第157話 呪い


鋼鉄の巨人【ギガノマキア改】と相対するヒナは、【ギガントスマッシャー】の放った強烈な一撃を千姫から教わった結界術【絶対世界】で凌ぐと、自身が持つ2本の刀に光の力を注ぎ込んでいく。


彼女が持つ''虎牙丸''と"菊籬姫''が光に包まれ、長さ10m、幅30cmの光の剣【光虎】と【光姫】と化す。


そしてヒナはその巨大な2刀の刀を十文字の形に振るったのだ。


「【邪滅.十字斬】!」



【光虎】と【光姫】は破邪の剣、悪しきものを斬り裂き魔に堕ちた者を浄化する力がある。


『…… ガッ!……ば、バカな………』


ヒナの放った斬撃は鋼鉄の巨人をすり抜けて、その背の操縦席に乗っていた陣斗を真っ二つに斬り裂くとその体を消滅させた。


それと共に黒石の闇に塗れた黒石高尚の闇を浄化させていく。


凄まじいまでの光が辺りを飲み込む。


そして光が晴れた後その場には、黒石高尚の元の姿の肉体が残されていた。彼の肉体が残ったという事は高尚自体は善の者だったという事だ。


闇に染まっていた黒石陣斗が消滅した事からもそれが分かる。


今のヒナなら1人で黒石の闇に侵された者を浄化する事は可能だ。かつては第三者の犠牲をもってして、初めて成す事が出来る奇跡にも近い事だったのだが、それだけ今の彼女の浄化能力は強いのだ。


