第138話 撃退
「では参りますわ!」
七彩は両手を銀月刀に変えると体を独楽の様に高速回転させ斬りかかって来たのだ。
「【銀月刀、銀独楽】!」
この回転斬撃の恐ろしいところが高速回転しながらも、その都度斬撃の軌道を変えて来るところ。それが成せるのは銀月刀がまるで液体の様に随時変化し、その軌道を自由自在に変えられるからだ。
「クッ!」
それも【狗族】の【真空裂破】の合間をぬって斬りかかって来るのだ、交わし辛い事この上ない。
本来彼女の相手は刀を扱えるヒナの方が向いているが、そのヒナも千姫を守りつつ戦っているのでそうもいかない。
そんな彼女の前には黒石晶が立ち塞がる。それも自身の【授皇人形】の女性を盾の様に全面に置いての布陣だ。
正気の無い怯えた様子の彼女が気の毒でしょうがない……
「黒石ヒナ、貴様も討伐対象だ。【授皇人形】にありながら生みの親でもある黒石に楯突く不届き者、私が成敗してくれる」
優畄ではなくヒナの方に出向いた晶、確実に狩れる方を相手にする彼の徹底した合理性は伊達ではないのだ。
まあそれを卑怯者と呼ぶ者もいるが……
「……女性を盾に卑怯者め! 恥を知るのじゃ」
「本当最悪! 徹底的に叩きのめしてやる!」
「フン、何とでも言え。要は討伐さえすれば良いのだ、その過程などどうでも良いのだよ」
女性陣の辛辣な態度にもまるで意に返さない晶。彼は体を硬質化させるとヒナ達に襲い掛かる。
ヒナは晶の相手でこちらまで手が回らない。
そこで優畄は体を硬質化させる【硬化】という能力を使う事にする。交わし辛いなら受け止めれば良いのだ。
この能力は【如月亀】というかつていた二足歩行の亀の一族が扱えた能力だ。この一族は歳を取るほどに能力の【硬化】が強まっていき、最終的にはダイアモンド並みの硬さを誇るまでになるのだ。
そうこの能力は黒石晶の【金属変化】の元となった能力。
優畄に力を託した時の【如月亀】の者には実体がなかった。それは死してなおも黒石に恨みを抱く彼等の想念が形となり【硬化】の能力という形で優畄達に受け継がれたのだ。
このオリジナルの【硬化】の能力の凄いところが、ピンポイントで体の部分を硬化させる事が出来るという事。それもピンポイントな分硬化率も上げる事が出来る。
優畄は七彩の【銀独楽】の斬撃全てに対してピンポイントのダイアモンドの硬さにまで高めた【硬化】で対応して見せた。
高速で回る独楽の斬撃全てをカンカンと弾いていく優畄。それは即ち高速で回転しながら迫る斬撃が全て見えているという事。
「なっ! こ、この化け物め!!」
ならばと七彩は独楽の横回転から今度は縦回転の大車輪へと攻撃を切り替える。
「そのダイヤモンドごと斬り裂いてあげますわ! 【銀月刀、銀車輪】!」
駒がスピードなら大車輪は一撃に重みを置いた技だ、まともに喰らえば優畄とてただではすまないだろう。
そこで優畄は一瞬だけ父から授かった【幽体変化】を使い七彩の攻撃を交わす。ただですまないのはまともに喰らえばの話しで、喰らわなければ問題はないのだ。
「女の子だけど遠慮はしない!」
たとえ相手が女性であろうとも、向かって来る相手には容赦しないと決めている優畄。
連続で技を交わされた事に驚愕し動きが止まった彼女、その隙を見逃す優畄ではない。そんな彼女に合わせる様にアッパー気味に掌底を振り上げる。
「!」
「な、七彩様!!」
脇で2人の戦闘を見守っていたフィレスが彼女の盾に入り、代わりに優畄の一撃を喰らって吹き飛んで行く。
「ガハッ!」
「フィレス!
結構彼に辛辣だったお嬢様だが、自らを庇い代わりに吹き飛ばされたフィレスを気遣う素振りを見せる。
だが優畄は気を抜いて勝てる相手ではない。その隙に彼女に近くと、背後に回り込み一瞬で首を取ると裸締で彼女を落としてしまったのだ。
ーー
一方晶と戦っているヒナは、予想外に一方的な展開となっていた。
「クッ、なんて速さだ……」
そうヒナのスピードに【金属変化】の能力者である黒石晶では対応出来ないのだ。ただの授皇人形だろうとヒナを過小評価し過ぎたのだ。
晶の【金属変化】はいわば防御系の能力、動きも遅くスピードが速く攻撃力の高いヒナは天敵といえよう。
彼の相棒の【授皇人形】は、晶の命令で千姫を人質に取ろうと動いていたが、千姫の【絶対世界】の結界に閉じ込められてしまい身動きが取れなくなってしまったのだ。
「あっ、ああ……」
「グヌッ! 使えぬ奴め…… 」
自身の捕まった授皇人形の方を見ながらそうこぼす晶。
ヒナのスピードは音速を超えており、常人なら目で捉える事は出来ない。黒石の能力者の中でもその速さに対応出来るのは康之助くらいのものだ。
それに彼女が使える【光閃】は正に光の斬撃、この斬撃を見て交わす事は不可能。
音速を超えた動きに【光閃】が合わさったヒナは正に剣神、晶は体を硬質化させて防御に徹するしかないのだ。
「ヒナ、大丈夫か?!」
そして七彩達を退けた優畄が戦線に加われば、もはや黒石晶に勝ち目は無い。
「クッ、て、撤退だ! 俺は撤退するぞ…… 」
勝機なしと悟った晶は相棒の授皇人形を残して1人この場から逃げ出してしまったのだ。
彼が逃げる時によく使うピカッと光る魔道具で隙を作る。この魔道具を攻撃に使えば良いのだが、彼にその気はない。
「あ、晶様!?」
気付いて見れば優畄達を襲っていた【狗族】や【艶蛾猿】もいつの間にか居なくなっており、気を失っていた七彩達も姿を決していた。
そしてただ1人残された晶の授皇人形の女性。戦いでの負傷か、片腕が無く綺麗な顔には所々に殴られたと思わしき痕がある。頭の髪の毛も主人がやったのだろう所々抜け悲惨な有り様だ。
「…… 」
彼女には戦意らしきものは見られず、その場に蹲り怯える様にこちらを伺っている。
そんな彼女に居た堪れなくなったヒナが近く。最初殴られるのでは無いかとビクッと震えた彼女だったが、ヒナが優しく抱きしめてあげると更に全身を硬直させる。
「……大丈夫、私達は貴方に何もしないわ。だから怖がらないで」
それまでとは違う暖かな抱擁に硬直していた体から力が抜けていく。
「あっ……ああ……うわああああああああ〜ん!!」
今まで人に優しくされた事などない彼女は、ヒナの温もりに触れてまるで子供の様に泣き出したのだ。
ヒナも優畄と同じ癒しの波動を使える。その癒しの波動で彼女の傷も癒やしてあげる。
失った右腕は元には戻らないが、体の傷は癒せる。
「…… 酷いのう…… 黒石の者と授皇人形の関係は醜悪至極、この様な残酷な事は2度と繰り返してはならぬ」
優畄達が海底の研究所を破壊したためもう2度と授皇人形がこの世に生まれ出る事はない。それでも黒石が、その闇がある限りはまたいつ悲劇が繰り返されるか分からない。
この場に留まっていても仕方ない。優畄達は千姫の気配を遮断する結界と共に安全な場所に移動した。
度重なる虐待で精神退化を起こし、まるで子供の様になってしまった彼女。怯えた様子で温もりを与えてくれたヒナに抱き付いている。
無理もないだろう、生まれ出て1ヶ月程の彼女には、心が壊れてしまう程に過酷な毎日だったのだ。
そして彼女には名前が無かった。
黒石晶からはお前や役立たずなど人として見てもらえなかったため名前が無いのだ。
「名前がないなんて…… 人の命を何だと思っているんだ!」
その事実に優畄の拳にも自然と力が篭る。
「じゃあ私達でこの子の名前を考えようよ」
「ああ、そうしよう。君はどんな名前がいいかな?」
優畄が彼女に確認しようと無造作に近づき声を掛ける。
「……あ、あう……」
そう優畄が質問しても彼女は怖がって縮こまってしまい会話にならない。黒石晶からの虐待で男性に対して恐怖心が芽生えてしまったのだ。
「もう〜! 優畄のせいで怖がっちゃたじゃん、大丈夫だよ、怖くないよ。このお兄さんは絶対に殴ったりなんてしないから」
「ご、ごめんよ……そんなつもりじゃなかったんだ……」
「仕方ないのじゃ優畄、この者は度重なる虐待で心を病んでしまっているのじゃ。心の傷はそう簡単には癒えん。気長に様子を見るのじゃ」
それでも彼女にはタイムリミットがある。それまでにせめて彼女の心の傷だけでも癒せたなら良いのだが……
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