第153話 それぞれの思惑


鬼の里から逃げ出した刻羽童子と赤蛇は、黒石の動向を伺いながらも、夜鶴姥童子達と合流するため、その後の行動を思索していた。


今いるのは何処かの清流、喉を潤すと石に横並びで座り話し合いをする。


「ふう〜、何とか一息つけたな」


「ここまで逃げて来れば大丈夫そうだね」


チラチラと刻羽の顔を横目に見ながら赤蛇が聞く。最近刻羽童子は千姫の側にべったりで、2人きりなのは久しぶりなのだ。


「なあどうする刻羽、あの里に戻ってみるかい?」


「いや、まだ黒石の奴等が残っているかも知れない、それは辞めておこう」


まだ里に黒石が残っていれば逃げた意味も無くなる。戻るのは悪手だろう。


「じ、じゃあどうするんだよ刻羽?」


「……」


「い、いざとなったらこのまま2人で逃げて、ふ、夫婦になるのも悪くないかもな」


そして頬を赤らめてチラッチラッと刻羽童子を見る赤蛇。


離れ離れになった仲間の事も気になるが、刻羽童子と2人っきりの現状に満足気な赤蛇。ズリズリと彼に近づいて行く。


「……」


だがそんな赤蛇に応える事なく、刻羽童子は何かを考えている様子。


そんな心ここにあらずな刻羽童子に赤蛇も気が付く。


「な、なあ刻羽、お前何を考えているんだ?」


何となく嫌な予感がする。



「 …… 赤蛇、悪いがお前とはここでお別れだ」


「な、何を言ってんだよ刻羽!?」


刻羽童子の突然のお別れ宣言に赤蛇が慌て出す。


「オイラにはやる事があるからな、お前の相手をしている暇はない」


「やる事て、まさかあの女狐の所に行く気か?! お、お前、こんな大変な時に何を考えているんだよ!」


こんな一大事の時でも彼の頭の中は千姫の事で一杯の様だ。その事実に赤蛇のボルテージも上がっていく。


「う、うるさい! オイラのことはほって置いてくれ!」


そう叫ぶと刻羽童子は空高く飛び上がり、赤蛇の追えないスピードで何処かに飛んで行ってしまったのだ。



「刻羽! な、なんでだよぉ〜!!」


あっという間に見えなくなってしまった彼、その彼が居なくなった空を見つめる赤蛇の目に涙が浮かぶ。


「グスンッ…… なんでいつもあの女狐の事ばかりなんだよ……」


どんなに頑張っても振り向いてくれない刻羽童子。


「…… それでもアタイはお前の事が好きなんだよ刻羽……」


赤蛇は彼が飛び去っていった空を見上げながら乙女の様に胸を焦がすのだ。



当の刻羽童子は千姫の匂いを頼りに彼女を探すのだが……


「愛しの君よ、君の匂いは決して忘れない。今から会いに行くよ待っていておくれ!」


かなりキモい特殊能力? で千姫を探す刻羽童子。完全にストーカーと化した刻羽童子、果たして彼に千姫を見つける事は出来るのか。


ーー


一方、鬼の里に攻め入った黒石の連合討伐隊は、勝ち戦にも関わらず意気消沈としていた。


赤蛇の相手をしていたひなたは、自らの不注意から相棒の十兵衛を亡くし落ち込んでいたが、今ではその敵の赤蛇を恨む事で心の均衡を保っていた。


「フゥ〜、フゥ〜、グルルル…… あの雌鬼は私が必ず八つ裂きにしてやる! グルルル……」


怒りのあまりフェンリル形態に成ったり戻ったりと、その精神を野獣のそれに染めていく。


今の彼女は授皇人形がいなく成った事で黒石の闇の流入は止まっているが、それ以前に黒石の闇との同化率100%を満たしており人を辞めている。


ガリガリと何かを食べながら唸り声を上げ続ける彼女。それに加えて復讐の鬼と化しているのだ、解き放たれた野獣の如きに赤蛇を求めて彷徨い出した。


ーー


その頃刹那は自らの力の無さに打ち拉がれていた。


「…… (俺は弱い…… 今の俺は最高峰の魔人に変化出来るが、それだけでは優畄達はおろか鬼達にさえ通用しない……)


【刀螂皇帝】に変化する前の椿崩は圧倒する事が出来たが、変化した後はそのスピードについて行けず逃してしまい、鬼達の逃走に繋がってしまった……


(…… 俺が奴を抑えていれば鬼達を一網打尽にする事も出来たのだ)


