第139話 救出
黒石の襲撃を切り抜けた優畄達は廃神社に来ていた。ここは千姫の友達の住む神社で、しばしの間匿ってもらうのだ。
「このお方は【仙狸】族の金太殿だ。しばし厄介になる」
「お邪魔します」
「狸さんよろしくね」
『う〜む、ゆっくりして行けばいいさ』
この神社の異空間に暮らすのは【仙狐】族と古くから親交がある【仙狸】族の金太のマンションだ。
この異空間には様々な果実が食べ頃で実っており、食い道楽の金太を表した様な世界だ。
そこにはあの黒石晶が逃げる際に1人置いていったあの女性もいる。
黒石マリアの追跡から逃れるために、かの者の追跡の及ばない異空間は都合が良いのだ。
黒石晶が置いていった授皇人形の女性。度重なる虐待の末に心を病んでしまった彼女は、ヒナの温もりに触れて、幼児退行してしまい子供の様になってしまったのだ。
授皇人形はその性質上、換える事に能力が落ちていく。
ヒナの場合は最初の瑠璃が優秀だったため、2人目の授皇人形としても能力のダウンは極めて低かった。
だが黒石晶の場合は8回も換えているため1番最初の授皇人形に比べると6割減程の能力となる。能力と共に知能や精神年齢なども下がるため、彼女の場合は中学生程度の知能と精神年齢だ。
黒石晶は秘書然とした25歳前後の女性を好むため、見かけによらず精神年齢が低かった彼女に余計に辛くあたったのだ。
そんな彼女は今、その大人びた見た目のままに子供の様にヒナに抱きついている。
彼女は言葉は発し無い。何故なら黒石晶に喋る事を禁止されていたから。
「人形に言葉は要らない。お前達は私の言う通りに動き、死んでいけば良いのだ」そう言って笑いながら彼女を殴る黒石晶。彼女の中では言葉はイコール暴力なのだ。
彼女はヒナ達からルナという名前を貰った。単純にヒナに近い名前を彼女が喜んだから、その名前に決めた。
「ルナ、今日から貴方の名前はルナだよ」
「……」
言葉は無くとも彼女の満面の笑みが、彼女が喜んでいる事の証。
ルナは黒石晶とのリンクも弱いらしく、このリンクの繋がりも換える事に気薄になっていく様だ。
今ではルナにとって黒石晶は恐怖の象徴だ。出来るなら会わせたくはない。
だが彼女達授皇人形は主人の側に居なくては10日で死んでしまう定めなのだ……
「主人を黒石に縛り付けるための楔か、何とも残酷な所業よ、命を何と心得るのか……」
千姫がルナの体を診る。千姫が近くとビクッと怯えるが、彼女が女性なせいかそれも最初だけで、その後はなされるがまま診られている。
千姫の診察は特別制で体の状態はもちろん、心の状態は疎か魂の状態まで診れるのだ。
それは【人擬造形】という【仙狐】族でも族長に連なる者が扱える、無から有機物を作り出し簡単な命を授ける事が出来る能力を扱えるからに他ない。
まあこの能力では魂まで授ける事は出来ないが、人の魂の事なら彼女程の位の高い存在なら知っていて当たり前の事。
「…… うむ、この娘は主人とのリンクが完全に切れておる。これならばこの娘を救えるかも知れぬ」
「ほ、本当!? ルナ助かるの!?」
ルナが助かるかも知れないと聞いたヒナが、千姫に興奮気味にしがみ付いていく。
「落ち着けヒナ、千姫さんの話を聞こう」
千姫の話に寄れば、ルナのリンクは誰とも繋がっていないという事だ。
本来なら主人と授皇人形のリンクが途切れる事はあり得ない。だがルナの場合は彼女が8人目の授皇人形だった事と、黒石晶による度重なる虐待、そしてヒナによる癒しが決定してとなりその切れる筈のないリンクが切れたのだ。
8度目ともなるとリンクの繋がりも弱くなる様で、その意味ではある意味ルナは、優畄達に出会えてついていたと言えるだろう。
「この場でなら安心して術を施せる」
今は黒石やきそばとリンクが切れている状態だが、この異世界から出て、彼が彼女を意識して探すと、ひょっとしたらまたリンクがつながってしまうかも知れない。
そこで完全にリンクが離れている今だからこそ他の者と新たにリンクを繋ぐのだ。その途切れたリンクを優畄達と繋げ光の力を注ぎ続ければ生きながらえる可能性が有ると言う事。
「それと共にルナの魂に絡み付く闇を払うために、優畄、ヒナ、お前達2人とリンクを繋げるのじゃ。そうすれば優畄達の光の力がルナに流れ込み、闇を払いその心と体を癒してくれるじゃろう」
