第135話 開戦

海底の遺跡兼研究所に忍び込むことに成功した優畄達。海中から来たためか幻術は作動しておらず、前は分からなかった剥き出しの機械や遺跡の模様や形などが分かる


1番最初に訪れた時の記憶を頼りに装置が有る場所に向かう。


遺跡兼研究所には警備の者も居るが侵入者などある訳もなく警備は極めて簡素だ。


しかし研究所だけは別で、生命探知機や熱感知センサーなどが張り巡らされており、コンピュータに登録した者かその許可を得ている者しか入れない。


まあそれでも霊体の優畄達には何の関係も無く素通りである。


霊体を感知する魔道具なども有るにはあるが、本来は黒石の本家を経由して行かなければ行けない場所。そこまでの備えは必要無しと設置はしていない。


そして優畄にとってはトラウマと化している瑠璃が生まれて直ぐに殺されたあの装置の元にやって来た2人。


装置の近くには誰も居らず寂しげに装置が点滅を繰り返している……


((……あの時は守れなかった瑠璃、今君はどこに居て何をしているのかな……))


((……))


その優畄の思いが伝わったのかヒナがソッと手を握ってくれる。


((また会えるよ))


((ああ……))


優畄はその因縁のある装置を見る。光の力に目覚めた優畄達だから分かる。


この装置からまるで生き物の様に溢れ出さんばかりに色濃い闇の波動が伝わって来るのが分かる。


邪悪の権化、人体錬成という禁断の錬金術を可能にしたこの装置は、決してこの世に存在してはならないものなのだ。


((……この装置を破壊すれば俺達からの戦線布告となり完全に黒石と敵対する事になる。それでもヒナ、俺とこの道を行くかい?))


どんなに邪悪な装置とはいえヒナにとっては生みの親でもある。


((装置を壊す事に抵抗があるなら……))


((優畄、私を馬鹿にしないで! 確かに私はこの装置から生まれたよ。だけど今の私があるのは優畄と過ごした日々が有るからだよ、決してこの装置のおかげじゃない!))


ヒナは確かにこの装置が無ければこの世界に生まれる事は無かった。だがこの装置が無ければ優畄に出会えなかった。


それでも彼女にとってもこの装置は忌むべき対象なのだ。


((私は大丈夫。優畄がいる限りは何だって乗り越えてみせる!))


((ヒナの気持ちは分かった。この道は後戻りの出来ない片道キップだ、行くぞ!))


((うん行こう!))


2人の決意は固まった。


それまでは何処かに何とかなるんじゃないかと甘えがあったが、それらを捨てて黒石と人間と戦って行くと2人で決めたのだ。


優畄は掌に力を溜めていく。小さな恒星の様な輝きが掌から溢れ出す。


この能力は【武璽怪】という古くから奥羽に住む戦闘に長けた半妖と呼ばれる人と魔の者の混血の一族から授かった力。


彼等は妖気を溜めて放つ事が出来る''璽煌''という技が使える。黒石に一族郎党を皆殺しにされた最後の生き残りの老戦士が優畄に託したものだ。


((この一撃に貴方の思いも込めよう!))


ーー


その頃この遺跡兼研究所の最高責任者は信頼のおける研究者と黒石高尚と共にこの装置を目指していた。


優畄達をあっさりと逃してしまった彼をさらに強化しようというのだ。


この装置は授皇人形を作る以外に魔の者から取り出した能力を植え付けたり、闇を流し込んで強化するなどの工程も出来る。正に''甚黒魔皇石''の次に黒石の肝となる装置なのだ。


「これ以上君を強化すれば君は理性を失って巨人化から元に戻れなくなってしまうかも知れない。それでも強化をするのかね」


高尚の前を歩いていた陣斗が彼に振り向く事なく聞く。


「ああ、決意は出来ている。俺はひとみを守るために強くなりたいんだ!」


「分かったよ。君の意思を尊重しよう」


愚かなモルモットの決意に陣斗の顔が喜びに歪む。


そんな彼に"虫ノ知らせ''が強大な霊力の高まりを教える。


この施設内で霊力を放つ装置は無い。ならばその霊力の持ち主がこの施設内に居るという事。



「優畄!? や、止めろ〜!!」


"虫ノ知らせ''で優畄達がこの遺跡兼研究所にいる事を知った陣斗が装置の元に走り出す。


何事かと高尚もそれに続く。


そして彼が装置の元に到着するとほぼ同時に、優畄が恒星のごとく高めた霊気を解き放ったのだ。


けたたましい光と爆音と共に邪悪な装置が消滅していく。高威力の霊気砲を放った事で一時的に優畄の姿が実体化する。


その瞬間、陣斗と目が合うが優畄はそのまま霊体に戻ると、ヒナと共に遺跡兼研究所から逃げ出して行った。



「き、貴様ぁ〜!! よくも! よくも! 殺してやるぅ! 絶対に殺してやるぞ優畄〜!!」


崩れ始め物凄い勢いで海水が流入して来る中、怨嗟の声を上げる陣斗。爆破の際に破片が当たったのか彼の鑑定眼でもある右目が潰れている。


彼は自身の全てと言っても過言ではない研究所を破壊され右目まで奪われたのだ。


陣斗は叫びながらも高尚に引き摺られれ海水避けのシャッターが降りきる前に、怨嗟の叫びと共に避難していった。


これで黒石の要の一つが無くなる事となったのだ。



((これで俺達に後退は無くなった。行けるところまで行こうヒナ!))


