第136話 走馬灯


黒石の遺跡兼研究所を破壊して勇之助達幽霊達が待つ入江へ戻ると、なんとそこには千姫がいたのだ。


「優畄! ヒナ! 何とか無事だったようじゃな……」


優畄達の無事な帰還に安堵の表情を浮かべる千姫。「よかったのじゃ、よかったのじゃ」と呟きながら頷いている。


「千姫さん! どうしてこんな所に?!」


「白いお姉さんいつの間に?!」


入江に戻って見たら父は居なく、代わりに千姫がそこに居たのだ。驚くのも無理はない。


「あれ、父さんは何処へ?」


「う、うん、ああその…… その事について其方達に話があるのじゃ」


何とも歯切れの悪い千姫。そんな彼女の様子に首を傾げる2人。


ーー


今から1時間程前。実は千姫、''赤導系''を辿ってやって来たはいいが、優畄達が海の中にいる事に困惑している時に勇之助に出会っていたのだ。



『お久しぶりです、千姫さん』


「…… 勇之助殿、本当に久しいな。まさか幽体のまま現世に残っていたとは…… 当時のしがらみもあるが、今は優畄達の事が優先じゃ」


この者が居なければ姉の石楠花姫が死ぬ事は無かった。だがこの2人が出会わなければ優畄が誕生する事もなかったのだ。


「時折感じていた優畄に守る様に付き添う影の正体は其方だったのじゃな」


『はい。あの頃は優畄も黒石の者でしたからのね、姿を隠していました』


「うむ、其方が優畄をこちらに繋ぎ止めていてくれたのじゃな」


『僕の力であの子の役に立つならば、あの子のため何でもやりますよ』


そう言って笑う勇之助はどこか寂しそうだ。


(運命とは時に残酷で不思議なものじゃのう……)



そしてなぜ優畄達が海の中に居るのかその経緯を聞いた千姫。


「うむ【授皇人形】を作る装置か…… その様な邪悪なものはこの世に存在してはならぬ。妾も破壊には賛成じゃ。じゃが……」


千姫がジロリと勇之助をみる。その装置が有る研究所が海底にあるなんて、なんて危険な事を2人にさせるのかと講義の意味を込めて彼を見た。


『あの装置は有る場所が場所なだけに警備も手薄です。それにあの2人には黒石と戦うという明確な覚悟を持って欲しかったのです』


父として元黒石の者として黒石と争う事の過酷さは分かる。だがそれでも彼等には対黒石の級先鋒として立ち上がってもらいたかったのだ。


そのための導き手になろうというのだ。


『それに僕の幽体変化は彼等に更なる力を与えてくれるでしょう』


優畄達は八咫烏の【霊体転換】を授かった。この能力は高位の惟神や魔の者達を高エネルギー体にして、能力ごと取り込む力だ。


実は勇之助、彼は優畄達に自身の力を託していたのだ。それは即ち彼の消滅を意味している。


彼は優畄に譲る霊力が無かったためせめて自身の能力だけでもと今回の決断に至ったのだ。


そのため直ぐに消える事はなく魂の名残りとしてしばらく残っていたのだ。


一度死んだ事で彼自身の力となった【幽体変化】。


その能力が有ったから彼は幽体となっても自我を保てていた。優畄の側で彼を見守る事ができた。だが能力の無くなった唯の霊体では、それを維持するだけの力は無いのだ。


「…… そうか、其方は自身が消滅すると分かっていてその力を優畄達に譲ったのじゃな」


幽体での消滅は魂の死を意味する。そう彼は2度と生まれ変わる事はないのだ……。


『親として優畄に出来る事はしておきたいんだ。その結果が消滅でも僕は本望です』


自身がこれから消滅して消え様という最中に千姫が現れた。密かに消えて無くなろうと思っていた彼にとっては渡に船。


「其方は優畄達に黙って1人消えるつもりだったのじゃな……」


『…… その方がいいと思いまして。あの子達には前を向いて進んで欲しいのです』


そして彼は自身に寄り添う様に付く黒い靄に視線を移す。元サエキだった黒い靄は彼の思いを知ってか知らずか、ゆらゆらと揺れ動いている。


勇之助を討伐出来る様にと強制的な黒石の力の流入による後遺症で、今では犬や猫程の知能しかない彼女。


勇之助の霊体は保ってあと1分程で消滅する。その後のサエキの事が心配なのだ。


『…… 千姫さん、僕が居なくなった後の彼女の事をお願い出来ますか?』


最初は一緒に消滅しようと思っていた勇之助、だが千姫がこの時、この場に現れてくれた。


千姫にとっては姉を殺した敵も同然のサエキ。勇之助はその彼女の行末を千姫にお願いしているのだ。


魂の導き手ともいえる仙狐の一族ならば彼女も浄化され成仏出来るかも知れない。


「……その者は妾の敵、仇。妾に任せると言うなら浄化もせず、このまま消し去ってしまうかも知れぬぞ?」


『大丈夫。貴方はこれから消えゆく者の頼みを無下に出来る様な人ではない』


そして満面の笑顔を見せる勇之助。


「…… 分かった。その者の事は妾が何とかしよう」


断れる訳がない。それが勇之助の思惑と分かっていても、彼女にこの願いを断る事は出来ない。


『ありがとうございます。彼女を、サエキを成仏させてやってください』


そう言う勇之助の顔は何とも暖かな笑顔だった。


(この笑顔に姉様は惹かれたのじゃな……)


