第134話 黒石勇之助2


それからは余裕をもって5日おきにサエキと会っていたが、会う度に彼女の窶れ行く姿に彼の心は苛まれていた。


今彼女がどこに暮らし、何を糧に生活しているのかも知らない。


「もうあの頃の様に抱いてはくださらないのです

ね……」


離れ行く彼を繋ぎ止めるためにサエキからせまったりもするが、彼は彼女を見てくれない。


「すまない…… もう君とは、そうゆう関係にはなれない」


黒石から離れて分かる黒石の闇の邪悪さ、彼の体が黒石の闇に拒否反応を起こすのだ。もう2度と戻れはしないだろう


リンクで石楠花姫が妊娠している事も知っているサエキ。その事実と現実に彼女の心は壊れかけていたのだ……



その事件が起きたのは石楠花姫が優畄を産んだ直後の事だった。その時は丁度仙狐の里に赤子の誕生を告げに行こうと【石楠花郷】を出ていた2人。


仙狐の里のある神社の前では石楠花姫の妹の千姫が2人を迎えに来ていた。


「可愛いぃ!」


千姫が甥っ子の優畄を抱っこさせてとその手を伸ばす。


「優畄よ可愛がってあげ……」


石楠花姫が優畄を千姫に渡そうとしたその時、石楠花姫の胸を凶刃が貫いたのだ。彼女の笑顔が一瞬で凍り付く。


その凶刃は彼女の心臓を貫いており彼女は即死だったのだ。


勇之助とサエキは離れているとはいえ外に出たならばリンクが繋がる。彼女は石楠花姫が外に出るのを寝ずに待ち構えていた。


そして子供が産まれた挨拶に向かうその事をリンクを通じて知ったのだ。



「アハハハハハハハハッ〜! これで勇之助様は私のもの、アハハハハハハハハ〜!」


狂った様に笑い続けるサエキ。いや彼女の心はすでに壊れていたのだ。


「石楠花! お、おのれサエキぃ〜!!」


彼は石楠花を貫いた凶刃を抜くとサエキに斬り掛かっていく。


【黒真戯 】の実験か、サエキは闇の力を流入されており以前より強化されていた。失ったはずの右腕も元の様に再生されている。


サエキは彼に変わり討伐を任されていた。強さではサエキの方が上だろう。そして死闘の末に2人は相打ちとなったのだ。


互いの刃が其々の胸を貫く。それは彼より強いサエキが故意に彼と相打ちになる様に仕組んだものだった。


「ゆ、勇之助様……こ、これで……いつまでも貴方様と共に……」


「……サエキ……」


最後の最後に笑顔のまま死にゆくサエキを見届けると彼は、ふらつく体で何とか石楠花姫の元に行くと、そのまま最愛の石楠花姫に覆い被さる様に息を引き取ったのだ。


彼等の子供の優畄の安否も分からぬままに……


優畄はその後、控えていた黒石の者達に攫われてしまった。千姫は仙狐一族の長に成る者。サエキの襲撃事にその身を案じた身内の者に強制的に連れ戻され、優畄を救う事が出来なかったのだ。


