第148話 激突! 2


他の鬼達が苦戦必至な中、刹那と戦う椿崩は更なる苦境に立たされていた。すでに片腕と残った方の腕も半ば千切れ掛けており、先程は片脚も斬り飛ばされた所だ。


刹那に獲物を痛ぶる趣味はないが、ボブとの模擬戦で覚えたディフェンスが彼の命を長引かせていた。


「…… 痛ぶって悪かったな。そろそろトドメ刺してやろう」


だがそれもここまで、もはや椿崩に逃れる術はない。


叩き上げの刹那の強さはこの場に居る戦士達の中でも上位の強者、椿崩だけではまず勝てない相手。


だが他の者も刹那に並ぶ強者との戦いで、彼の援護に回るだけの余裕が無いのだ。


「グヌッ、お、己! 己! 己えぇ! このまま終われようか! 我が切札、貴様に見せてくれる!」


かつてボブと戦った際にも切札を使う寸前にまで追い込まれた椿崩。この切札は使えば最後、元の姿に戻る事は出来ない。


だが目の前の相手は切札を使わなくては勝てない相手。それに苦戦必至な仲間達の姿が彼に決断をさせる。


「ならば使おう! 我が妙技【昆虫戯画】で貴様に滅びを!」


【昆虫戯画】とは自身の体を昆虫のそれに変えるという能力。本来昆虫は酸素の濃度によってその大きさが変わるという。


彼の能力の場合は魂を触媒とする為、自然界のルールは適用されない。その為人程の大きさで鋼鉄をも凌駕する頑強な外殻を持つ昆虫鬼人へと変化するのだ。


その強さは本来の彼の能力の5倍、2度と元に戻れなく成るというペナルティーを差し引いてもあまり有る能力だ。


そして椿崩は体長2mの巨大な蟷螂の様な【刀螂皇帝】へと変化する。椿崩が変化したと同時に失った筈の手足も再生される。


『チキキキキキ、さあ行くぞ!』


昆虫を思わせる鳴き声と共に椿崩が凄まじいスピードで刹那ぬ迫る。


「…… クッ!」


椿崩の蟷螂の鎌と【アルグ.スーンドラ】の【月光の曲刀アミュレーター】が交差して、キーーン!と高い金属音が鳴り響く。


【月光の曲刀アミュレーター】はダイヤモンドすら両断する切れ味だ。その曲刀と打ち合えるという事はダイヤモンドよりも硬い外殻だという事。


(……こ、コイツ、強い!)


椿崩が【刀螂皇帝】に変化した事でそのスピードについて行けなくなった刹那。


「刹那!」


脇で見守っていたマリーダが【火焔掌】と【風華掌】を合わせた【風焔滅陣】という能力で刹那のフォローをする。


捉えたと思った瞬間邪魔された椿崩がマリーダを睨み付ける。


『チキキキキキ! 女、お前はこの者を仕留めた後に醜く切り刻んでくれる』



鬼達が切札を出し千変万化の状況が続く中、鬼の里にも由々しい事態が起きていた。


戦える鬼が出払った所を見越して【黒真戯 】、巨大な猿と土竜、【狗族】の戦士が攻め入って来たのだ。


それと共に驚愕が鬼の里を飲み込んだ。何と攻めて来た者達の中に、雲州鬼族の1人腐獅子の姿があったのだ。


「ふ腐獅子殿!? な、何故!?」

 

「お、おら晶真様のために頑張るズラ!」


予想外の敵の姿に里を託された鬼達も困惑気味だ。


ーー


それは今から1時間前。腐獅子と美穂の夫婦が畑仕事をしていた時、突如に彼等を猿達が襲って来たのだ。


「美穂! オラが倒すから古屋に逃げていろ。いいかオラがいいって言うまで出て来ちゃあいけんぞ!」


「は、はい!」


美穂を古屋に避難させて襲って来た猿の魔物を倒していく。元々争い事は嫌いだが、大切な者を守るためなら何とだって戦う所存だ。


襲って来た猿の魔物は5匹、ここら辺では見た事もなく、ましてや鬼に襲いかかる魔物なぞいる訳もない。だが腐獅子は深く考える事なく魔物を仕留めると美穂が逃げ込んだ古屋に向かう。