千姫は姉の石楠花姫が彼を好きになった理由がなんとなく分かった気がした。


 『…… そろそろお別れの……時間です……』



「優畄達の事はまかせよ。必ず妾が守り抜いてみせる!」


『はい…… 』


勇之助は消滅する最後の時まで笑顔のままだった。


走馬灯の様に優畄と過ごした幼少期の記憶が蘇る。


テスト前はいつも一緒に勉強をした。答えを教えたりもしたが、それも今では良き優畄との思い出だ。運動会で応援もなく1人寂しそうだった彼に常に寄り添ってはげましてあげた。


その当時は実体でなかったのが悔やまれて仕方なかった。正体を偽り彼を見守る事が悔しくて仕方なかった。


だけどやっと親の名乗りをする事が出来た。それだけで彼は満足だった。


『…… さ、最後に……あの子の顔が……見たかった……な……』


そして勇之助は少しずつ透けていき終いには空に消えて無くなってしまったのだ。後には岩肌を打つ波の音だけがいつまでも響いていた。


しばし勇之助が消えて居なくなった空を見つめていた千姫。



「…… お前も悲しいのか?」


勇之助が居なくなった事で黒い靄がうねる様に蠢いている。


「あの者との約束じゃ、お前の面倒は妾が見る。さあ来るのじゃ」


黒い靄はしばし彼が消えた宙を漂っていたが、フワフワと千姫の元に行くとその手の平の中へ消えて行った。


「……このまま優畄達に会うのは切ないのおぉ……」


そして千姫はその面持ちのまま、優畄達が潜る海の方を見るのだ。


ーー


それから千姫と共にアジトにしていた廃ラブホテルへ移った優畄達。


廃棄のなかは光が入らず暗い。今までは幽霊達に気を使い暗いままだったが、千姫もいるので中を明るくする事にした。


なので優畄が"蛍火"という能力を使う。この能力はただの気晴らし程度の事で黒石の者に滅ぼされた【蛍光族】の最後の子供が優畄に託したものだ。


千姫から父親の勇之助が、自身に力を託して消滅したと聞いた時はやはり悲しかった。だがもはやどんな事が起きても立ち止まらないと彼は決めている。


「…… 父さん、父さんが与えてくれた力と共に俺は……」


優畄の脳裏に幼少期からの彼との記憶が蘇る。その当時は他人を装っていた勇之助、だがそれが実の父親だったと分かった今、掛け替えのない思い出として彼の記憶に残るのだ。


「うん、忘れない……」


優畄と繋ぐヒナの手にも力が入る。言わずとも分かる彼の思い。彼等はもう立ち止まってはいけないのだ。


それが彼等の選んだ道なのだから。


勇之助が消滅した影響か、見張りをしていてくれた幽霊達も居なくなっており、廃ラブホテルを静寂が支配する。


そんな中、千姫がわざわざ優畄達の元に来た理由の話をするため徐ろにその口を開いた。


「優畄よ、この様な時に何じゃが、黒石に対抗するために鬼達と同盟を結ぶのじゃ」


父親の消滅に気落ちしていた優畄達だったが、千姫はここで沈んでいては駄目と、発破をかけるため鬼達との同盟の話を降る。


「お、鬼達と同盟!?」


「そうじゃ、其方達の力は強大だが黒石の闇は計り知れない。そのため反黒石を唱える者同士で同盟を結び共闘するのじゃ!」


鬼達との共闘は優畄達にも有り難い話だ。だが優畄達は一体の鬼を討伐している。


「でも俺達は結合双生児の鬼を倒しています。それに元とはいえ黒石の者だった俺達と鬼達が同盟を結ぶとは思えない……」


「むっ……」


千姫は鬼達から一体だけ行方の知れない鬼がいると言う事を聞いていた。まさかその鬼を倒したのが優畄達だったとは思いもしなかったのだ。


(ああ見えて鬼達の仲間内での結束は硬い。特に夜鶴姥童子の仲間を思う様は異常じゃ…… それでも黒石と相対するには鬼との同盟が必要なのじゃ)


ここで考えていても考えはまとまらない。一先ずは鬼の里に行く事を優先するべきだ。


「優畄、ヒナ、それでも其方達は先に進まねばならぬ。ここは一先ず、鬼の里に……」


その時、廃ラブホテルに何気なく入って来た虫の存在に千姫が気付いた。


「こ、この虫は……」


そんな千姫の言葉が突然の巨人の拳の一撃によって遮られた。








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