第141話 久しぶりのボーゲルと権左郎、鬼の里
黒石の屋敷のある部屋、権左郎が何かを作っている。
それは人でも魔の者でもなく、様々な生き物の部位を組み合わせて作られた人造生物だ。そのキメラ生命体は、クリスタルガラスの筒の中で半透明な溶液の中に浸かりプカプカと浮いている。そこにいつもの様にボーゲルがやってくる。
「権左郎様、黒石優畄の討伐に向かった黒石高尚様、黒川晶真様、黒石七彩様、黒石晶様方の合同討伐隊が敗走してまいりました。いかがいたしましょうか?」
「ほう、あの小僧それ程までの力を手に入れたのか…… 」
まさかアレだけの手数と手練れを揃えて負けて来るとは思いもしなかった権左郎。
そして黒石の巫女が能力で撮ったという映像を観る。
「…… そうかあの小僧、どうやったかは知らぬが光の御子に転生しおった。もはや人が人のままに太刀打ち出来る相手ではない」
光の御子。自身もかつて戦い手痛い敗北を味わった相手だ。討伐隊を退けた事と映像から優畄がその光の御子に成ったと予想する権左郎。
そして彼は化け物を満足そうに見ながら思いに耽る。
権左郎は今ある考えを抱いている。それは他の兄妹達に代わり自身が【掌制転生】による復活をしようという計画だ。
この権左郎は今から80年前に【掌制転生】でこの世に蘇った黒石の初代当主“黒石蛭留吼(ヒルコ)“その人である。
実際には5度目の入れ替わりによる復活なのだ。7人いた兄妹で順繰りに、【掌制転生】による復活を果たして来た彼等のその邪悪なサイクルを、ここで一旦途絶えさせようというのだ。
それは此度の優秀過ぎる当主候補が原因だ。
「…… 今回の当主候補は当たりも当たり、大当たりじゃった。じゃが、その最有力候補が反旗を翻し、他の者を圧倒する力を手に入れた」
「はい。忌々しい光の力でございます」
「そうじゃ、忌々しい力じゃ……」
権左郎はそう言うとかつて自身も戦った事のある光の御子の事を思い出す。
それは黒石に【甚黒魔皇石】が齎されてから50年程後の千とウン百年前の話し。
闇の力を得てこの世の覇権を取ろうと旗を掲げた黒石の前に立ち塞がったのが光の御子だった“源光姫“(アカリ)だ。
その当時は闇の力の使い方も知らず能力も使えない状態だったため、ボロ負けだった権左郎。何とか敗走する事は出来たが、その世代での再起は絶たれる。
この事件を教訓に彼等は時代の闇に潜り、【甚黒魔皇石】を使い能力を持つ魔の者や惟神、時には別次元にあった平行世界を滅ぼしてまで“能力“という力を集めたのだ。
そして【掌制転生】を利用して転生を繰り返して力を蓄えて来た。そして強大な敵を打ち倒してきたのだ。
【掌制転生】とは当主候補から選ばれた者の体を乗っ取り、自らの復活の依代とする邪悪な邪法で、乗っ取られた体の持ち主は吸収され消滅する。
その代わり転生した体は保って60〜80年しか保たない。それに転生出来るのは1人だけ。
その為に新しく、力を蓄えた体に蘇るのだ。
今回は元当主の権左郎自らが先陣に出ようとしている。優畄達の反乱は彼が動く程に、黒石にとって大きな厄災なのだ。
「……そして此度の候補には【森羅万象統御術】の使い手も居るという」
優畄と戦い、その最中に退いたどころか討伐から退くと言い残し姿を消した黒石将ノ佐。今は呑気にも母親とカリブ海でバカンス中との事だが。
「アレは裏切る。ワシの長年の感がそう告げておるわい。そして、ワシ等黒石の前に立ち塞がるだろう」
「ならば私めが……」
「無理じゃ。お主には、いやアレはワシでは対処できん。マリア以外にアレの相手は無理じゃ」
「……」
権左郎の話を聞いていたボーゲルが不服そうに言葉を閉じる。そんな彼に気付いた権左郎はフォローとも取れる言葉を話す。
「個の強さならお前の右に出る者はおらん。だが彼奴の術はこの世の理を支配する唯一絶対の力じゃ。太古の邪悪であるお主でも勝てはせぬ。あの全てが停止した世界ではな」