((うん、優畄と一緒ならどこまでも!))


こうして2人の本当の戦いが始まった。


ーー


優畄達に遺跡兼研究所を壊された事を感覚から知ったマリア。


「まあ優畄お兄様たら大胆な行動に出ましたわね」


優畄達に遺跡兼研究所を破壊されたというのにマリアに焦りの色は微塵もない。


まあ当たり前だろう。マリアにとってあの研究所は自身から見れば遥かに弱い黒石の者達へのただの救済処置だったのだから。


「別に彼処を壊されたとてこの本家さえ無事なら何の問題も無いのですから」


『ギギ……ギギ』


「その通りよドゥドゥーマヌニカちゃん。お兄様達にはもっと楽しませてもらわなくては」


優畄とヒナの2人によって研究所が破壊されとの一報は瞬く間に黒石の者達に伝わって行った。


ーー


精神会館にも研究所消滅の一報が届く。


「そうか優畄、ヒナ…… お前達は本当の意味で俺達と戦う決意を固めたんだな」


康之助が館長室の椅子に座りながら天井を仰ぎ見る。


「……そんなヒナちゃん達が……」


「3日程ここを空ける事になっちまうが、後の事は頼んだぜ」


「…… 康之助さん、優畄君達と戦うんですか?」


「……」


康之助は無言でもって加奈への返事とした。そして彼女には歩き去って行く彼の背中を見つめる事しか出来なかった。


ーー


場所は変わりある屋敷の一室、黒石晶、黒川晶真と黒石七彩の3人が一堂に会していた。


そう3者で同盟を結んで共闘しようというのだ。


晶は有力当主候補の2人と同盟を結ぶ事で、その後の黒石での地位と名誉を。晶真は彼の知名度と退魔士としてのノウハウを。そして七彩は自らが駆け上がるための踏み台として、それぞれの思惑で成り立った同盟だ。


そこに研究所破壊の一報が届くのだが、その時の反応も三者三様だ。


「チッ…… (これでは授皇人形の無駄遣いが出来なくなるではないか…… そう考えるとこの同盟は理に叶っていたかもしれないな。正直助かった)


晶は使い捨ての駒が使えなくなると満身創痍な自身の授皇人形を見る。そんな彼の視線に彼女は震える事しか出来ない。



「ほう……(まさか研究所を襲撃するとはな、彼は我々と徹底抗戦の構えの様だ。残念かな、出来れば彼を私の軍で使いたかったが……)


優畄を高く評価していた彼は、彼等を自身の駒として使えなくなった、その事だけに憂いをみせる。


「…… (ふん、黒石に楯突くなんて先見の明のない愚か者ね。でも彼を討伐すれば当主候補としての点数稼ぎにはなるわね。何としても私が討伐しなければ)


その為に彼等を使う事に些かの躊躇も感じない。


同盟とは言っても己れ個人の事しか考えていない脆弱な同盟なのだ。


ーー


方や黒石ひなたは分かりやすい思考を巡らせていた。それは「思いっきり殴れる!」というただひたすらに暴力衝動に沿った考え方だ。


「最近は本気で殴ぐれる相手がいなかったからな。優畄は楽しませてくれそうだな」


「姫、そんなに殴りたいのならワシを殴ればよいものを」


「お前はつまらん。殴られて喜ぶ奴を殴ってもつまらないんだよ。優畄は私が死ぬまでボコボコにしてやるよ!」


黒石の闇との同化率は90%、ただ殴る。ほぼ黒石の闇に侵食されている彼女に人の道理など無いのだ。



そしてそんな優畄達の行動に失意を隠せないのが刹那達だ。刹那とマリーダの2人は道路の閉鎖とう雑用に呼び出されこき使われている。



「……優畄、俺達は本当に敵同士になっちまったんだな……」


「あの2人と戦う事になるなんて……」


「……でも、俺達が黒石で生きて行くにはそれが必要だ。ならば俺は奴等と戦う事に躊躇わない」


刹那はマリーダと向き合いその顔を見る。そして彼女との明日のために望まぬ戦いに参戦するのだ。

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