だが能力の特性上仕方ない所もある。


刹那の【魔人変化】は攻撃力に特化しているためスピード勝負には弱いのだ。


マリーダと2人で一人前、それは悪いとは思わない。だが、彼女をこれ以上危険な目に合わせたくないという思いもある。


そんな彼がその結論に至るのは必然だったのだ。


「…… マリーダ、俺はアイツを止めるために人を辞め様と思う。人である限りアイツには勝てないんだ……」


「そ、そんな刹那…… お願いだから早まった事だけはしないで…….」


「…… わ、分かってくれ」


そしてマリーダの静止を振り切る様にして彼が訪れたのは黒石の屋敷、そこでマリアに己の強化を頼む所存だ。


「…… 頼むマリア! 俺を強くしてくれ!」


土下座をする勢いで刹那がマリアに頼む。


「まあ刹那兄様、やっと自分の弱さを理解して下さったのですね。良い心がけですよ」


『ギギ……ギ……』


「まあドゥドゥーマヌニカちゃん、「雑魚が何をしたって雑魚は雑魚、変わらんよ」だなんて、本当の事だとしても言ってはダメよ」


「…… 俺は何を言われても構わない、だ、だから頼む。俺を強くしてくれ!」


「ウフフ、どうやら決意は本物の様ですね。では陣斗兄様の研究所に行きましょうか、刹那兄様の決意を確かめて差し上げますわ」


刹那は陣斗がよからぬ研究をしているのを知っている。不安はあるが背に腹はかえられない。


黒石陣斗の研究所。幾つか有る研究所の一つで、そこで陣斗は【ギガノマキア】の修理と改造をしているのだ。


巨人も今では本来の体の部分は、脳の一部と心臓のみ。もうすでに黒石高尚としての意思は無く、陣斗の操りロボットの様な扱いだ。


刹那が着いた時にも陣斗は狂った様な目で一心不乱に物言わぬ巨人の改造に没頭していた。


「…… コレがあるからリミッターが…… やはり取り外して……ブツブツ…… 」


「…… あの陣斗兄様、よろしいかしら?」


狂った目で1人ブツブツ言いながら作業に没頭する陣斗に、意を決して話しかける刹那。


「ヌッ、マリアに君は刹那君…… そうか、君がここに来ると言う事は例の薬を使う決心が付いたという事だね」


そう前から陣斗に薬を使ってみないかと誘われていたのだ。


目の前の刹那の姿にそう解釈をする陣斗。その目は新たなモルモットを見る科学者の目だ。


「…… ああ、俺は壁を越えたいんだ。頼む」


「せ、刹那……」


マリーダも心配そうだ。


「フハハハハッ! 任せたまえ、君を2ランク上の存在にしてやろう」


「そうですわね、薬に耐えられたのならば私が刹那兄様を人を超越した存在にして差し上げますわ」


刹那にも今の陣斗の異常さや、マリアの狂気は分かる。それでも彼等に頼らざるおえない現状。彼は大切な者を守るために狂気の道を行くのだ。


ーー


愛しい者を殺されて野獣の様に怒りに染まる者や、己の弱さに打ちひしがれ狂気の道を行く者とそれぞれに道を進む中、ただ1人その戦果にほくそ笑む者がいた。


それはあの鬼の里で思わぬ戦力の腐師匠を手に入れた黒川晶真だ。



「サアラ、鬼達には何体の人間を与えている?」


「はい。腐獅子に10人、他の鬼達は純粋な鬼ではないためか、成長の度合いが低いため一体ずつでございます」


「フム、鬼も純血かそうでないかでこんなにも成長に差が出るのだな」


資料を見ながら巨大な檻の中、何かを一心不乱に貪り食う腐獅子を興味深気にみる晶真。


人格者で人を喰らうのを嫌っていた彼の面影は無い。



「コイツの限界を知りたい。腐獅子に与える人間の数を倍の20人に増やせ。他の鬼は現状維持でいい」


「はい、承知しました」


腐獅子のいる檻に何処かから連れて来た人間を数人解き放つ。阿鼻叫喚の世界が広がる中、今後の展開を遠慮する晶真。


(うむ、あの強そうだった鬼を逃したのは痛かったが思わぬ拾い物、この腐獅子を手に入れられたのは大きい。コイツを更に強化して、私の計画に欠かせない駒に仕上げる)


冷徹な瞳で新たな餌を貪り食う腐獅子を見る。


「フッ、このペースなら私の思惑が実現するのもそお遠くない未来だな」


黒石の全てを統べる。


その目的に向けて彼の軍隊作りは着々と進んでいく。





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