そう言うと醜く歪んだ笑顔を見せる権左郎。ボーゲルもその言葉の意味が分かってか否か、黙ったままに佇んでいる。
「マリアが当てにならぬ限り、この黒石を存続させるためには最も優れたワシが、再び転生して対応するしか無いのじゃ。それに戯れる事しか知らぬ我が兄妹達では黒石の闇を色濃くする事は出来ても、それ以上は期待出来ぬ故な……」
マリアが遊び感覚なのは権左郎も承知の事実だからこそ自分が動く。それ程までに今の黒石にとってこの状況は好ましく無いのだ。
「で、私めはどの様に動けばよろしいでしょうか?」
「そうじゃな…… お主は自由に動くがいい」
権左郎がボーゲルに好きにしろと言う。それは全力で暴れても良いと言う事。
「我は黒石に忠誠を誓う下僕に過ぎません。貴方様がそうお考えならそれに従うのみ」
そう言って権左郎の部屋を後にするボーゲル。本気で暴れて良いとの許可をもらいはやる気持ちを抑える様に去っていく。
「クッククク、彼奴も【仙狐】の姫の捜査でフラストレーションが溜まっておろう。存分に気晴らししてくれば良い。まあ、それでもあの小僧には勝てんだろうがな……」
ボーゲル、彼が本気で暴れれば山の1つや2つは吹き飛ぶだろう。
彼の本当の名前は闘神イーボスチュチン。かつて黒石が滅した平行世界の邪神だった存在だ。
搦め手を好む邪神にあって珍しく肉弾戦を好み、強者を打ち負かし殺すのが何より好きだった彼は、久しぶりの好敵手の出現にワクワクしていた。
「……光の御子、かの世界では勇者と呼ばれていた者。確か最後に倒した彼奴で9人目だったか……」
当時ボーゲルが戦った最後の勇者は、2度目の転生体で平行世界へ勇者召喚で召喚された権左郎と、一緒に召喚された転移者の1人で、後に勇者と成った若者だ。
そして平行世界の為にボーゲルを討伐しに来た勇者達、死闘の末に邪神を倒すまで追い込んだ勇者だったが、仲間であった権左郎に裏切られたのだ。
権左郎の助けがなければ彼は滅ぼされていただろう。
だが平行世界の破壊と、権左郎への隷属を条件に生き返させて貰ったのだ。
当時、自身を滅した勇者の体を依代に……
そう彼の体は当時の勇者の物なのだ。彼は光の者との因縁を強く感じていた。そしてその因縁に終止符を打つ為に、ボーゲル.イーライという名の元勇者の体で優畄達との戦いに臨むのだ。
ーー
ルナが優畄達の元に来てから3日、“冥道心界“の能力を使った影響で寝込んでいた千姫も回復したので、急遽鬼の里に向かう事になった。
それは強大な黒石の闇が黒石の館がある方向から解き放たれたからだ。
「! こ、この気配は……」
「…… ボーゲルていうあの家の執事の気配……」
この気配を感じ取ったのか、ルナもヒナにしがみ付きガタガタと震えだす。
そんなルナを優しく抱いてあげながら優畄の手を取る。優畄もその手を強く握り返してそれに応える。
「何と色濃く邪悪な闇じゃ…… それにこの気配には記憶がある」
そう、かつて自身の里を滅した者と同じ気配。
「…… これ程距離が離れているにも関わらず色濃く感じる。常人では見ただけで発狂するレベルじゃ。呑気してはおれん、我等は早く鬼達と合流しなければならぬ」
事態に一刻の猶予もないと行動に移る優畄達。
素早く進みたい所だが千姫とルナはその高速移動に耐えられない。その為そこらの車を拝借して向かう事にした。
車の運転ならヒナが出来るため問題ない。
それに車で鬼の里に向かうにはある理由があった。
「今居場所を知られる訳にはいかぬ、虫には気を付けるのじゃ」
黒石陣斗の"虫の知らせ“に警戒しつつ迅速に行動する。今は結界は掛けていない。それは先の戦いの為に力を温存しておきたい千姫の判断だ。
風運急を告げる事態が優畄達に迫る中、鬼の里へと急ぎ向かうのだった。
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