第133話 黒石勇之助
黒石高尚と陣斗のコンビから逃れて近くの町まで引き返していた優畄とヒナ。
「今夜はコンビニで簡単なものを買ってすませよう」
「うん。ガリガリ君も買おうね」
2人は食料などを買おうとコンビニへ行ったのだが、カウンターの隣に貼られた自分達の指名手配に驚愕し、逃げるように店を出て行く。
まさか指名手配までされているとは思いもしなかった2人。これは黒石の力が強く、警察は言いなりなこの地域だからの荒技だ。
「まさかここまで形振り構わず俺たちを追い詰めるつもりか……」
「……この後どうしようか?」
「このままだと至る所に俺たちの指名手配書が貼られていそうだな。一先ず人気の無い場所に移動しよう」
【森小人】の''避役擬装''を使えば人目を避け移動する事も容易だ。そこで2人は今は使われていない町外れのラブホテルの廃墟で夜を明かす事にした。
夜の闇に紛れて動こうとも思ったが、夜の闇は黒石の力を強める様だ。これは優畄達が光の属性に成って気付いた事なのだ。
かつて戦って来たグールや幽鬼、闇寤ノ御子は夜中の戦いだった。そして強敵を相手に倒せたり生き残れた理由の一つが夜の戦いだったから。
そのため黒石の力を強める夜には極力動かない方がいいと判断したのだ。逆に陽の光は光属性の優畄達を強める。
まあ今の優畄達ならば大して変わりは無さそうだが、用心に越した事はない。優畄達は超越者としての力を手に入れても、驕ることなく慎重なのだ。
「さて明日からの事だけど、東京方面にはもう行けそうも無い。やはりこの辺りではまだ黒石の影響力が強いな……」
「町はもう無理かもね…… ねえ優畄、こうなったら山に小屋でも建てて2人だけで暮らさない?」
ヒナは黒石とのしがらみを全て忘れ捨てて一緒に逃げようと言っているのだ。
「…… ヒナの気持ちは分かる。出来る事なら俺もそうしたいと思うよ、だけど黒石がそれを許してくれない」
そう黒石家がある限り優畄達に自由は無いのだ。それに先の巨人の襲撃の際に自分達の居場所がバレた時の違和感。
何者かに覗き見られている様な、背筋がゾワゾワする感覚、何らかの方法でこちらの居場所を掴んでいるんだ。
自分達の居場所がバレる可能性がある以上、下手な事は出来ない。
「今夜は俺が最初の見張りをするよ。2時間経ったら見張りを交代しよう。だからヒナはもうおやすみ」
「うん。本当は優畄と起きていたいけど寝るね」
ヒナの前の相棒のリュックに入れて来た毛布に包まり眠りにつくヒナ。夜は幽霊達が見張りをしてくれるため本当は必要ないが用心に越した事はない。
翌日は廃ラブホテルをアジトに優畄が1人で買い出しにいく。1人で行くのは手配書の2人を誤魔化すため。
そして廃墟をアジトにした理由は昼間でも日の明かりが入らず薄暗いため幽霊達が居やすいからだ。
彼等のセンサーが非常に役に立つためとても重宝している。唯一の欠点が昼間の日の元に出れない事くらいか。
「幽霊さん達昼間から動いて大丈夫?」
『皆んな恩ある優畄君に報いたいんだ。だから頑張って居るんだよ』
幽霊の親分的存在の新垣大輔氏がそう言うと共にサムズアップで応える。
「幽霊さん達ありがとうね」
天真爛漫で幽霊でも差別せずに対等に扱ってくれるヒナに幽霊達もメロメロだ。
『ヒナさんの存在が有ったからこそ優畄君もここまで頑張って来れたんだね』
「私だって優畄がいたから生きて来れたんだよ。私達はいつまでも一緒、絶対に諦めないんだから」
幽霊の新垣大輔氏は思う、この2人ならきっとどんな困難も乗り越えられるだろ。そして自身にもいた哀れな相方の事を思い出す。
((…… 当時の私は傲慢で冷酷な典型的な黒石の人間だった…… 私もサエキと分かり合えて居れば、あんな結果を招かなかったかも知れない……))
黒石勇之助、これが幽霊達の親方の新垣大輔氏の本名である。そう、彼は優畄の父親だったのだ。
ーー
今から15年前彼が15歳の時、黒石本家での授皇伎倆の儀式が彼の人生を変えた。それなりに顔も頭も良く、普通に学校へ通い将来医者かは弁護士になろうと漠然と考えていた日常が様変わりした。
不気味な漆黒の球に触れて彼が手に入れた力は【幽体変化】という自身の体を空に消して実態を消す能力だ。
相手の攻撃も当たらずこちらの攻撃は相手の守りをすり抜けてダメージを与えられる。攻守に優れた有能な能力だ。
信じられない漫画の様な能力を貰い有頂天になる彼。それと共に授皇人形なる自分の命令なら何でも聞く可愛らしい女の子まで従者として彼の側に付き従う様になったのだ。
「ハハハハッ! こんなアイドル見たいな女の子が僕のモノだなんて、なんて最高なんだ」