「ふう〜、美穂、片付いたず……」


彼が最後まで言葉を発する事は無かった。何故なら目の前の、自身より大切な美穂の首筋に刀が有ったからだ。


「あ、あなた……」


美穂の両隣には眼鏡を掛けた長身の男と何とも美しいが冷徹そうな女がおり、その背後にはいつでも戦える様にと【狗族】の戦士がいる。


「み、美穂!」


「動くな」


美穂の元に駆け寄ろうとした腐獅子を牽制する様に男が牽制すると、女が刀で薄く美穂の首筋を切る。


ほんの少し血が滴る程度だが腐獅子の動きを止めるには充分だった。


「やめろ! やめてくれ! お、オラならどうなっても構わねぇ、み、美穂、美穂だけは助けてくんろ!」


土下座する勢いで地面に手を付き美穂の無事を懇願する。


「鬼と人の夫婦とは何とも興味深い話だが、私が用があるのは鬼のお前だけだ」


そう言うと眼鏡の男は、彼等の背後に立つ【狗族】の者に腐獅子を痛め付けるように指示をだす。


「ぐっ、ガハッ!」


「や、やめて! 主人に酷いことをしないで!」


美穂の叫びなど気にする様子もなく彼を痛ぶり続ける眼鏡の男。そして腐獅子が弱って来たところで右目の邪眼を瞬かせる。


人とは違い意思の強い鬼はなかなか落ちないが、美穂を痛ぶる素振りを見せながらだとその鋼の意思も鈍る様で、彼の邪眼に落ちてしまった腐獅子。


「お、オラ歓迎するだ。ゆ、ゆっくりして行ってけろ」


「フム。自らを責められるより他者を責めた方が邪眼にかかり易いとは、面白い結果だな」


それでもなお深い所で抵抗しているのか、歓迎する言葉は吐くが、目は虚なままだ。


「あ、あなた……」


「フフッ、流石は鬼だな、私の【黒魅眼】でも完全に落ちんとは大したものだ。だが、もう一つの【黒操眼】には耐えられるかな?」


今度は眼鏡の男の左目が瞬く。腐獅子の目がトロンとした状態から覚醒した様に目の焦点が合ってくる。


「ガハハッ! 晶真様が遊びに来てくれた嬉しいべ。ゆっくり遊んでいってくんろ」


今度は完全に歓迎する素振りを見せる腐獅子。


「…… あ、あなた…… 操られて……」


美穂も腐獅子の態度の変わりように、晶真に操られている事に気づく。


「フッ、やっと落ちたか。しかしこう傷付いていてはせっかくの戦力が台無しだ」


そして眼鏡の男は、まるで実験動物を見るかの様に美穂を見る。


「鬼は人を食べる事で傷を癒やし力を蓄えるという。おあつらえ向きにここに人が居るではないか、最愛な者の血肉ならより一層の強化が期待出来るやもしれんな」


「なっ……」


眼鏡の男の言っている事を理解した美穂は笑顔のままに自身に近づく腐獅子を見る。彼が何らかの力で操られているのが分かる。呼びかける事で反応はするが、本来の彼では無い。


「……あなた……」


「…… お、オラた、食べるぅ、晶真様のために食べるぅ!!」


血の涙を流しながら震える体で美穂に迫る腐獅子。魂で拒んでいても体がいう事を聞いてくれないのだ。


それでも最後の一線だけは超えまいとする腐獅子。彼の体から軋む音と共に血が滴り出す。


このまま抵抗を続ければ、彼の肉体は壊れてしまうかもしれない。それでも、それでも最後の一線だけは超えまいと魂で耐えているのだ。


「グガァアアアアアアアアアァ!!(い、嫌だ食べたく無い、大切な晶真様の命令だけんど、それだけは! それだけは!)


「むう……」


初めて自身の能力に争う者を見て唸りをあげる晶真。


そんな彼の姿に美穂が驚きの行動をする。何と自ら腐獅子の元に歩み寄ったのだ。



「あなた大丈夫よ。私はここにいるわ……」



そう言うと腐獅子を抱きしめる美穂。徐々に傷ついていく彼の姿に我慢出来なかったのだ。


ギリギリの瀬戸際だったのだ、彼女の行動で我慢の限界が来ても彼を責める者は居ないだろう。


「グッ、があああ!!」


最後まで抵抗していたが腐獅子が大口を空けて美穂を喰らう。彼に食べられる寸前まで笑顔だった美穂。


初めて彼に会った時に助けてもらった、それからも自らの体も顧みず彼に守ってもらった。彼に殺されるならば本望だ。


美穂を貪り食べながらも腐獅子の目から血の涙が滴り落ちる……


その傷すらも人を食べた事で治ってしまうのだろう。



「ほう、これは面白い現象だ。心の奥底、魂で拒否しているのか、大変に興味深い」


邪眼を使う者は人を物や道具として捉える傾向にある。人の心を持たない悪魔の様な者、それが邪眼使いなのだ。



その鬼の襲撃は状況を一変させた。


腐獅子はリミッターの無い状況では鬼達の中でも順列2位の強さの鬼だ。人を食べて強化していない状態でも夜鶴姥童子に迫る強さを持つ。戦闘能力に乏しい【アマメハギ】の鬼では対応出来ないのだ。


血の涙を流しながら、女子供でも構わずバッサバッサと呪われた腐敗の手で薙ぎ払って行く。


「ふむ。これは思わぬ拾い物だったやもしれんな。これから彼奴に毎日人10人以上の人間を与えろ。徹底的に強化するんだ」


「はっ!」


鬼の強化の為に毎日人を与えろとサアラに命令する晶真。その非情の命令にも顔色一つ変える事なく了承する彼女もまた人では無いのかも知れない。



『チキキキキキ、腐獅子! 貴様敵に寝返ったのかあぁ!?』


「オラは戦う! 大切な晶真様のためにぃい!」


血の涙を流しながら戦う明らかに違和感を覚える腐獅子の態度。他の鬼達も彼の異変に気付き駆け付け様とするが、目の前の強敵がそれを許さない。


ボーゲルを抑えていた2人もそうだ。


「ボブ殿!」


夜鶴姥童子が共に戦うボブに了解を求める。彼は里の援護に回りたいのだ。


「OKで〜ス! あちらの手助けに行くで〜ス!」


「かたじけない……」


ボーゲルの相手をしていた夜鶴姥童子がボブに後を託して里の方へ向かう。


今のボーゲルは2人で抑えるのがやっとの状態だった。そこから夜鶴姥童子が抜けるという事は、ボブに死んでくれと言っていると同じ事。


それでもボブに託したのだ。


『虫ケラが、貴様1人で我を止められると思うたか!』


ボブは分かっていた、このボーゲルが本気ではなく、遊び程度にしかこの戦いに望んでいないという事を。


「私しを信頼してェ託してくれたので〜ス。さあ行くで〜ス!!」


















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