第161話 歪み


黒石晶が【金属変化】で強度を上げた体のまま千姫達に近付いていく。


「い、嫌……」


黒石晶に拭い去れないトラウマがあるルナは怯えてしまってもはや戦力にはならない。


【絶対世界】が破られた事で動揺してしまい、幻術などをかける間を逸してしまう。そのため彼女はルナを守る為に両手を広げて彼の前に立ち塞がったのだ。


「この娘には指一本も触れさせはせぬ!」


千姫に接近戦用の術は無い。護身術程度に合気道などを使えるが、対素人用の拙いもの。黒石晶を相手取るにはいささか役不足だ。


それでも立たずにはいられない。


「…… せ、千姫様……」


千姫が自分の為に盾になろうとしてくれているのに、体が心が怯えてしまって動く事が出来ないルナ。


「邪魔だ退け!」


黒石晶が無造作に変化させている腕を振るう。


「キャッ!」


【結界崩壊術.九楽】を使って衰えていた晶の攻撃では、盾に入った千姫を薙ぎ倒す程の威力しがない。


それでも障害は取り除かれた後は自分の物だった人形を持ち帰るだけだ。


「さあ帰るぞ、僕達のお家にな」


「……い、嫌…… 嫌だ……」


ルナの意思なぞ関係ないとばかりに、彼女の髪の毛を掴む為に手を伸ばす晶。


「させない!」


手出しはさせないと晶の腰元に飛び付く千姫。自身はどうなっても構わない。だがこの娘は守るとの千姫の強い思いが伝わってくる。


「しっかりするのじゃルナ! そ、其方なら立ち上がれる。その様な輩に負けるでない!」


自分の事も顧みずルナを守ろうとする千姫の姿にルナの拳にも力が入る。だがトラウマという奴は簡単には拭い去れないのだ。


「……せ、千姫様……グウウウッ……」


「邪魔だと言ってるだろうがっ!」


行かせないとばかりに自身の腰元にしがみ付く千姫に冷たい視線を向けると同時に、その首筋目掛けて肘打ちを落とす晶。


いくら弱っているとはいえその容赦の無い一撃は、まともに食らったならば首の骨はへし折れるだろう一撃だ。


「千姫様!」


千姫を助けようとなんとか足が動きはしたが、とても間に合いそうにない。


スローモーションの様に肘が打ち下ろされるなか、突然その肘鉄を蹴り上げる者がいた。



「花子に何するで〜スかァ!」


巨大なトカゲ(ドラゴン)の退治を終えたボブが駆け付けつけてくれたのだ。


腕が蹴り上げられ何が起きたのか分かっていない晶の首筋に、今度はハイキックが炸裂した。


「ブゲラァ〜!!」


凄まじい勢いで吹き飛んでいく晶。そして反動で真上に巻き上げられた千姫をお姫様抱っこで受け止めるボブ。


「フ〜、花子が無事で良かったで〜ス」


頬を赤らめボブにしがみ付く千姫。彼女のボブに対しての信頼感が愛情に変わった瞬間だ。


「…… ぼ、ボブ……あ、ありがとうなのじゃ」


気付いた様に慌ててボブから降りると真っ赤になった顔を隠す様に千姫が下を向く。


「花子が無事の様で良かったで〜ス。ところでェ先程の変質者はァ誰で〜スか?」


その変質者こと晶は、ビルの壁に叩き付けられながらもその頑丈な能力ゆえ立ち上がると戦闘態勢に入る。


「…… お、己れよくも……」


顔を屈辱と怒りに歪ませてボブを睨み付ける。


(…… な、何なんだコイツは? こ、この強さはあの筋肉達磨(康之助の事)レベル…… ここは退くべきか)


ここまで幾多の激戦で20回程死んでいるボブの強さは、能力を使わない康之助レベル。


単純な肉弾戦なら彼よりも強いかも知れない。


晶はチラリと千姫の側で勇気を振り絞り自身を睨み付けるルナを見る。


(そ、それにどうゆう事だ? まるで回線の繋がらない携帯電話の様に、私とアレのリンクが繋がらない…… 今までその様な事は無かったと言うのに……)


