第145話 白馬の王子様


黒石康之助に案内されて来たそこには黒石将ノ佐以外の全ての当主候補が集まっていた。


刹那は優畄以外の当主候補とは面識が無かったため知らない顔ばかり。中には黒石陣斗、黒石晶の顔もある。


そしてこの場にボーゲルの姿まであったのには驚いた。


(…… あいつは…… 確か本家の執事だったか。彼が何故この場に? まあどうでもいい事か)


生きるのに強く成るのに必死だった彼からしてみれは、他の当主候補なぞどうでもいい存在だ。


「へ〜雑魚だと聞いていたけど、なかなか強そうじゃないか」


刹那の隣の席に座る黒石ひなたが、刹那を見て舌舐めずりをする。刹那から発せられる闘気を見てその強さを見測ったのだ。


そんな戦闘狂のひなたに興味は無いとばかりに無視をして席に着く刹那。 


黒川晶真は優等生の生徒会長そのままに真っ直ぐに座り、場の雰囲気を感じている。将来彼等の上に立つという自信が伺える。


(フフフッ、いつしか僕が彼等の上に立つ時が来たらこの様に定期的に皆を集めるのも悪くない)


有りもしない未来の妄想に満足そうに内心でほくそ笑み晶真。こう見えて彼はアイデアリストなのかもしれない。


一方、黒石七彩はなぜ私がこんな所に、といったら不満顔のまま誰と打ち解ける事もなく席に座っている。そして彼女は自身の授皇人形のフィレスを意識しだしてから彼をまともに見る事が出来ずにいた。


目が合うと何故か背けてしまう。その度に悲しそうな顔をするフィレス。それを治したいと思うが心と体は別々の反応をする。


(もお〜、一体何だって言うのよ。何で私がこんな思いをしなくちゃいけないのよ……)


もはやお嬢様の頭に討伐の事など皆無、寝ても覚めてもフィレスの事ばかりな自分に辟易する。素直になれない自分が恨めかしい。



黒石ひなたは七彩とは違い、退屈する事なく目を爛々とさせていた。


この場に集まった者達の強さで順位を付ける。


(やはりボーゲルと康之助さんが頭一つ抜けているな、今の私じゃまだ勝てない。この刹那なんかは雑魚と聞いていたがなかなかどうして、私でも5回戦って勝ち越せるかどうか……)


強さだけが全ての彼女にとってこの場は大博覧会そのもの。討伐なぞ無視して手合わせだけ願いたい。


また優畄達の討伐から遠のいたフラストレーション。鬼に自分を満足させる存在がいればいいなと思う事で、彼女は我慢をしているのだ。


そして刹那が席に着くと同時に康之助がその口を開いた。



「皆な遠路遥々集まってもらって感謝する」


社交辞令か、集まった皆への労いの言葉から始める康之助。


「兄さん、今は我等黒石の明確な危機。それを回避する為に動くは必定です」


康之助の弟でもある陣斗が珍しくも険しい顔で言い放つ。研究所を破壊された事を恨んでいるのだ。


「なんだ、そんなに玩具を壊された事が悔しかったのか?」


陣斗が般若の如き顔で康之助を睨み付ける。


マッドサイエンテイストの弟を揶揄った後、顔を伏せて康之助と目を合わそうとしない晶に視線を向ける。


「晶までここに来るとはな。話に聞いたぜ、また授皇人形を置いて逃げ出したそうじゃないか? 研究所も無くなって、弱虫なお前を守ってくれる盾はもう作れないぜ、どうする気だ?」


