第159話 鬼の許嫁


「鬼の一族は我が守ってみせる!」


時間が経つほどに依代となった黒石光太郎の影響で仲間思いに成っていた夜鶴姥童子。更なる高みに立ちその思いも強くなる一方だ。


「刻羽〜!」


赤蛇がひなたから解放されその場に崩れ落ちた刻羽童子の元に駆け寄り彼を抱き抱える。


「よかった…… 刻羽が死ななくて本当によかった……」


刻羽に頬を擦り寄せて泣いて喜ぶ赤蛇。そんな彼等に夜鶴姥童子も満足顔だ。


「刻羽よ、この人間でも食べて傷を癒すといい」


雷のスピードで近くにいた瓦礫の下敷きになっていたおっさんを攫って来ると、刻羽童子達の前におっさんを投げる。


「…… 悪いな夜鶴姥、この借りは必ず返す……」


唯一折れなかった方の腕でおっさんを掴み取ると貪り食べる刻羽童子。するとあっという間に骨折が治っていく。


鬼の超回復なら人を1人食べれば骨折くらいなら瞬時に治す事が出来る。それでも流石に失った体力までは回復しないため、完治には更なる食人と休息が必要だろう。


銀狼や雑魚達も赤蛇の【血の祝祭日】と夜鶴姥童子の【紫電】で全滅している。


そんな祝勝ムードの鬼達だったが、そんな彼等を狂気の視線が捕らえていた。


全身に重度の火傷を負い、このまま戦闘を続けるのは無理だと思われるひなただ。


彼女は最後の力を振り絞り虎視眈々と隙を狙う。


動けて一瞬、一度の襲撃がいいところだがそれで問題ない。彼女は殺気を歓喜で塗り潰し、瀕死の身体でその時をジッと待つのだ。


そしてこの場から立ち去ろうと鬼達が踵を返したその時、チャンスは訪れた。


ひなたは音の出ないグレイプニルをバレない様に伸ばすと、前方の崩れかけた建物の柱に絡ませていた。


彼女が操るグレイプニルは存在する幻覚の様なもの。その性質もゴムの様に伸縮性のあるものに変える事も出来る。



そしてその弾性も彼女の能力に依存する。


計8箇所に絡め付けたグレイプニルが彼女の体を矢の様な速度で放つ。その狙いは赤蛇の思い人、先の戦闘でのダメージが回復していない刻羽童子の背中。


ダメージの残る今の刻羽童子では交わす事の出来ないひなたの捨て身の攻撃。


だがその攻撃が刻羽童子にあたる事は無かった。



彼の事をいつも具に見ていた赤蛇、いつどんな時でも彼から目を離した事はない。彼目掛けて飛来するひなたに気付いたのは彼女だった。


赤蛇はなんの躊躇もなく彼の盾に入った。ひなたの手刀が自身の胸を貫いても思う事は刻羽童子の事。


「なにっ!?」


「お、おのれぇ!!」


ひなたの急襲に気付いた彼等、夜鶴姥童子がすかさず【紫電】を放つ。その【紫電】の直撃を受け燃やされながらも歓喜の顔を見せるひなた。


目標が変わりはしたが、目的は果たせたので満足なのだ。


ひなたに胸を貫かれた赤蛇が刻羽童子に笑顔を見せる。


「……せ、赤蛇、お前……」


「…… あ、アタイはな…… お前の事が……好きなんだよ、刻羽……」


その言葉を言い切ると共にニカッと笑い赤蛇がその場に崩れおちる。


「ヌゥァア〜!!」


夜鶴姥童子が【紫電】の威力を上げる。【紫電】が【紫電.猛激砲】へと変わり、ひなたの体と共に前方5kmを完全に消滅させた。


最後まで不敵な笑顔のままだったひなた。


敵を滅し刻羽童子の胸に抱かれた赤蛇の容体を伺う夜鶴姥童子だったが、彼女はすでに事切れていた。


「ヌウウ、赤蛇……」


「……せ、赤蛇……な、なんで……」


赤蛇から返事は返ってこない。彼女との幼い頃の思い出が思い出される。


昔から彼女はいつでもどんな時でも彼を見ていた。そして「アタイはお前が好きなんだよ、刻羽」これが彼女の口癖だった。



「そうまでしてオイラの事を……」


刻羽童子は赤蛇の頬に手を添えるとその唇に口付けをした。それは彼なりの赤蛇への返事だった。


「…… ごめんよ赤蛇、それでもオイラは愛しの君の事が……」


これはケジメ。彼は千姫に会って自分の気持ちを伝えたい。たとえその応えがNOだったとしても構わない、思いを伝えたいのだ。


赤蛇の骸をお姫様抱っこの形で持ち上げる刻羽童子。こうすると彼女はいつも顔を真っ赤にして照れていた。


「刻羽……どうするつもりだ?」