有頂天に成っていた彼は討伐をこなしていった。敵を倒す事に自身も能力も強くなる。そのゲーム的感覚も堪らなく彼を興奮させた。
だが【幽体変化】の能力を使って居ると段々と怠慢に成って行く彼。能力の特性なのだが、討伐をサエキに任せて自身は遊びに行くと言うだらけた生活を始めた彼に強敵の討伐依頼が来る。
相手は【怨牛鬼】という牛の頭をした鬼の一種だ。
【怨牛鬼】の特殊能力は"次元断''、空間ごと対象を斬り裂くかれにとって天敵ともいえる相手だ。
怠けていた事もあり体が鈍っていた彼は手痛い深傷を負ってしまう。そしてサエキを1人残して逃げ出してしまったのだ。
彼はあるお社に逃げ込むとガタガタと震え出した。
肩に負った深傷と【怨牛鬼】の元に残して来てしまったサエキの事を考えながら痛みと恐怖に蹲って居ると、彼の前に1匹の尻尾が7本ある狐が姿を表したのだ。
明らかに自身より格上の妖気を発している狐に逃げることも出来ず彼に出来る事は震える事だけ。
「……た、頼む……もう殺さないから許してくれ……」
何故か今まで殺してきた罪もない者達の事を思い出し、狐に許しをこうてしまう。
そんな怯える彼をなんとも暖かなオーラが包み込んで行く。そして彼はそのまま意識を失ってしまったのだ。
次に目が覚めたとき彼は桃源郷にいた。花々が咲き乱れ優しい時間が流れている空間。
「……こ、ここは……」
「目が覚めた?ここは私の世界【石楠花郷】。安心して、ここには怖いものは何もないから」
「…… ど、どうして僕くを?」
「貴方の傷が酷かったから、あのままほっておいたら死んでいたわ。だからほっておけなかったの」
彼女は名前を石楠花といい仙狐の姫だと教えてくれた。
「そんな、仙狐にとって僕達黒石は天敵のはず、それなのに……」
「貴方はまだ黒石の闇に染まりきっていない。それに優しそうな顔をしていたから」
そう言うとニコリと微笑んでくれた彼女。
本当に不思議な世界で、心の闇が洗われていく様な心地よい感覚。心が洗われると共に自分が黒石の力に溺れ、今までしてきた事の酷さを悔いる様になった彼。
「ぼ、僕は…… なんて事をして来たんだ……」
泣き叫び命乞いをする者や家族を奪われて憤る者、自分が倒して来た罪もない者達の事を考えると胸が張り裂けそうになる……
彼女の能力は浄化、浄化の世界にあって黒石の闇が祓われて行くと共に後悔の念がかれを苛む。
「後悔の念を抱けるだけ貴方は立派です。その事に気付かずにいる者の方が多いのですから」
そんな彼を優しく包み込むように癒してくれる彼女。そしていつしか恋仲になっていた2人。そして彼は黒石との決別を決意したのだ。
だが問題なのは彼の授皇人形のサエキの事だ。彼女を置いて逃げた事、そして離れていれば10日で死んでしまう彼女。サエキとちゃんと会って話をしなくてはならない。
サエキはあの後増援で送られた者と共に【怨牛鬼】を倒し片腕を無くしていた。
6日振りにあったサエキは彼に会えたのがよほど嬉しかったのか、泣いて彼の無事を喜んでいた。自身の事より彼の身を心配していたのだ。
【石楠花郷】は現世とは隔離された世界だ。この世界の中にいる間は、心で繋がっていたサエキとのリンクも切れて彼女の事を知る由はなかった。そんな彼女に罪悪感が募る。
それでも彼は黒石との、彼女との決別を決意していた。
何故なら彼女から黒石の闇が彼の心に流入して来たのを感じたからだ。彼女にそのつもりは無くとも、闇を媒介するバイパスとしての役割を知らぬ知らぬ内にこなしていたのだ。
石楠花姫は仙狐の中でも浄化に優れている。完全にではないが【石楠花郷】で闇を浄化していた彼には彼女から流れ込む闇の邪悪さが分かってしまうのだ。
彼は好きな者が出来たことと、もう決して黒石には戻らない事をサエキに伝える。
「そ、そんな…… なぜ、なぜ私ではなくあの女狐なのですか?!」
会った事で再びリンクが繋がったため石楠花姫の事を知ったサエキ。
「……すまないサエキ、僕はもう黒石には戻れない……君の側には居られない……」
それでもサエキは彼と離れては10日と生きられない身、会わない訳には行かない。
「……君が、サエキが死なない様に5日に一度君に会いに行くよ。すまないがこれが僕に出来る精一杯なんだ……」
「そんな事残酷過ぎます! 私が必要でないのならいっそここで私を殺して下さい!!」
サエキの魂の叫び、だが彼がそれに応える事はもう無いのだ。
「……すまない」
彼は泣き崩れる彼女を残してその場を去っていった。
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