第131話 停止


「…… ざ、残念だけどここでトドメを刺させてもらうよ」


子供の様な青年がナイフを片手に身動きが取れない優畄達に近づいて来る。そして彼があと5mと迫った所で優畄の体から眩い光が放たれる。


「【武装闘衣】!」


「なっ、なんだそれぇ?!」


光が晴れるとそこには闘衣を纏った優畄達の姿があったのだ。どうやら優畄が闘衣を纏うとヒナも一緒に闘衣を纏う様だ。


闘衣を纏った優畄達は超越者となり、亜神一歩手前の存在になる。光の闘衣を纏った優畄達は重力を全く気にした様子もなく平然とした様子でいるのだ。


そしてそんな優畄達に驚く子供の様になった青年に歩き近づいて行く。


「……そ、そんなバカな、僕の重力下でこんなに動ける訳がない」


子供の様な青年は更自身の限界まで重力を上げるが、お構いなしに迫ってくる彼等に恐れを抱く。


「クッ! く、来るなぁ!」


終いにはなりふり構わずナイフを振り回して優畄達を威嚇する。だが一瞬で彼の背後に回った優畄は、その首筋に当身を放ち彼を気絶させたのだ。


力なくその場に崩れ落ちる青年。彼が気を失った事によって重力場が解けて身が軽くなる。彼が気を失った事で優畄達も元の姿に戻った。


「さてこの人どうしようか?」


「気絶しちゃったね」


「多重人格ていうのかな、人格が変わる度に攻撃方法も変わる厄介な奴だけど、殺す程の相手じゃないからな……」


あの程度の動きならどんな能力があろうとも今の優畄達の敵では無い。黒石の敵になったとはいえ無闇に人は殺めたく無いのが彼等の心情だ。


他の人格に変わる前に気絶したためか他の人格に変わる様子はない。


「落ちてるみたいだしこのままほっておいて行っちゃおうか?」


気絶した青年をその場に残して去ろうと踵を返した優畄達だったが、再び立ち上がった彼の気配に気付き後方を振り返える。


そこには今までの人格とは違う雰囲気の青年が立っていたのだ。


「…… やあ初めまして。僕は黒石将ノ佐、この体の本当の持ち主だ。君は石黒優畄君だね、君の噂は聞いていたよ。君に会いたいと思っていたんだ」


それまでの交戦的だった人格とは違い、フレンドリーな感じの青年に、逆に優畄達の緊張感が高まる。


なんともいえない圧迫感が彼にはある。人を超越しているからこそ分かる彼のその異質さは別格だ。


「僕の身内が迷惑をかけたね。でももう手出しはさせないから安心してほしい」


「…… き、君は一体……」


「ハハハそうだよね。僕の能力は特殊でね、能力を使う度に人格が増えるていう最悪なものなんだ。今では僕以外に12人の人格がこの中にいるんだよ」


彼が自身の額をトントンと人差し指で叩く。


「!」


終始笑顔の青年はなんとも衝撃的な内容をあっけらかんと話す。


「僕の身内の1人に''神領眼''の持ち主が居てね、60過ぎのおじさんなんだけど、僕の代わりに皆の纏め役を担っているんだ」


''神領眼''神の領域から全てを見下ろすと云われる千里眼の上位互換の能力で、この能力は見たい相手を限定する事でどんなに離れた場所に居ても、ピンポイントで対象を見る事が出来る神眼なのだ。