だが浄化をする事は出来てもその酷使された身体を癒す事は出来ない。そのため元の姿に戻った黒石高尚を更に治療する必要がある。


黒石の闇を払われた黒石高尚の体が元の人の物へと戻りはしたが、その体が末端からチリと成って崩れ出したのだ。


ヒナが高尚の元に駆け寄り慌てて癒しの光を当てるが、彼の体は手遅れの状態だ。



「クッ、駄目、体の崩壊が止まらない……」


「…… 駄目じゃ、この者は手遅れ。もう助かりはせぬ……」


千姫も高尚の元に行き容体を見るが、お手上げとばかりに首を横に振る。


実は優畄とヒナの離反を受けてマリアが、当主候補の彼等の闇にある細工を施していた。


それは黒石の闇に侵された者が、強い浄化の光に触れた時に作動するように仕組まれている闇の暴走。


浄化の力を受け消滅する前にその宿主の肉体を、暴走した闇が再起不能状態にまで壊す最悪の呪いだ。


それも黒石の能力を使えば使う程、呪いの作用も強くなる仕様。



「トカゲのくせに火を吐くとはァ、油断大敵で〜ス……」


ボブも服を所々焦がしながら、大きなトカゲと思っていたドラゴン4体を倒して皆に合流する。


頭のドレッドがアフロの様になっているがそれは一先ず置いておこう。



そしてヒナの前に横になっている黒石高尚を見て顔を曇らせる。


「オ〜ウ彼を知っていま〜ス。柔道でオリンピック代表選考にまで行った黒石高尚さんで〜ス。立派な武人だった彼がァ、何故ここにィ?」


優畄達に出会う前に武者修行で寄った道場で出会った彼を覚えていたのだ。



「この者はあの鋼鉄の巨人だった者じゃ。黒石の呪い、優畄やヒナ達の光の力に反応して作用する邪悪なものじゃ。癒す事も出来ぬ……」


「私に出来るのはせめて、痛みを忘れて安らかに逝ってもらうそれだけ……」


せめて痛み無く安らかに逝って欲しい。ヒナは無駄だと分かっていても癒しの光を止める事はしない。



その時、丁度優畄も【次元融合】で自らが創り出した世界から戻って来た。


そしてヒナ達の元に行くと、体の胸の辺りまで消滅している高尚を見る。彼の意識は戻っていないが、崩壊の痛みを感じない様にヒナが癒し続けているのだ。


「優畄、おかえりなさい……」


優畄の姿を見てヒナが言う。様々な意味が込められた「おかえりなさい」の一言だ。


「ヒナ、ただいま…… 」


優畄が返したのは「ただいま」の一言。刹那達と過ごした時間は短かったが、刹那達との別れを、彼の最後の願いを果たして来たという思いが彼女にも伝わる。


「それでこの人は?」


どこか見覚えのある顔、あの黒石の屋敷での顔見せの時にチラッとだけ見た事がある。


「…… この人はあの巨人の元だった人。この状態でも生きてるのよ、まだ息があるの……」


癒し続けていたから分かる、彼はまだ生きているのだ。後は死に行くだけの彼を最後まで癒し続ける。それくらいしか出来ないのだから。


最後くらいは穏やかに迎えて欲しいというヒナの優しさが伝わってくる。そんなヒナの暖かさが伝わったのか彼が最後の最後に目を開けた。


そして自分を癒やしてくれていたその主を確認した後、彼は微笑みと共に静かに消滅していった。



黒石の闇から解き放たれなんとも穏やかな顔だった。


その高尚が死に散りと成って消えた辺りに、どこからともなく現れた黒い靄が近づいてくる。


黒い靄は彼が消滅した辺りまで来ると、悲しげに揺れ動き出す。


「…… 彼の奥さんだった人だよ。彼の事が心配だったんだね、ずっと彼の側にいたんだ……」


黒石高尚の魂は消滅してしまった。優畄は1人寂しそうに漂う彼の奥さんを浄化してあげる事にした。


すると黒い靄だった物が彼女本来の姿に戻ったのだ。その腕には彼女の子供か、0歳児位の赤児が抱かれている。


『…… あの人を、救ってくれて……あ……りがとう……』


最後に彼女は、自らの事より高尚を黒石から解き放ってくれた事への感謝の言葉を残して天に還っていった。



「…… 心から信頼し合う良い夫婦だったのじゃろうな……」


「悲しいで〜ス、とてもとても悲しいで〜ス……」


そんな夫婦の絆さえ黒石の闇は意図も容易く切り裂いて行くのだ。


優畄とヒナの2人が自然と手を結び合う。力強くお互いを離さないという意思が伝わる。


「行こう!」


「うん!」


先の見えない茨の道だが、2人でなら成し遂げられる。そう信じて彼等は進むのだ。進まなければならないのだ。


ーー


ある古寺院の五重塔、その一番天辺に彼はいた。鬼最強の男夜鶴姥童子。


その手には人の物と思われる腕が握られており、その肉を貪っている。腐獅子との戦いの際におった腐敗傷を食人による彼の超回復能力で治しているのだ。


本来ならその腕は腐り落ち腐敗が全身に及ぶ処だが、鬼である彼の超回復能力なら人間を2、3体食べれば完治させる事が出来る。


「…… 他の者達は無事なのか、無事であってくれれば良いが……」


自身の体を癒やしながらも、思う事は仲間の鬼の事ばかり。


それでも体が万全に成るまでは無理は出来ない、この塔の頂に居れば辺りの様子が具に分かるのだ。


たまにしか来ない参拝客を貪り食べようとその来訪を待っていたのだが、突然に時空の歪みを感じ取り、その方角に目を向ける夜鶴姥童子。


かつて次元の狭間の世界に幽閉されていたのだその次元の歪みがどうゆう性質のものかが分かる。



「…… 化け物め」



最強の鬼のその一言が全てを物語る。


そして次元の狭間に開いたゲートから見た事もない魔物が溢れ出て来る。その様は地獄の蓋が開いた様に彼は感じた。


溢れ出て来た魔物達は明らかに夜鶴姥童子、彼をターゲットにしている様で、彼目掛けて一直線に向かって来る。


その数およそ5万。


マリアが強大な妖気を感じた付近に、ゲートを開きまくっているのだ。


畏怖は最初だけ、夜鶴姥童子に鬼本来の闘争心が湧き立つ。


「よかろう、汝等を1匹残さず食い尽くしてくれるわ!」


強大な闇の脅威に畏怖しながらも、殺気を激らせ魔物達の元に駆け出す夜鶴姥童子。最強の鬼の復活は近い様だ。


ーー


一方、赤蛇と別れて千姫を探していた刻羽童子は優畄達の町から20km程離れた町に来ていた。


そしてそこで、何処からともなくいつの間か溢れ出て来た魔物達に、次から次へと襲い掛かられ辟易していたのだ。


マリアの開いたゲートは広範囲に渡っていたため、こちらの町にも被害が及んでいる様子。



「チッ! 早く愛しの君の所に行かねばならぬというのに……」


彼に襲い掛かっているのはエルダーゴブリン.ダークとオークキング.ガードが率いるの混合部隊だ。


強さ的には群れたとしても刻羽童子の相手にならない程だが、2万にも及ぶ数の暴力には流石の彼も一筋縄ではいかない。


巨大な竜巻を作り出し魔物達を吹き飛ばしていくがまるでキリがない……


魔物の半分を仕留めたが疲労が蓄積していく。鬼の中ではスタミナが1番少ない刻羽童子。



「こんな所でもたもたしてられるか!」


ここは退却とばかりに空に逃げようとした刻羽童子だったが、何者かの攻撃を受けて弾き飛ばされてしまったのだ。


「グッ!」


何件かの家を突き破りながらもなんとか態勢を立て直すと、追付いとばかりに5〜6m程の巨大な銀狼が襲い掛かってくる。


「チッ、この犬が!」


銀狼の攻撃を交わし空に逃げると、彼の周りを囲む様に銀狼の群れが宙に浮いている事に気付いた。


「……」


その数はおよそ50匹、彼を囲む銀狼達が低い威嚇の唸りを上げる中、体長10mの一際大きな銀狼が姿を表した。


その銀狼の口元が狼の物から人の物へと変わっていく。


『グルルルル…… お前あの雌鬼の仲間だろ? お前にはアイツを呼ぶための囮に成ってもらうよ」









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