「…… オイラには会わなければならない人がいる。だから行くよ」


守ると決めた仲間の死を前に意気消沈気味な夜鶴姥童子。これ以上死なせたくないとの思いもあるが、仲間の意思は尊重したい。


「…… 生きろよ刻羽、生きてまた会おうぞ」


「ああ、約束だ」


刻羽童子は彼女を抱えたまま空に浮かぶとある場所を目指して飛んで行く。


そこは彼の天女だった母親が眠るある山の頂だ。その地に赤蛇を弔ってあげる腹積りなのだ。


そんな飛び去っていく刻羽童子を見ながら夜鶴姥童子は、何故か彼とはこれが今生の別れとなると感じていた。


「…… 我等の仲間がまた1人死んでしまった、このままでは我等に未来は無い。やはり黒石との決着は付けねばなるまい……」


最強の鬼は意志も新たに、未だ大口を開いたままのゲートを睨みつけるのだ。


ーー


刹那達の【アルダー.ナーリー】と【ギガノマキア改】を退けた優畄達。


町の上空に開いたままのゲートを閉じるために優畄とヒナの2人が向かうが、簡単には閉じれそうにない。


今でもゲートからはまばらではあるが魔物が出てくるため、ボブや千姫、ルナの3人が食い止めている状況だ。


「こっちのトカゲはァ任せるで〜ス。花子達は彼方の牛の方を頼むで〜ス!」


ボブが60m級の巨大なドラゴン3体を引き受けて、ミノタウロスの集団を千姫達に任せる。


「分かったのじゃ、ボブも気をつけてな」


なんだろう、千姫とボブの2人に不思議な絆がある事にルナは気付いた。


(…… この2人は、付き合っている訳ではなさそうだけど、どうゆう関係なんだろう?)


「さあ行くぞルナ!」


「はい!」


そんなルナの考えなど知る由もない千姫はやる気満々。


そして【木端天狗】の能力【飛翔】でゲートまで来た優畄達。ゲートに近づいてみて分かったが、ゲートは縦500m、横幅150mと、とても巨大なものだった。


このゲートを優畄達で塞ぐのは可能だ。だがゲートに近付いた彼等を待ち伏せしていたかの様に体長120m程の巨大な3首の邪竜【ンドゥ.アジール】がゲートを潜り抜けてきたのだ。


『ガッハハハハハ! マリアの言う通り勇者が現れおった! それも2匹も!』


邪竜【ンドゥ.アジール】、別名“勇者喰らい''その別名の通り、かつて存在した自身の世界で13人の勇者を喰らっている邪竜だ。


彼はマリアとの密約により黒石に闇の力を譲渡する代わりに、勇者を喰らう権利を得ている。


勇者程の力を有した個体を食べれば存在の格が上がる。


そのため喰らう勇者が現れるまで、闇の力を黒石に譲渡しつつ次元の狭間で眠って待っていたのだ。


3本ある頭はそれぞれ火炎、凍結、電撃と3つの属性を持っている。そしてこの3つの頭は切り落としたとしても直様再生するため、3つの頭を同時に切断する必要がある。


3つの首からの攻撃を交わしつつそれを実行するのは容易い事ではないだろう。


【ンドゥ.アジール】が優畄達を見て舌舐めずりする。


『久しぶりのご馳走。それも今まで喰らった勇者なぞ小虫程度に取るに足りぬ程の上玉! お前達を早く喰らえと我の腹が騒いで仕方がないわ』


【ンドゥ.アジール】は優畄達の事を上等な肉程度にしか見ていない。そんな邪竜の態度にブチ切れたヒナが前に出る。


「このトカゲの相手は私に任せて。優畄はゲートを閉じる事に集中して」


「ああ、任せた」


ヒナは馬鹿ではない。自分だけで倒せない相手に無謀に挑む様な事はしない。それが分かっている優畄は彼女の意思を尊重したのだ。


『グルルルル…… 貴様等、我を愚弄するか!』


自分を軽んじて二手に分かれる優畄達に怒りを露にする【ンドゥ.アジール】。


だが次の瞬間、真ん中の主人格の頭が一瞬で斬り飛ばされ宙を舞う。


『な、何ぃ?!』


『馬鹿なァ!?』


残った頭も斬り飛ばしていくヒナ。だが瞬く間に斬り飛ばした頭が再生されていく。


『ワッハハハハハハ! 無駄だ、無駄だ! 最初はそのスピードに驚いたが、ただ斬るだけでは我は倒せぬぞ!』


「本当に大した回復力ね、ならその回復力がどれ程か試してあげるわ」








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