皆の前であえて揶揄い恥をかかせる。かつて5人目の授皇人形を見殺しにした事で、康之助に半殺しにされた経験のある晶は康之助を酷く恐れて居るのだ。


そのまま彼は何も言わずに下を向いたまま現実逃避を決め込む。


この作戦を良く思っていない康之助、いろいろと鬱憤が溜まっているのだ。


「康之助様、そろそろお戯れはお辞め下さい。時間の無駄です。本題の方をお話し下さい」


康之助の独断場に見かねたボーゲルが、心の籠っていない機械の様な喋り方で指摘する。


「そうだななら話そうか。これから鬼の里に攻め込む訳だが…… 」


康之助がこの場に集まったメンバーを見回す。


「鬼の里を攻めるだけならこの半分で充分なはず、正直いって過剰戦力だ」


かつて己のオーラだけで鬼の襲撃を退けた康之助。1、2体程は警戒する強さの鬼がいたが、それでもこの戦力は過剰過ぎる。


「それに鬼の里の正確な位置も掴めていないんだろ? 」


今度はボーゲルのみにその旨を聞く。


「この作戦は黒石の総意。光の御子と鬼達との合流は何があっても避けねばなりません」


ボーゲルは康之助に振り向く事なく淡々と話す。


「太陽神の加護を持ち、黒石から離れている貴方にはこの黒石を脅かす脅威が分からない。康之助様、口出しは無用にございます」


ボーゲルの話しで皆が康之助に視線を向ける。


「速い話が優畄達を誘き寄せるために害の無い鬼の里を攻める。そうゆう事だろ?」


「其れのどこに問題がありましょう? 黒石の未来のため邪魔なものは排除する。其れのどこに問題がありましょう?」


「ありありだ、俺は弱い者イジメに加担するつもりはない。この作戦からは降ろさせてもらう」


康之助がこの作戦には参加しないと明言する。


「ならば黒石に害有りと捉えこの場で処分致しましょう」


従わぬならこの場で処分すると言い切るボーゲル。


「ゴミ溜めの虫ケラにも劣る邪神如きが俺を処分するだと? やってみろ!」


「貴様!」


激昂した2人が立ち上がり互いに闘気を放出し合い牽制し合う。


この場にいる者は皆百戦錬磨の猛者ばかりだが、康之助とボーゲル両者の圧倒的な怒気に当てられて動けずにいる。


「なっ……(何よこの威圧感は……)


(…… 化け物共め)


まさに一触即発な状況。だが。この一触即発の状況もある人物の登場で幕を閉じる。



「なんじゃ騒がしいのぉ」


いつの間にか現れたその男は、その一言でもってして場の空気を治めた。


見た目20歳くらいの好青年に見えるが、その内蔵されて居る漆黒の闇は圧倒的だ。康之助とボーゲルの両者を黙らせる程に。


そしてその青年はこの場に集まった者達を具に見たのち高笑いを始めたのだ。


「カッカカカカ、見事に集まりおったな」


「これは権左郎様、まさかこの場においで下さるとは」


そう、この青年の正体は【掌制転生】で新たな体を手に入れた黒石権左郎だったのだ。


康之助以外の皆が立ち上がり礼をする。


「よい。今回は新しい体の慣らしと様子見だけじゃ。気にせず、気にせず、カッカカカカ」


こうなるともはや権左郎の独断場だ。


「……爺さんあんたまで出張って来るとはな……」


いつの間にか一切の気配なくこの場に来ていた権左郎、マリアの転送とも違う、彼独自の能力なのだろう。


「だから今日は様子見だと言ったじゃろ。喧嘩は辞めい」


権左郎の一言でボーゲルが何事も無かったかの様に席に着席する。


「それから康之助、降りると言うならばお前の愛しい猫は屋根から降りれぬままぞ」


「……」


康之助も権左郎の意味ありげな一言で、無言のままに着席した。


そして権左郎はこの場にいる者全員を見測る様に見ると、再び悍ましく笑い声を上げたのだ。


「カッカカカカカカカ。この場に集まった者は皆それなりの実力者じゃ。期待しておるぞ」


そして背後の暗闇に溶け込む様にその姿を消した権左郎。その後は静けさだけがその場を支配していた。


ーー


会議も終わり、それぞれに割り当てられた控室に戻った一行。そして控室で出る話題はやはりあの会議での出来事だ。


康之助とボーゲルの確執、その際に見せつけられた圧倒的なまでの彼等の力。そして権左郎の邪悪な存在感。彼等は自分達の力の無さを実感するのだ。


そしてそれはお嬢様の部屋でも同じだった。


「…… な、何よあんな力……私は怖い、怖くて堪らないの……そ、それにお祖父様から感じるあの邪悪な気配は…… 私達は一体どうなってしまうの……」


優畄達の討伐に失敗してから挫けてしまった感のある七彩。弱い咬ませ犬や弱った相手ではない本当の強者を知り、自分の力が児戯に等しい程度だと悟ってしまったのだ。


それに若返っていた権左郎の存在、まるで闇を凝縮させて人の形を象った様な圧倒的な嫌悪感。


彼女は恐れていた。黒石の本質に、そして黒石でいる事の自らの未来を恐れて居るのだ。


元はただの16歳の少女なのだ、それも無理からぬ事だろう。


「大丈夫ですお嬢様、貴方は何に変えても私が守ってみせます!」


そんな中でも変わらぬ態度のフィレス、実際にそうゆう場面になれば、彼は自身の身も顧みず彼女の盾になるだろう。


「フィレス……」


そう言うフィレスが彼女には、白馬に乗った王子様に見えたのは言うまでもない。


「な、な、何を生意気な! わ、私の為に死ぬのは当たり前なんだから、フィレスのくせに生意気よ!」


「はっ、申し訳ありません!」


どうしても素直になれないお嬢様、彼女が素直になるのはいつの事になるのか誰にも分からない。





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