そうこの能力で優畄達の居場所を探り、距離にして100km以内を自由に動ける瞬間移動で後を追って来たのだ。


「まあその内で戦闘に使えるのは5人だけだけどね」


全ての人格の能力を使う事が出来る彼は他の者達が眠った時にしか出て来ない。


そう、優畄が彼を気絶させてしまった事で他の人格が眠りに付き、そのため心の部屋に引き篭もっていた彼が出て来たのだ。


「その能力で君の事を覗かせてもらった。磯外村に黒雨島、鬼との攻防に闇の化身との死闘…… 今までかなり苦労して来たみたいだね」


生来より体が弱く自由に動き回る事が出来なかった彼は、優畄が相棒のヒナと共に苦難を乗り越え成長して行く様を自らに重ねて見ていたのだ。


彼には授皇人形はいない。それは能力の高い者は授皇人形の錬成に失敗しやすい為だ。彼の場合は成功率5%しか無かったため錬成に失敗したのだ。


「僕には相棒が出来なかったからね、君と彼女の関係性が羨ましかったんだ……」


その代わりと言ってはなんだが、彼の心の中に住み着いた人格達。どちらかというと彼は彼等を嫌っており、出来る事なら出て行って欲しいとさえ思っている。


優畄に対して非常にフレンドリーな彼だが、優畄達からしてみれば不気味以外の何者でもない。


「き、君は俺たちを見ていたと言ったが、それで一体貴方は僕達をどうしたいんだ?」


「ああ、ごめんよずっと見ていたなんて気持ち悪いよね。まあ僕としては君と話がしてみたかっただけなんだ」


「話しを?……」


「ああ、君が予想通りの人物で良かった。僕はこの討伐から手を引かせてもらうよ」


「! そ、そんな事出来るわけ…… それ以前に黒石が黙っていない」


「確かにね。でも僕ならなんの問題も無い」



彼がそう言った瞬間、全ての者がその動きを停止させた。空を飛ぶ鳥も、空を漂う雲も、いや風や太陽でさえ彼の前ではその動きを止めるのだ。


むろん優畄達も蝋人形の様に動かなくなってしまった。


「この時間が止まった世界で動けるのは僕だけ。こんな形で悪いけど今回はお別れだ。君と話が出来て良かったよ、優畄君それじゃあ」


彼の本人格だけが扱える能力''絶対世界''彼が眠りについてしまえば他の人格達に体を奪われてしまうため、実動時間は短いが彼が目覚めている時は唯一絶対者となるのだ。


そして彼は停止して動く事のない優畄とヒナにサヨナラとばかりに手を振ると、止まった時の中をただ1人悠々と歩き去って行ったのだ。


身体が悪く友達も居なかった彼にとってこの時間はとても有意義なものだった。


彼にとってゲームの世界の様なこの世界で、優畄はその主人公キャラだ。悪を倒し正義を成す、彼が出来ず憧れていた世界でリアルに活躍していた優畄達。


彼にとって優畄達は少なからず敵では無いのだ。


優畄の討伐から手を引く代わりに彼は優畄達の位置情報を黒石に伝えた。大まかな位置情報ではあるが、格段に探し易く成るのは間違いないだろう。


彼なりに黒石への礼儀を通した形だ。


「優畄君、君達ならこの試練も乗り越えて行けると信じているよ」



再び時間が動き出した時、優畄達の前から彼の姿は消えていた。何があったのかさっぱり分からない彼等にとっては狐につままれた様な感覚。


「……一体彼はなんだったんだ?」


「う〜ん、なんか不思議な人だったね……」


優畄は彼に黒石の闇を感じなかった。ヒナも彼には嫌な感じを抱かなかった様で、好印象とまではいかないが良い感情を抱いた様だ。


「いろんな意味で彼とは争い合いたくないな……」


もし彼と戦っていたならこの場が優畄達の最後の舞台と成っていただろう。


何となくその事がわかる優畄は、彼と戦う事にならなくてよかったと心底安堵する。こうして相手の気紛れもあり最初の刺客から逃れる事に成功したのだ。


「先程の騒ぎで人が集まり過ぎた、早くこの場から離れよう」


「うん」


田舎の峠道とはいえあれだけ騒げば人も集まる。優畄達は足早にその場を後にした。


ーー


その頃鬼の里では、千姫の側にいつの間にか現れたボブと刻羽童子の睨み合いが続いていた。


ある日千姫が使い魔だとミミズの様な頭をした男を連れて来たのだ。精神会館で戦っていた刻羽童子、赤蛇と椿崩の3体は初め警戒していたのだが、千姫の側で何をするでなくレゲエのリズムに揺れている彼を無害だとほっておく事にしたのだ。


だが千姫に片想いを拗らせる刻羽童子だけは納得しなかった。


「クッ、せっかく愛しの君と上手くいっていたのに!」


俗にいう勘助でもある刻羽童子は、全く相手にされていなかった千姫と上手くいっていると一方的に思い込んでいたのだ。


「ストーカー反対で〜ス! 花子には近付かせないで〜ス」


「誰がストーカーじゃ!」


ストーカーの意味は知らないが何となく悪口だと分かった様でブチ切れる刻羽童子。



「……全く飽きもせずにあの女狐の尻ばかり追いかけやがって……」


相変わらずこちらも一方通行な赤蛇。渋い顔で彼等のやり取りを遠目に眺めている。


「無駄、無駄、無駄、まるで相手にされておらぬのに熱烈なことじゃ。あちらの夫婦とは大違いじゃな」


そう言うと椿崩は腐獅子と美穂の夫婦を見る。いつの間にか夫婦の契りを交わしていた彼等は、2人楽しそうに畑仕事に精を出している。


「恨みだ、怒りだと黒石と争うのも良いが、この様にのんびりした日常も悪くはないな」


日課の筋トレをしながらそう言う夜鶴姥童子。彼はかつて奪われた平和な日常を満喫していた。


上には上がいる。精神会館で会った圧倒的強者の康之助の存在が彼の考え方を変えさせた。


(我は戦より仲間を取ろう。仲間無くして我はないのだから)


そして千姫は優畄達に起きた出来事を瑠璃鞠ちゃんの使い魔を介して聞いた事によって、ある計画を実行する事を決断した。







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