事はNOだった。
「…… ハ、ハハハッ…… 分かっていたさ。でも、どうしてもこの思いだけは我が君に伝えたかったんだ」
言動や行動はアレだが、彼なりに純粋に彼女の事を思っていたのだ。断れはしたが千姫に告白を済ませた刻羽童子は何とも晴れやかな顔をしている。
そんな彼等の元に後を追って来たボブが到着する。そして千姫と刻羽童子の間に立ち塞がったのだ。
「ボ、ボブ!」
ボブが駆け付けて少し嬉しそうな千姫。そんな彼女を刻羽童子が哀しげに見つめる。
「刻羽、貴方がァ花子を好きだということは知っていま〜ス。だがァ、これは間違っていま〜ス!」
ビシッとばかりに人差し指で刻羽童子を指すボブ。千姫を攫った事で珍しく怒っている様だ。
「…… すまなかったなボブ殿、彼女との話は済んだよ」
そして刻羽童子はボブの前に拳を突き出すと予想外の事を言い出した。
「…… ボブ殿、彼女を賭けてオイラと戦ってくれ!」
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