晶はいつも彼女から伝わって来る自分に対しての恐怖の感情に優越感を覚え満足していた。だが今は彼女の感情どころかリンクすら切れているのだ。



「ぼ、僕の物なのにぃ〜!!」


自分の物なのに何でアイツはこちらを睨んでいるんだ。との理不尽な感情任せの子供の様に、怒りを宿した顔で全身を金属に変えルナをその標的に捉えて殴り掛かってくる晶。


「動きが遅過ぎま〜ス」


「グブエェ〜!!」


ルナに殴り掛かっていった晶だったが、今度は胴回し蹴りをモロに喰らい胃の中の内容物を撒き散らしながら遥か遠くにまで吹き飛ばされてしまう。


「先程より堅そうだったのでェ、今度は少し強く蹴りま〜シた」


ボブから見ればスローモーションの様な遅い動き、それに合わせる事は容易い。


黒石晶は排ガスを溜めてあるタンクに突っ込み意識を失ってしまった。腐食性のガス溜まりの様だが、まあ大丈夫だろう。


そんな黒石晶を撃退した千姫達の元に、ゲートを塞いだ優畄達が戻ってくる。


「ヒナ! 優畄! 」


ルナは2人に抱き付くと安心感からか大声で泣き出したのだ。リンクが繋がったルナからの強い恐怖の感覚に急いで戻って来たのだ。


場の状況的にも何者かの襲撃があった様子。顔を赤くして俯く千姫も気になるが、今はルナの事が先決だ。


「ルナ、戻るのが遅れてごめんな」


「もう大丈夫よ。私達が付いているからね」


そして先程までの経緯を元の凛々しい姿に戻った千姫が話してくれる。


「ーーと言うわけじゃ。一度は見捨てた相手にあそこ迄の執念を見せるとは…… 黒石の能力は個を否定して人格をも歪める…… 正に黒石の闇の成せる所業、やはりこの世に有ってはならぬ力なのじゃ」


改めて千姫は黒石の闇に対する決意を新たにするのだ。


「ええ分かります。俺達はその闇から運良く抜け出す事が出来たけど、使えば使う程ハマっていく底なし沼の様なものです」


「私達でその闇を打ち払いましょう」


ルナは最初に出会った時の様にヒナにしがみ付き子供の様に戻ってしまったが、次の日には元のルナに戻っていた。


彼女も日々成長しているのだ。それにルナには優畄達が付いていてくれる。トラウマを拭い去るのは簡単ではないが、彼女なら何とか乗り越えてくれるだろう。


ーー


場所は変わりカリブ海のケイマン諸島のある島、そこには黒石カンパニーの女帝、黒石美智子名義の島がある。


そこに有る海辺のコテージには黒石将ノ佐がおり、釣りやスキューバダイビングなどでバカンスを満喫していた。


ここには母親と2人きりで来ており、初の親子水入らずの旅なのだ。


実は今表に出ているのは本人格の将ノ佐ではない。今出ているのは12番目の人格でイコと言う比較的明るい性格の人格。


13人いる人格の中でイコは下から2番目の新参者なのだが、先の後藤率いる人格達の先走りで、勝手に優畄達を襲った事を怒った将ノ佐が、彼以外が表に出る事を禁じた。


もちろん他の人格達から反論はあったが、本人格の意思には逆らえず渋々従っているのだ。



「フフフン、しかし役得だな。こんな大海原を独り占め出来るんだから」


男とも女とも見える中性的なイコ、この人格が表に出ると本体の見た目も中性的に変わってしまうのが玉に瑕だ。


それでも彼の能力【カメレオン】が有ればいくらでも誤魔化せる。彼の能力【カメレオン】は見た目を好きな様に変える事が出来る大変便利なもの。


母親の手前、全く別人の見た目では何かと不都合なので重宝している能力。この能力も彼を表に出す一因だ。


そんな彼に旅支度でキャリーバックを持つ母親の美智子が話しかける。


「私は先に帰るけど、貴方はゆっくりして来なさい。必要な物が有ったら中嶋に伝えなさい」


親子水入らずの旅を満喫していた美智子だったが、急な仕事で先に帰る事になってしまったのだ。


「はいお母さん。気をつけて行ってください」


「ああ将ノ佐、この埋め合わせはするからね」


美智子が将ノ佐を抱きしめてその頬にサヨナラのキスをする。そして名残惜しそうにコテージを去って行った。


「……」


この過剰なまでの美智子の愛情表現はここ最近始まったものだ。それまでは長男の晶ばかりを可愛がり、彼なぞは道端のアリ程に見向きもされなかったのだが、将ノ佐の能力と今や当主候補筆頭な彼の将来性に鞍替えしたのだ。


今まで見向きもされなかった母親に認められて嬉しいかと思えばそうでもない将ノ佐。


いや母親の美智子に対しては何も感じていない、どうでもいい存在だ。今回の旅行も成り行きで行く事になったからついて行ったまでの事。


彼がいま興味があるのは黒石優畄だけ。他は有っても無くてもどうでもいい。流れに任せて生きて行くだけ。


そんな彼が今、自らの意思で動こうとしている。


他の人格が邪魔で思う様に動けなかったが、その解決策の目処は立った。


「さあ優畄君、そろそろ僕と遊ぼうじゃないか。その為に邪魔者達を始末しに行こうか」


いつの間にか本人格の将ノ佐に戻っていた彼は、そう言うと同時にその場から姿を消した。




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