そしてその能力【幽体変化】のためか、彼は成仏出来ずに優畄の側で彼の成長を見守っていた。


人間より徳の高い石楠花姫は、死ぬと共に天に召してしまい死後の世界で会う事は出来なかった……。



「…… サエキ、もし僕達が優畄やヒナのこの2人の様に、真の絆で結ばれていた仲だったなら結果も違っていたのかな……」


彼の側で黒味のかかった靄となり今でもその側を離れようとしないサエキ。彼はこうしてたまに話しかけるのだ。


主人と【授皇人形】のリンクがまだ繋がっているのか彼の側から離れようとしないのだ。


彼のその言葉が彼女に聞こえているかは分からないだが、側にいる、それが彼に出来るせめてもの償いだから。


そして優畄が買い物から戻って来ると、勇之助は優畄とヒナに自身の真実を話して聞かせた。



「なっ、新垣大輔氏が俺のお父さん!?……」


「そんな事って……」


真実を聞いて驚愕すると共に小さい頃から常に彼の側に居ていろいろ教えてくれた彼に、親近感以上の何かを感じていたのは間違いない。


『ごめんよ、優畄が大人に成ってから話そうと思っていたんだが……』


優畄が小さい頃はまだ力も弱く悪い悪霊などに狙われもしたが、彼が常に側を離れる事なく守って居てくれたのだ。


「いいんです、あら……父さんは俺が小さい頃からいつも側に居てくれた。俺は一人ぼっちじゃ無かったんですね」


「そう言ってもらえると救われるよ」



家族の名乗りもそこそこに彼は優畄にある作戦を持ちかける。それは黒石の根底を覆す作戦で、黒石と決定的に敵対する事を意味する行為だ。


彼が持ちかけたのは黒石の研究所の襲撃だ。今の優畄達の力ならそれが可能と彼は見ている。


問題はその研究所の場所だが、黒石でもトップシークレットな研究所の場所。黒石の中でも秀才だった勇之助氏、彼はかつてその研究所で働いていた事があるのだ。


研究所の場所を知っている。その為に黒石に殺されたのだから……


『【授皇人形】はこの世に在ってはならない存在だ。もうこれ以上こんな悲劇を繰り返させてはならない』


「父さん……」


「……」


自身も同じ【授皇人形】だったヒナは、思うところがあったのか何も言わず黙っている。


『君達2人の意見を聞かせて欲しい』


勇之助の最終確認とも取れるその言葉。


「……俺はヒナと強い絆で結ばれている」


優畄にとって何より大切なヒナ、その彼女に出会えた奇跡。それでも授皇人形の存在とその意味を知る今となっては考えも変わる。


「研究所施設を破壊すれば今後父さん達の様な悲劇は起きない」


「うん。私も賛成だよ」


ヒナにも思うところはある様だが、研究所の破壊に賛成する。


『場所は私が知っている。中に入る時も私に任せてくれ』


「よしじゃあ行こう!」


もうこれ以上の悲劇は繰り返させない。その決意と共に研究所へ向かう優畄達。


そして肝心の研究所がある場所、それは何と海底1000mの所にあると言う話だったのだ。


優畄がヒナを授かる時に幾多の階段を上り降りし、1時間ほど歩いて野外と思わしき施設に辿り着いたのだが。


『野外の景色は装置による幻覚だよ。本当の場所は海底、転移と情報なしでは決して辿り着けない』


「でもそんな所にどうやって?」


『こうするのさ』


勇之助が幽体ながらも自身の力を使う。一度死に幽体となった事で、本来黒石の能力だった【幽体変化】を自由に使える様になっていたのだ。


彼が優畄とヒナに触れながら能力を使うと、優畄達の体もヒナの体も幽体化して行く。


「こ、これは!」


「す、凄い!」


『これなら水圧も厚さ20mの外壁も意味をなさない。私の能力も役に立つ所を優畄に見せたかったのさ』


生前より死んでからの方が能力が強まっている様だ。


父親としてできる事は何でもやる所存の勇之助。生前に出来なかった親としての時間を満喫しているのだ。



そして黒石の海底研究所がある海の入江にたどり着いた優畄達。再び体を霊体にしてもらう。


この勇之助の能力は一度かければ半日は持つ。海底にある研究所の詳しい場所は、その海上にある漁船が目印だ。


この漁船は漁船を装った見張りで、この海域に近く者がいれば容赦なく始末されてしまう。それが今回は逆に目印となるのだ。


優畄達は霊体なため水圧も空気も関係ない。そして入江から見張りの漁船が居る海域まで進んで行く。


霊体のため重さは無い。そのため闘気の放出でジェットエンジンの様にスイスイ進んで行くのだ。それは水中でも同じで、優畄とヒナは海底へと潜っていった。


海底も1000mともなると光はまるで無い暗闇の中、水性の魔の者だった【海馬】の能力''ソナー''で場所を探る。


この【海馬】は波を走る馬というファンタジー溢れる見た目から黒石の資金源の一つとして、乱獲され剥製にされて売られて来た。


滅びかけ黒石に恨みを懐く彼等の生き残りが優畄達に力を託したのだ。


((見えてきた、あれが研究所だ))


((うん行こう))


研究所というより遺跡と行った方がしっくりくる見た目の施設だ。テレパシーで確認し合い海底の研究所へと向かう2人。


目的は施設の破壊。数々の悲劇を繰り返して来た因縁を絶つのだ。




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