「えっ、俺達と?!」
「私としては嬉しいけど、私は優畄とリンクが繋がっている状態でも出来るの?」
「ああ問題無い。どちらかと言うと2人の方がルナの闇を払う為にも好都合なんじゃ」
1人なら濃すぎる黒石の闇を払う事は出来ない。だが2人ならそれも可能だ。
「お前達の光は今や対黒石の特効薬みたいなもの。お前達2人なら彼女の闇を祓うことが出来るのじゃ」
元々強い光の力があった優畄でさえ飲み込まれかけたのだ。今の彼等が有るのは度重なる人々の思いと奇跡が重なったゆえの結果だ。
そして彼等の光が1人の女性の闇を払らえるかもしれないのだ、2人はいの一番に了承した。
「これから2人をルナの心の世界へ送る。そこには彼女を縛り付ける黒石の闇があるはずじゃ、その闇を祓いルナの心とリンクを繋げるのじゃ」
この“冥道心界“という能力を使えば激しい霊力の消費で3日程は動けなくなってしまう千姫。
(…… ボブよすまぬ、もう少し帰るのが遅くなりそうじゃ……)
そんな千姫の脳裏にサムズアップで笑うボブの笑顔が浮かぶ。
そして千姫の術で眠るルナの心の中へ飛ばされて来た優畄達。
ルナの心の中は埃が一つとしてない潔癖なマンションの一室で、彼女は殺風景な廊下の脇で寝起きさせられていた。
その際に与えられたのは毛布一枚だけ、夏場は夜も暖かかったから良いが、彼女がこの世に生まれ出て直ぐの頃季節外れの雨が続き震えながら寝ていたものだ。
食事は1日一食だけ、白いご飯とふりかけのみ、なんていう日はざらにあった。
それでも最初の頃は黒石晶の好み通りの秘書然とした自分を演じようと頑張ってはみたが、彼から返ってくるのは暴言と暴力のみ。
自由に外に出る事も許されなかった彼女、唯一外に出る事が出来るのは魔の者の討伐事だけ、それも彼女は戦力ではなく盾でしか無かったのだ。
人の優しさも温もりも知らず、彼女の精神は心の闇に深く深く沈んでいった……
そんなルナのこれまでの短く辛い人生を辿る様に、彼女の心の中を進んで行く。
『…… こんな過酷な毎日を彼女は生きて来たんだな……』
『だから黒石の闇を払って、明るく楽しい毎日を過ごせる様にしてあげないとね』
千姫が言うには、ルナの心の奥底に沈み込んでいる彼女の精神体を助け出し、2人の光で包み込んで癒やしてやる事が彼女を救う方法だという。
そしてそんな彼等の進行を塞ぐ様に彼女にとっての闇、黒石晶が姿を現したのだ。
この黒石晶はルナの精神が作り出した幻覚であり、黒石の闇その物でも有る。つまり彼女を助けるにはこの黒石晶の幻覚体を倒さねばならない。
黒石晶の幻覚体の顔が醜悪に歪み、その前身から触手の様な者が生えてくる。まさに化け物と呼ぶに相応しい、黒石晶の精神を現した姿だ。
『グッヒヒヒヒッ! この人形は渡さん、俺のものだぁあ!!』
黒石晶の幻覚体が金属化させた触手を優畄達に向けて放ってくる。だがその触手はヒナの【閃光】によって全て斬り落とされてしまう。
驚愕の顔を見せながら、今度は全身を金属化させた黒石晶が迫って来る。
優畄はそれにカウンターの光の一撃を合わせて黒石晶の精神体を消滅させた。
黒石の闇に対して特攻の力が有る優畄達にとっては黒石晶の精神体程度では相手にならない。
精神体をさっくり倒した優畄達の前にルナの精神体が居ると思われる部屋へ続く扉がある。そしてその扉を開いた先は、様々な拷問の機材が置かれた禍々しい場所だった。
『……』
そして優畄達はその部屋の奥で震えながら蹲るルナの姿を見つけたのだ。
『…… ルナ』
『…… お、お願い…… もう痛い事はしないで……』
最初に会った時の彼女の様に震えながら、懇願する様にそう言うルナ。ヒナはあの時の様に震える彼女に近くと、優しく抱きしめてあげる。
『大丈夫…… もう貴方に痛い事をする人は居ないから。だから、ね、私達とお友達になりましょ」
優畄もその上から優しく2人を包み込む様に抱きしめる。
「…… う、うん」
彼女の体から力が抜けると同時にその顔も笑顔に変わっていく。
こうして2人はルナとリンクを繋ぐ事に成功したのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます