第137話 急襲


高尚の突然の攻撃。以前の襲撃時には格闘家だしく名乗りを上げ挑んで来たが、今回は名乗りも無ければ礼もない。ただただ優畄達を抹殺する、彼もそれだけ追い詰められているのだ。


どうやら虫は優畄が使った"蛍火"の霊力に引き付けられて追っ手を運んできた様だ。


「ヒナ! 千姫さんを頼む」


「了解!」


刹那の瞬間に千姫の元に移動したヒナが彼女を抱えて安全圏へ脱する。


「ヒナ、虫じゃ! その虫を仕留めるのじゃ!」


「虫?」


最初千姫の言う事に?だったヒナだが、彼女の言う事なら何か理由が有るのだろうと、【光閃】を飛ばして虫を仕留める。


“虫の知らせ“は一度に1匹しか呼び出せない。それにリキャストタイムは24時間だ、そのためこの1匹を仕留めてしまえば居所がバレる事はない。


「これでこの場を乗り切れば居場所がバレる事はないじゃろう」


以前の戦いの際は逃げるを前提に高尚と戦った優畄達だったが、今回は違う。今回は彼を撃退するため戦うのだ。


高尚は前回の【ギガノトス】の1段階上の巨人【ヘル.ギガース】に変化している。


【ヘル.ギガース】は地獄の番をする巨人で、体長60mの巨体で、4本の腕にはそれぞれ火、風、土、水の属性を宿しており、前後左右にある4つの顔にはそれぞれの属性色に瞬く目がありそれぞれの属性の光線を放つ。


並の能力者では太刀打ち出来ない最高峰の巨人なのだ。


研究所は壊されたが、陣斗が予備に保管していた''強制進化薬''を投与しているため、この短時間でのランクアップに成功しているのだ。


この''強制進化薬''は陣斗が作り出した黒石の能力者の能力を1段階上げる効果がある。その成功率は60%。


そしてもちろん副作用もある。この薬を使うと短期間で強くなる事が出来るが、能力の特性、高尚の場合は知能指数の低下と極度の空腹感が高まるデメリットがある。


彼はこの短期間でこの薬を2回使用している。その2回とも成功してはいるが、彼の知能は小学生並みに落ち、空腹感は日々10kgの食料を必要とするまでになっていた。


それでもたとえこの体が壊れ様とも愛する者のために彼は戦うのだ。


『ヴオオオオオオォォ〜〜!!』



属性を伴った【ヘル.ギガース】のパンチは火による1500度の高温に、大地の超振動、風の竜巻による高速回転、カッター並の切れ味の水による超水圧と、バリエーション豊富な攻撃を可能にする。


そして【ヘル.ギガース】がまるで掘削機の様に優畄達のいる廃ラブホテルを解体して行く。


『死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死んで無くなれぇえぇぇ〜!!』


色濃い殺意、建物ごと殴り殺す勢いの【ヘル.ギガース】に優畄も黙ってやられる訳にはいかない。


「【武装闘衣】!」


彼は闘衣を纏うと幽体変化で攻撃を交わしながら接近する。そして58m程の体格差が有るが、構わず力一杯四つある内の一つを殴り付けた。


『グブッ!』


超越者による一撃は巨人のそれに匹敵する。【ヘル.ギガース】の体が殴られた衝撃で大きく後方へ弾かれる。


『な、ナメるなぁ!』


優畄の予想外の攻撃力に驚愕しながらもその目から光線を放つ【ヘル.ギガース】。


「!」


殴られて崩れた体勢からの攻撃に反応が遅れた優畄。ここから交わす事は間に合わない、ならば万物を弾く盾を張ればいい。


「【倶利伽羅の盾】!」


優畄を半透明で円形のバリアが包み込む。この能力は守る事に関しては右に出る者が居ない【倶利伽羅族】が扱える守りの要の能力。


かつては不動明王にも仕えていた龍の末裔と呼ばれる一族。


この能力の持ち主は黒石からの同盟和議の誘いに騙されて次元幽閉されてしまったのだ。


その間に一族郎党を皆殺しにされてしまう。何とか次元幽閉から抜け出せたはよいが、自身が一族の最期の1人と知った彼の絶望は計り知れない。


彼の力は守りの力。今まで里を仲間を守ってきたのだ、だがその守る対象は皆殺されてしまった。それに彼の能力は攻撃には向いていない。戦う術を持たない彼は優畄にその力を託したのだ。


万物の力を弾く絶対防御の盾は【ヘル.ギガース】の灼熱の光線までも遮ってしまったのだ。


自身の攻撃を阻まれて驚愕する巨人に、一点突破の破壊を誇る【武璽怪】をかつて獣器変化で使えた【ゴレアス】の''獣王爆撃掌''と組み合わせた技"武璽爆撃掌"を放つ優畄。


霊力の白い閃光と共に放たれた一撃は【ヘル.ギガース】の巨大を吹き飛ばし山の中腹に激突すると共に山肌に巨大な穴を穿ったのだ。


【ヘル.ギガース】も巨人の頑強さゆえ死にはしなかったが、手足は千切れ飛び酷い有様だ。


『グギギギギギ……』


人の姿に戻った高尚にはまだ意識がある様だが、これ以上の追撃はないだろうと見逃す事にする。


彼に殺意は無い。向かって来る相手を迎え撃つ、それだけなのだ。


正直、殴る蹴るなどの単調な攻撃パターンしか無い巨人は優畄から見れば戦い易い相手、それに以前戦った時の方が格闘家のそれを感じられた程。


能力を上げるため知能が下がったのが仇となったのだ。



「優畄、無事だったようじゃな……」


「はい何とか」


「この場所がバレたのは"虫の知らせ“の能力のせいじゃ。この能力を使っていた【風然族】もどうやら黒石の手中に落ちたようじゃな……」


黒石が自分達に有用な魔の者を狩り能力を奪う行為は、かつて千姫の叔母が捕らえられ力を奪われたその時から変わらない。


何百年と同じ事を何度も何度も、悲劇を惨劇を繰り返しているのだ。


「“虫の知らせ“はもう使えないはず、ならば1日は安全なはずじゃ」


「……いえ、千姫さん、そう簡単でも無さそうです」


優畄は先程の高尚の【ヘル.ギガース】以外の黒石の力を感じとっていた。ヒナも刀を2刀抜き、千姫を守る形で構える。


そう高尚1人では取りこぼすと予想していた陣斗が先手を打っていたのだ。


優畄達の予想通り巨人が壊した廃ビルの隙間から巨大な猿の魔の者が優畄達に襲い狂う。


「ぬっ、あれは【艶蛾猿】、森で平和に暮らしているはずの主等がなぜ!?」


本来1.5m〜2m程の大きさの【艶蛾猿】だが、晶真が黒石の別の研究所で作られた増強剤で、限界まで強化を施してある。


そのため体長3mの筋肉ムキムキな【艶蛾猿】に変わっている。そしてそのパワーは常人の15倍、死んでも厭わない使い捨ての強化兵なのだ。


【艶蛾猿】が素早い動きで壁を殴れば面白い様にコンクリート製の壁が砕け散っていく。それが何十頭と迫り来る様は圧巻だ。


まあそれでも巨人を相手に圧倒する優畄の前にはただの猿と変わりは無い。


「ムッキィ〜〜!!」


襲い掛かって来る【艶蛾猿】を問答無用で殴り飛ばしていく優畄達の前に、今度は鋭い詰めと牙を持つ【狗族】が参戦してくる。


「な、何じゃと! 【狗族】までもが奴等の配下になったと言うのか!? 己れ黒石!」


【狗族】とは何年、何百年の付き合いが有った千姫、いつも沈着冷静な彼女にしては珍しい程の怒りを露にする。


【狗族】の特殊能力は【真空裂破】、彼等の武器でも有る鋭利な爪から真空の刃を飛ばす能力だ。


この【狗族】も強化されており、そのスピードと真空刃の威力も上がっている。


そしてそんな魔の者に遅れて黒髪ツインテールのお嬢様が、共のイケメソを連れて現れたのだ。


「お〜ほっほほほほ、貴方が黒石に弓引く愚か者ですわね。これから私が成敗して差し上げますわ」







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